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おふくろの味なき未来

幼少期に家庭で食べていた料理の味が想起される食べ物を「おふくろの味」と呼ぶように、味覚と記憶はある程度紐づいているように思えます。

海外に長く滞在している日本人は、帰国したら日本食を食べたいと言います。味覚の記憶というのは強烈なもののようです。

しかし、現代および未来は、飲食店の企業努力の成果から、全国どこに行ってもその食べ物が食べられるよう発展を続けています。

そのため、幼少期に食べていたものが、全国のスーパーで販売されていたものばかりだったとしたら、実家に帰らずとも日常的におふくろの味と接することになり、ノスタルジックな気持ちが芽生えることがそもそもないという現象が起こり得てしまうのです。

もちろん現代においても料理にこだわりを持って、家庭の味を保ち続けている素敵な人たちも多くいることかと思います。しかし、その数が減っていくことは間違いないでしょう。

ただ、思い出を想起させる範囲を「家庭」まで狭めて限定させなくとも、こういった想起を起こすことができます。

僕の実家は東京の西に位置する多摩地域にあります。多摩地域は東京を象徴する23区からは遠く離れ、多摩川が流れ、高尾山や御岳山もある、東京のイメージとはかけ離れた自然豊かなエリアです。

こういった地形を活かすことで昔から多くの酒造が日本酒造りを営んできており、美味しい日本酒を飲むことができます。そのため、僕も日常的に地元の日本酒をよく飲んでいて、日本酒の美味しさを覚えたのも実家近くにある酒造の日本酒によるものでした。

複数ある酒造のどれを選んでも美味しいのですが、多摩地域で最もポピュラーな日本酒は小澤酒造の澤乃井です。

ここは酒造見学のロケーションが良いこともあり、地元の人たちに長年愛され続けています。僕も酒造見学には何度も足を運びました。

先日、法事で実家に帰省した時に、久しぶりに澤乃井を飲んでみました。すると、若い頃によく飲んでいたからか懐かしい味わいと香りから当時の思い出が想起されることとなり、ひとり実家でノスタルジックな気持ちになったのです。

誰それとあの時一緒に飲みに行ったな、仕事を頑張った時には家で澤乃井をよく飲んでたな、といった過去の記憶が思い出となって甦ってきました。

これは「おふくろの味」と同じ現象で、味覚や嗅覚といった五感から僕の記憶が想起されたのだと思います。やはり味覚の記憶は強烈なものなのです。

昔の記憶と味覚や嗅覚といった五感は紐づく傾向にありますが、それは何も家庭内でのおふくろの味である必要はないのだと思います。母が作った味噌汁ではなく、地元企業が醸造した日本酒でも同じで、「地元の味」というだけで充分に思い出は想起されます。

年を取れば取るほど、物凄いスピードで月日は経過していってしまいます。過ぎ去る日々はどうしても忘れていってしまうものですが、遠い将来にも過ぎ去った日々の記憶を想起させることができるよう、その土地を思い出せるものを飲み食いしていこうと思います。

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