玩具箱
二階にある日当たりの良い六畳の部屋は、世界の為の子供部屋と化していた。
そしてその部屋の中心にドンッとその存在を示しているのが、彼の玩具箱である。
古風なデザインの玩具箱は、それ自身が玩具特有の温かみを放っていた。入れ物ですらそうなのであるから、ましてや箱の中身はどんなにワクワクを与えてくれるのだろう。
息子の世界が妻の真帆に連れられ、ローカルの百貨店に買い物に行っている間、洋三は子供部屋にある目的を持って侵入した。
目的……おもちゃであそびたかった、のである。
一子をもうけた中年に差し掛かろうとする大人の男が、未だ言葉ももどかしい子供の玩具を取り上げて、嬌声を吐きながら耽溺して遊ぶ姿には壮絶なものがある。
まがりなりにも物書きを生業とする知性の持ち主である洋三にも、そんな事は自明の事であり、だからこそ世界はさておき妻の真帆にそんな姿を観せる訳には行かなかった。
しかしまた、禁忌は人の心の快楽を呼び起こす。人目を憚る事無く、思いっきり遊びたい。そして今がその好機である。私は家長権限を持って子供部屋へと進攻し、世界の領有なる玩具を簒奪、私に遊ばれてこそ、玩具は真の姿を現し、玩具は宝物に昇華するだろう。
最早、子供部屋自体が玩具箱と化し、玩具を北側軍と南側軍に二分し隊列を組ませ、玩具の国の覇者を決めるハルマゲドンの一端が開かれようとしていた。 両軍の将軍すら操る洋三は、神の腕と視点を持つ男となっていた。彼の脳裏には早、この戦いのシナリオが構築されており、既に前線では戦いが始まっている。勿論、洋三の手によって……。
戦いは中盤を迎え、洋三のボルテージはMaxを越えようとしていた。劣勢を覆すべく南側が用意したのは絨毯爆撃機、つまりボーイング社727、ジャンボ旅客機の模型である。ある筈の無い爆弾投下口から大量の爆弾が投下され、落下音、そしてそれに続く炸裂音が洋三の口から大音量で発せられている時、洋三は神をも見下ろす視線に射られるのを感じた。
「ヒュルルルルゥ~~~~どぉうぉうおぅおぅんっ、って。」
真帆の寂しげな、それでいて憐れみのこもった眼、世界の残念なものにさらされた時の戸惑いの笑顔に射ぬかれた時、シーンという文字が視える程の静寂が生まれた。
でもそのお陰で洋三は自分の首の動脈が、こんなにも大きな音を打ってるんだなぁと感じ、自身の生命の躍動を想い出す事ができたのである。
〈掲載…2012年 会社概要〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?