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断片の小説

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2021年2月の記事一覧

雨上がり

片方の後ろ足を引き摺る野良猫を見た。まだひと気のないオフィス街。明け方の空の青がおりてく…

最後の旅行

離婚する前に最後の旅行をした。離島に一週間あそんだ。憎しみはないけれど終わりはくる。ある…

父の葬式

父が死んだ。病床に伏して長かった。小さかった頃、家族親戚と行った海水浴で、遠くまで流され…

祖父の耳

認知症で入院している祖父の萎れた耳にイヤホンをつける。馴染んだであろう古い曲を聞くと脳に…

遺書を拾う

手紙を拾った。ポストの傍だから、郵便局員が落としたのかもしれない。白い封筒。つい開いた。…

恋人たちの写真

パソコンが故障して、数年分の写真データが消えた。撮ってきたのは恋人たちだけだった。いずれ…

ロビーから

部屋の電話が鳴った。ロビーからだった。チェックインを対応した女の声。山下さまからお電話が入っております。お繋ぎいたしますか。電話の予定も、山下という知り合いもない。そう言うとやや沈黙があって、女が息をのみ、部屋番号を間違えておりました、大変申し訳ございません、と謝罪する。構いませんと答える。受話器を置く。ベッドに横になる。電話の前となにも変わっていない部屋が、深い静謐の底に沈んでいるように感じられる。誰かの電話を、待つ心地になっている。            222 cha

死刑囚の絵

娘の爪を切る。ちいさな掌。左の小指を深く切り過ぎた。血が流れる。娘が泣く。泣くに任せた。…

別れ話

別れが縺れた。君の家に行く、夫と子どもにすべてを話し裁いてもらおうと彼は言った。投げやり…

花を供える

夕飯の支度の最中に、今日が4月17日だと気付いた。数年前に堕ろした子の命日。毎年必ず部屋の…

腹の傷

随分と痩せたと言うと、少し前に手術をしたからと彼女は答えた。子宮にメロンほどの腫瘍があっ…