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「情緒は脈拍よりなお確かだ」―友川カズキ『イカを買いに行く』について―

 友川カズキの音楽生活五十年を記念して『光るクレヨン』以来八年ぶりのニューアルバム『イカを買いに行く』が五月二十五日にリリースされた。全十二曲で構成された本アルバムには新曲は勿論、過去の作品も新録されて友川の現在形を窺い知れる作品集となっている。


  一 イカを買いに行く


 友川の日常をマジックリアリズム的手法全開で描いた楽曲。以前、配信ライブにて「買い物シリーズその2」と呼称していた。その第一作たる「祭りの花を買いに行く」とは真逆の激しいパンクナンバーだ。アルバムの開幕曲そして表題曲として申し分のないクオリティ。「夜の潮目は/驚愕の青い森につながっている/確約の赤い実は/ケモノ達の運動神経になる」、必殺のフレーズだ。

 演奏も縦横無尽に、正しくフリージャズである。


  二 農協の軽トラ


 前曲がマジックリアリズムならばこちらはシュルレアリスムというべきだろう。ライブで語られていたがつげ義春の漫画制作を参考にして自身の夢を記録し、それを歌にした様だ。歌詞の面で見ると夢の辻褄の合わない浮遊した感じが上手く、リアルに描かれている。「苦楽をぼやかす朝霧の中/農協の軽トラがやって来た」と物語が始まりそうな部分でその続きはない。夢と現実の境界線である。


  三 馬喰が来た朝


 宮本常一の著作からインスパイアされたこの曲はイントロがなく唐突に友川の高らかな歌声と共に始まる。ライブでは既に歌われて久しい楽曲であるが、レコーディングを通してその歌声と演奏が相まって破壊力が増している。

 エネルギッシュなパンクナンバーだ。


  四 祭りの花を買いに行く


 ちあきなおみに提供した本作が友川によってアルバムにレコーディングされるのは実は初めてである。今までのものは全てライブ版であった。演奏されなれた曲であるからであろう、伴奏も軽やかで友川の歌声も軽快である。


  五 ケイコちゃんの唄


 若くして亡くなった或る人への追悼曲。彼の故郷の町に流れる三種川が登場する。歌い方も今までの楽曲とは僅かに異なり、メロディアスな一曲だ。

 「青墨の宵には/三種川にホタルが飛ぶぞ」。この風景描写が巧みだ。


  六 一人ぼっちは絵描きになる


 二〇一〇年の『青いアイスピック』に収録されている本作はライブで実に多数演奏されている。そしていつの間にか新たな歌詞が加わっていった。今回は完全版の様な形で収録されている。

 中村彝、関根正二、宇野マサシと三名が加わり楽曲の世界にさらなる彩りが加わった。


  七 プー太郎の晩酌


 友川は自宅近くの公園を読書の場として活用している。そしてそこで見た光景を度々ライブで語っていた。本楽曲はその世界を歌にしたというべきであろう。

彼は、平和な世界から、人間同士の真理を導き出す。

 「みんなみんな/生きているからって友達じゃない」

 三番の「角が生え揃うまでしばし」以下は石牟礼道子のオマージュであろう。


  八 夜の国


 題名の通り夜の闇に沈む様な曲。「ナナカマドの赤い実/籠絡の毒玉か/向こう見ずな礫か」が秀逸。

 「イカを買いに行く」と世界観を共有している様に思う。


 九 2019立川グランプリ


 このアルバムにおいて盛り上がりの頂点を迎えている。凄まじさが満ち満ちている。同様の題を取っているということもあるが「空のさかな」や「空と手をつないだ男」に相通づる狂気を感じた。

 「選ばれし証に恍惚の汗をかく」という歌詞に彼が持つ観察眼の鋭さに改めて嘆息せざるを得ない。


  十 ダンス


 石塚俊明が作曲した本作は再録である。

 朴訥な歌声のワルツ。演奏にも厚みが増して心地良い。


  十一 花火


 『無残の美』に収録された楽曲の再録。これも最近のライブで演奏されない日はない。

 鋭さを増した友川の「湿気った笑顔にぺッ」の破壊力は抜群だ。


  十二 坊や


 アルバムのラストを飾るのは中原中也の「坊や」である。再録は二度目。最後の慟哭は涙なしには聞けない。彼が中原中也に抱く愛情はやはり形容できない。


 以上が『イカを買いに行く』の全貌である。

 デビュー五十年という節目でリリースされた本作。だが、なんら気取ることなく自身の眼前を流れ続ける幻を掴み取っている。そしてそれを詩と音楽、歌として再構成し我々に現前させる類稀なる天才は衰えるどころか一層に磨かれていた。

 このアルバムに日常と戯れ、勝負を挑む友川がいる。

是非、ご支援のほどよろしく👍良い記事書きます。