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新国立劇場『Don Quixote』千穐楽雑感

『ドン・キホーテ』は実にオーソドックスなナンバーであり、コンクールにおいてもそのバリエーションは踊らない人はいない。

 他の番組と比較して華美な『ドン・キホーテ』は、それだけあって時として煩く感じてしまう事も多々あるが、流石は吉田都が舞台芸術監督を務める国立と言わねばならない。実に繊細に纏め上げ、練りに練られた振り付けである、という印象を受けた。


舞台はほぼ定刻通りに開幕した。

プロローグ。物語の発端たるドン・キホーテが騎士道物語に魅せられてサンチョ・パンサと冒険へ繰り出す場面。

 中島駿野演じるドン・キホーテは私の想像とするキホーテとは違いmやや華奢であるが、それでも情緒たっぷりの演技は、小野寺雄演じるサンチョ・パンサの軽快さとうまい具合にグラデーションとなり光る。


 第一幕。

 キトリを演じた小野絢子は正しく、お転婆娘のようで、そしてそれは、誰かとの絡みによって強調される。清水裕三郎演じるロレンツォの無理矢理な求婚を小柴富久修演じる父・ガマーシュの手前無下には断れず黙ってその場から立ち去ろうとするシーン。ロレンツォと目を合わせないキトリをガマーシュが抱き抱え無理矢理、彼の方を向ける場面があった。いとも簡単に父親に抱き上げられてしまうキトリに少女性を強く感じた。そして、このお転婆で純粋なそのイメージは最後まで貫かれる事になる。

 中家正博のバジルは、これも実に巧な演技であった。ドン・キホーテにおいてバジルはあくまでも一人の町の青年である。それだのに、時としてそれを無視し、まるで(第三幕でのバリエーションに引っ張られ過ぎて)軍人のようなダイナミックさを全幕貫いてしまうダンサーもいる。もちろん、それはそれで見応えとしてはあるのだが、物語を重視するのならばあくまで、町の青年らしく素朴に、それでいて華があるように踊るべきであると私は思う。その点、中家のバジルは理想的であった。勇敢ながらもロレンツォには恐れを抱き、どうにかして結婚を許してもろう、という必死さが伝わってきた。

バジルの登場シーン及び演舞シーンを派手にしなかった事が井澤駿エスパーダのダンディズムを強調する結果となっている。

 井澤駿のエスパーダはどの場面を切り取っても正しくスペインの情熱溢れる華麗な男といった具合でどのパも力強く且つ軽やかであり、バジルとは全く異なった魅力が溢れいたし、バジルのキャラクターを邪魔する事なく舞っていた。


 第二幕はこの度の公演においては、「酒場」→「ジプシーの森」→「キホーテの夢」の

順で進行。

 一場の酒場。エスパーダ、メルセデス、カスタネットの三者が恋のバトルを繰り広げるシーンを私は本公演のハイライトとして特に強調したい。

 メルセデスを演じた益田裕子は、その踊りの端々に情熱とそれとは裏腹な繊細さを感じた。床に置かれた沢山のナイフの合間をパ・ド・ブレで縫っていくその動きは繊細な足元と挑発的な表情で観客を大いに盛り上がらせていた。

 生粋の美男たるエスパーダがそんなメルセデスに恋心を抱くのは当然でありながら、彼さえ魅了してしまうカスタネットの踊り。それを演じた原田舞子はメルセデスが動であるならば正しく静と言う可きであろう。あくまでクールに対抗し着実にエスパーダを虜にして行く彼女に私は心を奪われた。特筆すべき原田舞子がこのキャラクターを本公演において初めて演じたという事である。それにも関わらず、かくまで完璧な演舞をするとは、実に素晴らしい。


 二場のジプシーの森。ドン・キホーテ及びサンチョ・パンサのコミカルな演技は進行と共に徐々にシリアスとなって行く。人形劇の舞台装置にも手が込んでいた。しかし、些かキホーテが風車に突撃して叩きつけられるシーンが見辛かったという難点がある。が、場面転換のスムーズさはキホーテの脳内世界に入り込むようで見ていて心地良い。


 三場、キホーテの夢の中。『ドン・キホーテ』唯一のクラシカルなコール・ド・バレエ。

小野絢子はキトリを演じていた際よりも一段と高貴に、より繊細なアンデオール、より繊細なピルエットによって優雅なドゥルシネアを体現していた。

 キューピットを演じた広瀬碧はデミからポアントへの立ち上がりが素早く正しく天使の羽を羽ばたかせつつ踊っているようである。

 少々気になったのが中島春菜演じる森の女王によるバリエーションである。後半、イタリアン・フェッテをする箇所をシャッセ、アラベスクから始まるパに変更していた点である。勿論、当該のパで魅せるダンサーもいるにはいるが、折角の魅せ場、是非ともイタリアン・フェッテを見てみたいという思いはあった。故に僅かに残念である。


 第三幕。キトリとバジルの結婚式。

 最も感動したのがそれぞれのバリエーション。

 バジルのバリエーションは私が今までに見た事のない振り付けであった。大抵、アンデダン、ソデバスクをした後はカプリオール(若しくはリボルター)であるが、中家のバジルはアンデダン、ソデバスクの後は単にソッテのみであった。難易度としては明らかにソッテの方が簡単である。ただ、このパに依る事で厳いかめしい青年というよりも、喜びを感じている青年という側面が強調されていたので、目から鱗な改変といえる。

 キトリのバリエーションは私が今までに聞いた事のないような速さでの演奏であった。通常の二倍といっても過言ではない程早い。しかし、だからといってパ一つ一つを疎かにする事なく繊細にこなしていた事が最も感動的であった。連続のパッセそしてパ・ド・ブレはその速さも相俟って見ていて気持ちが良い。最後はシェネの後、ポーズであるが音の終わりまで一拍、ゆっくりと間があった。それまでの速さとは対照的にゆっくりとポーズをするキトリに何か大人の影を感じ鳥肌が立った。

 『ドン・キホーテ』においてのピーク、バリエーションのコーダに会場は興奮に包まれた。グラン・フェッテダブルをする小野絢子に、滞空時間が驚くべきジュッテ・マネージをする中家正博に劇場は大いに沸いたのである。二人は今まで押さえていたものを一気に解放するかのようであった。キトリも、そしてバジルもその喜びを爆発させ互いへの愛を告白しているように私には感じたのである。


 スタンディングオベーションでのカーテンコールは十五分ほど続いた。最後まで、劇場の明かりが点き切るまで万雷の拍手は止まなかった。原田舞子という新たに注目すべきダンサーを発見出来た事が何よりも喜ばしく感じる。

(了)

是非、ご支援のほどよろしく👍良い記事書きます。