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【トーシツ0】かんたんな病歴


 新しく連載をはじめることにしました,陽太です.こちらの連載では,トーシツ(統合失調症)にまつわるnote記事を不定期に投稿してゆこうと考えています.
 第一弾の今回の記事は,私の簡単な病歴についてということで,軽く説明してゆこうと考えます.但し,記事を書く上で特に他人のプライバシーや社会的信用などを大きく揺るがし得るような内容については避けて書くつもりです.また,ちょっと大げさにデフォルメして書こう,つまりフィクションもスパイス程度に交えようと考えているので,トーシツってこんな雰囲気の人も居るんだなくらいの気楽な視点で眺めてやってくれれば幸いです.
 こんな感じにフランクに連載をつづけてゆきたいので,どうぞ読者の方々よろしくお願いいたします!

 【かんたんな病歴】

 ジゾイドパーソナリティーな雰囲気の子ども(気が弱そうとも違ってマイペース)
   ↓
 訳があって頑張り過ぎた中学時代(無理して主席卒業生でよく賞とかもらってた) 
   ↓
 トーシツ症状が爆発する高校時代(クラス最下位らへんの学業成績を彷徨いつつ)
   ↓
 暗澹たるモノクロな大学時代(重度思春期危機・抑うつ・適応障害・ジゾイドパーソナリティー)
   ↓
 地元にもどって講師生活と療養(統合失調症の診断・障害年金2級を取得しておけば!)
   ↓
 トーシツに慣れてきた社会人時代(←いまここ!残遺症状状態・手帳2級年金なし)

 たった5行で私の病歴について説明できないとは考えるけども,流れをザっと説明するとこんな感じですね.随分,かんたんそうなイメージになってしまいますが,実際は10~20代は大変だったと今でも振り返って考えてしまいます.トーシツは加齢とともに一般的に症状などがマイルドになってゆくという不思議な病(?)なので,それもきっと強いのかもしれません.
 トーシツは比較的に若いころに発症しやすい精神障がいのために,"青春を失ってしまう"ことが人によっては大きくみられるとは考えますし,人生の門出となる20歳成人の頃にもっとも激しい悪性症状も経験しやすかったりするものですから,社会人に成れぬままその後を過ごしてしまうということも多いかとは多くの同士をみてて感じてしまいます.ただ,人生というのは不思議なもので,こういう人生が正しいというものはないものでして,確かに多くの人が"正解"と考えるような王道の人生はあるかも知れませんが,精神障がいになってしまうような人にも正解というような人生もきっとあるのではないかと今では身をもってして考えてしまいます.
 また精神障がい――特にむかしでいう三大精神病(統合失調症/双極性障害/癲癇)――を発症するのは主に本人に原因があると考えるわけですが(つまり遺伝傾向など),好きな人との離別や引越し転職,あるいはそういった人生のイベントなどがきっかけのストレスとなって発症してしまうということが,どうも見受けられるかも知れません.私の場合は,恋愛がらみの事件がきっかけだったのですが,それは原因ではなくきっかけに過ぎず,私がトーシツを発症してしまったのはそういった遺伝要因がかなり強いと今ではみてます.もし同じそういったストレスフルなきっかけを経験したとしても精神障がいを発症しない人も居ますし,発症する前にそのストレス要因から遠ざかったり,場合によっては法的手段を取る人もいるでしょう.当時の私にはそういう柔軟な対応ができなかったというのは,一重に私の人生および社会経験の乏しさ,そして元来の性格やそこから生じる信念や思想にあったのではないかと分析します.
 生きてればだれだって棒に当たるわけであって,別に棒を避けてもいいのだし,棒を飛び越えてもいいのだし,あるいは棒をぶち壊すことだって何とかすればできるわけです.そういう機転が利かずに棒にぶたれ続けるような,いや棒にぶつかり続けるような日々しか過ごせなかったのは,本当に"現実的な意味"で愚かでバカだったのだな今は振り返って感じます.

 と,ここまではおおよそ学生時代の抽象的な話なのですが,20代になってからがかなりたいへんだったかなと振り返ります.精神障がいになると,"希望というものを失う"ことが多いかも知れないですが,納税しなくてはならなくなったり,生活を自立的に回してゆかねばならなかったり,そういう"リアルな生活"というものを,そういった希望なくかつ症状に見舞われているなかでしてゆかねばならぬというのはハッキリいって不可能に近かったと今でも考えてしまいます.実際にそのように暮らしてゆくのが不可能ならば,障害年金を申請すればトーシツでは受理されて給付されることが多いのですが,そういった年金申請にまつわる情報も通院先の病院などでは紹介してくれないことも多く,情報に巡りあう,辿り着くのは中々むずかしい人も多いのではないでしょうか(不親切だなお金に辿り着く情報というものには社会全般にとは考えます).
 この頃,民間講師をしながら主に数学を教えながら,英語,国語,理科なども受け持っていましたが,とにかくビジネスも恋愛もなにもかも上手くいかないというか,なにやっても上手くいかないという日々を何年もつづけてたなと.私のなかでは,なぜか在家の僧侶の感覚で"修行"と称して精進する暮らしをしていたつもりだったのですが,一番人生で華やかなはずの20代がモノクロな毎日になってしまったことについては悔恨きわまりない想いでいまだに一杯かも知れません.もちろん,30代に症状が落ち着いてきてまた"慣れた"こともあり,青春を取り戻すためにいま生きてる部分もあります.トーシツにならないで,20代あのまま行ってたら交際してた人と結婚していたのかなぁ(・・・自分から別れるように仕向けたくせに)とか,いまごろ年収は600万円前後はあったんだろうなぁ(・・・本当は全くそういう暮らしを望んでなかったくせに)とか,未だに・・・だったんだろうなぁ(・・・もうそういう暮らしとはお別れすることになるとあの頃悟ってたくせに)とか,まるで過去の別の世界線の功績?いや懐かしい自分史の遺物を嗜むかのように想像してしまうことが正直あります.でも,自分自身に対しては全くそういうことはすでに後悔しておらず,寧ろそういうステータスを手に入れられず,自分と関わる伴侶・親友/恋人・友人・・・などに対して申し訳ないと一種のマナー欠如のように感じてしまうというのが本音です(具体的には"もっとイイ服を彼女に着させてやりたかった"とか女性とデートしてて思ったりすることもリアルでありました).

 最近では,すっかりトーシツの症状にも慣れてきていて,幻聴や幻覚そして妄想(などの陽性症状)があっても全然違和感を覚えることもなく,むしろ意欲が湧かないとかボーっとしてしまうとかの陰性症状の方がやっぱり実質的には最も悪影響が強く慣れない,いや上手い対処をしてゆかねばならないのかなという気がしています.
 いまだに幻聴が一日に数回くらいは聴こえてきますし,妄想はしょちゅうしているかもしれません(でもそれは霊的体験や想像とはなにがちがうの?とすら思えてきてしまいますし,居るよねそういう宗教家とか!!笑).
 ざっと病歴を書いてきたわけですが,意外に具体的に書けずに抽象的かつ曖昧になってしまったなという印象で申し訳ないですが,この辺でお暇させていただきます.なお,連載記事はそれぞれ書くテーマ(目次)に沿って書いてゆこうと思いますので,よろしく~!

【目次】

了,30分.

※本記事の著作権は陽太に帰属します.
yohta.yingyang(at)gmail.com

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