さんぽ絵日記 わかめ干し
海から離れたところで育った私は、わかめに旬があるなんて知らなかったのだけれど、三浦半島の春はわかめから始まる。漁港にぶら下がっているたくさんの洗濯バサミが、このわかめを干すためのものだと知ったのも、この町に住むようになってからだ。
めかぶとわかめが同じ海藻の部分の違いで、わかめは茹でる前はほとんど茶色だということも、以前は気にも留めていなかった。
でも今は、漁師さんから「初物だぞ」とわかめが届くと、いよいよ春だとうれしくなって、わかめが干された風景を見に、ぶらぶらと歩きたくなる。春の陽気がそう感じさせるのか、漁港近くで仕事をしている漁師さんたちの顔も、心なしかうれしそう。
わかめは秋頃に種付けをした養殖物が先にでき、あたたかくなってくると天然物が解禁になる。正直言って、違いはそこまでわからないのだけれど、一般には養殖のほうがやわらかいと言われているらしい。でも、天然ものは品質に差があるので、めかぶの上等なものなどは、ひだが多くやわらかく最高にうまい。漢字で書いた若布のとおり、まだめかぶもできていないくらいの小さなわかめなどは、本当に薄くやわらか。
やわらかなわかめはしゃぶしゃぶにして食べるのがいちばん。湯にくぐらせると茶色だったわかめがあっという間に美しいみどりに変わるのが何度見ても楽しい。
生のわかめが年中採れればいいのだけれど、一年藻であるわかめの収穫は春に限られているので、保存のために乾燥わかめをつくる。生のまま干すよりも、一度湯がいてから干した方がもちがいいのだそう。わかめだけでなく、めかぶもこうして保存できる。家では刻んでから冷凍しておくことが多いけど。
漁師さんたちはみな、大釜にまきで湯を沸かして、朝早くから船で収穫してきたわかめを湯がいていく。湯はぬるぬるになりアクのようなあぶくがたまると、金網でそれをすくい取る。
隣では、湯がいたわかめをすぐに洗ってざるにあけ、干していく。やわらかなものはそのまま細長く、大きなものは茎の部分をとって、又裂きにして。漁師さんによってもやり方が違うのか、干し方もよく見ると何通りかあるよう。
干されたわかめはあっという間にちりちりと縮まり、黒っぽくなる。乾燥わかめは保存がきくので、一年中売ることができて、漁獲量が年々減ってきている漁師さんたちにとっては大切な商品だという。
私がスケッチをしようとしていると、わかめを買いに来た人だと思われて、「今年はまだあんまりないよー」なんて言われた。ここのところ、毎年不作と聞くような気がしているけれど、「磯焼け」の影響なのだろうか。わかめは海水温が高いと生育が遅れるとも言われている。暖冬が普通の最近は以前のようにはわかめが育たないのかもしれない。
生のまま売るわかめを板の上で分けて袋詰めが終わると、どうやら朝の仕事もひと段落ついたようで、「コーヒー入ったよー」なんて声とともに皆が海を眺めて一服。私がふだんよく見るのはこのあとの、直売の店番をしながらみんながのんびりしている風景。
昼下がりともなると、もう漁港にいる人も少なくなって、ただわかめが風にゆれている。人がいないけれど人気のあるこんな風景が好きだ。
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