ウグイスが鳴いていた
私の町にも暖かい陽気が到来し始めた。
先日、朝起きて何か鳴き声がするなと戸を開けたら、ウグイスが例の声で鳴いていたのだ。久しぶりの例の声。「ほーほけきょ」って。アメリカ人には何と聞こえるのだろうか、聴いていて心配になる。hou,ho-key-kyo・・・どうでもいいか。流行病という目にも見えない病原菌に栄耀栄華(えいようえいが)を挫(くじ)かれ、右往左往する人間達を俯瞰しながら、今年もこの寒村に春が来たことを精一杯の声で知らせている。
「太宰と井伏」加藤典洋を読む
「中国戦線従軍記」(藤原彰)を読み終えて、「太宰と井伏 ふたつの戦後」(加藤典洋)を読み始めた。太宰治の傑作中の傑作「人間失格」を分析する所から始まっていて面白く、のめり込む。面白いと私の場合、いちいちメモを取り始めるので、結果として読書の進行が遅くなり、困る。当然、居間のテレビも問答無用で消すから、家人もいよいよ閉口する。
「人間失格」。解説に因れば、この小説は二人の「私」がいる。小市民の作家たる現在の太宰を模した「私」がいて、もう一人の自意識過剰な道化を演じる若き頃の太宰を蘇らせた「自分」がいる。そして、登場する女達は、太宰が実際関わってきた女をほぼ忠実にモデルとしているが、男はヒラメ以外は余り実体感がない。むしろ漠然とした父親像が見え隠れしているのだ、とな。なるほど。
あれ?「人間失格」ってそんなに面白かったっけ?というのが私の素直な実感で、ではとばかりまた電子書籍版の全集を開け、何回目かの再読に入ってしまい、すると当の「太宰と井伏」がますます進まなくなって、困る。いや正直言うとさして困らない。なぜならこの本は市立図書館から借りてきたもので、図書館はただいま臨時休館中。貸出期限を越えてもかまわないそうだ。また開いたらその時かえしてくれればいいよ、らしい。じっくり読ませて貰えそうだ。