夢二夜
こんな夢をみた。
私の住む田舎町の、とある郊外のショッピングセンター。屋上駐車場へ自動車で上っていく為の、スロープになった自動車専用通路がある。
その通路の中程に座り込んだ私は、悲しみでいっぱいになって、胸が苦しく、そうしてホイッスルのような高音のでる小さな笛を、さきほどからずっと、ぴー、ぴー、と鳴らしているのである。座り込んだ場所に車は上がっては来ない。誰も居ずあたりはシーンとしている。そんな中でまた私は、小さな笛を咥え直し、ぴーぴーと鳴らす。
こうして言葉に置き換え文章にすると、なんだか滑稽な光景なのだが、目を覚ましたとき、私は本当に悲しく寂しく、苦しかった。いや、あまりに切なくて目覚めてしまったと言っていい。
「ああ」ベッドの中で吐息に似た声をあげる。
目を開けた私は、昔、7年ほど暮らした後に死別した前の妻の顔を思い出し、そうして妻の生まれ変わりと信じている娘の顔を浮かべ、ニコリとする。すると徐々に覚醒して来て、私は横に寝ている妻を起こさぬよう、静かにベッドを抜け出た。
「ちっ!」「どうしてこんな弱いんだ、一体いつまで引きずっているんだ」自分自身に向かって舌打ちしながらも、階下の居間へそっと降りていき、時計を見ると午前4時も回ったところだ。いつものようにコーヒーメーカーをセットして、早暁の空を見るべく静かにドアを開け、ベランダに出てみた。
こんな夢を見た。
「A(娘の名前)! 大事に育ててあげられなくて、ごめんな」
東京駅構内、東海道新幹線改札口前、月曜日の午後。自動改札を通るためその手前で、それまで抱きかかえていた孫をベビーカーに乗せ替えた私は、目前で切符をバッグから出して用意している娘に、小さな声でそっと告げた。父親としばし別れるときが近づいてきて、いつもながら目を赤くしてくれているAは、私の突然の一言に、目に一層涙をため、少し戸惑いながらも言葉を返してくれた。
ところが当の私ときたら、ずっと言いたかったこの一言を、とうとう発してしまった後悔と、娘の目頭につられて自分の目にも滲み始める涙をぐっとこらえることで精一杯だった。そんなものだから娘の返してくれた言葉を聞き逃してしまったのだが、さりとて聞き直すのも恥ずかしく、そのままニコリと笑いつつその場を終わらせてしまった。
自動改札を通り、向こう側で手を振ってくれた娘と孫に向けて、声ならぬ声で「もっと、大切に、大事に育ててあげれば良かったのだ」と話を続けた私だった。その場を去り中央線ホームに向かいながらも「ああ、優しくしてあげられなかった、このクズ親父の俺にも、娘とその子を抱きしめるという、こんな幸せが待っていてくれたんだ」と一人つぶやき続ける。そうして繰り返す。
「Aをもっともっと大切にそだててあげればよかったのだ」と。
そしてとうとう決して考えてはならない一つのことを、それでも考え始める。「死んだ前の妻に、母となった娘と可愛い孫をみせてあげたいな」と。
新幹線改札で手を振ったあたりまでは確かに夢だったのだが、払暁の頃、ベッドの中で夢の続きを作っている自分が、まるで妄想という「湾」の中で遊弋する小舟のように思えて、少し可笑しくなっては、ひっそりとした時を過ごすのである。