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「妖の唄」〜実話に基づくヒト編 2〜


父は優し過ぎるくらい優しい人だった。その優しさが、あんな結果を招いてしまったのかもしれない。

私が生きている父に最後に会ったのは、父が自ら命を絶った年のお正月だった。久しぶりに帰郷した私を精一杯のご馳走でもてなしてくれた。母が居ないお正月は寂しかったが、今思えば運命が父と二人きりで過ごす最期の時を作ってくれたのかもしれない。あの年、日本を襲ったコロナでその後は帰りたくても帰れない状況になってしまったのだから。

妹は既にこの時、結婚していて実家から歩いて直ぐのアパートで新生活を始めていた。新婚という事もあってか殆ど実家には現れなかった。

妹……
歳が離れていたせいか妹が生まれた時、私はあの子が可愛いくて可愛いくてたまらなかった。赤ちゃんの頃はおむつを替え、少し大きくなると何処へでも連れて行った。妹はまるで暗かった我が家にやって来た「天使」のような存在だった。

その天使に陰りがさし始めたのは、高校生くらいの頃からだろうか。彼女が自分自身の「美」に対する執着心に目覚め始めた頃から少しづつ何かが変わっていった。1ミリ太ればダイエットを始め、うぶ毛があれば全身脱毛をしたいと両親にねだった。
「美しくなりたい」
と願うのは、どんな女性もが持っている本能のようなものだと思うが、妹のそれは度を越していた。ほんの小さなシミも、手の指に生えたうぶ毛の一本も許せない。月に一度行く縮毛矯正の美容院代は3万円を超えた。異常なまでに「美」に対して執念を燃やしていた。まだ高校生だった彼女の「美」への追求のための資金は全て両親が少ない店の売上から捻出していた。
それにはちょっとした理由があった。妹は元々可愛くて綺麗な子だったが、何故か男性にモテなかった。
交際を始めても直ぐに
「面白くない」
と言われてフラレてしまう。何度めかの失恋を経験した後、母に相談したらしい。

「私って面白くないの?」

母は笑って
「歳を重ねれば、そのうち面白くなるわよ」
と取り合わなかった。
若いうちは人見知りで話が面白くなくても経験を積めば、異性と気の利いた会話くらい出来るようになるだろう。母は妹が男性にモテない事をとりたてて気にも止めなかった。時間が解決してくれると考えたからだと思う。
でも妹の考えは違っていた。内面を磨くことよりも、手っ取り早く異性にモテるために外見を磨き上げることだけに情熱を注ぎ始めた。

「あの子よりも私の方が綺麗なのに、何故モテないの?」

当時の妹からの私へのラインは、そんな内容の物ばかりだった。毎日毎日、自分を美しくすることだけを考えていたのだと思う。今思い返せば既にあの頃から「異常」だったのかもしれない。

「美しくなりたい」

その思いが叶って、田舎町の小さなミス〇〇コンテストに出場することが決まったのは、妹が十八歳の夏だった。浴衣姿の妹は本当に誰が見ても美しかったと母は嬉しそうに東京に住んでいる私に写メを送ってきた。私も可愛がってきた自慢の妹の晴れ姿が誇らしかった。

でも、

自己紹介の順番が回って来ると妹は大勢の観客の前で手話を交えて挨拶をした。

「私の姉は聴覚障害者です。姉の為に私はバリアフリーの社会を作るために貢献していきたいです」

その動画も母から送られてきた。当時、妹は福祉関係の大学に入学したばかりだったから、言いたい事は分かった。分かったのだけど素直に喜べない自分が居た。 

『私のため?』

今まで、そんな事は一度も聞いた事がなかった。
もし真実なら喜ばなければいけないが……。
動画の中の妹は顔は笑っていたが、その目は笑ってはいなかった。

妹は優勝こそ逃したが男性からの指示は圧倒的だったらしい。
「可愛くて綺麗で姉のために福祉を志す優しい女子大生」
というようなキャッチフレーズで、多くのアマチュアカメラマンの被写体になった。

ところがコンテストの数ヶ月後、妹は突然大学を中退してしまった。
両親には「同級生の虐めにあった」と言ったらしいが真相は分からない。妹は異常に飽きっぽい性格だったから。
大学を中退するとアルバイトを始めたが、いつも決まって「虐められて」長続きはしなかった。最長で3週間、早い所は1週間で次々と仕事を辞めていった。

「少しは我慢したら?」
と助言すると
「〇〇には私の気持ちは分からない!うるさい!」
乱暴なラインの返事だけが、私に届いた。

でも、その頃やっと始めての彼氏らしい彼氏が、妹に出来た。就職もアルバイトも出来ないなら、せめて結婚して幸せになって欲しい。家族も、もちろん私もそんな夢を描いていた。

母と妹はその彼が出来るまで、とても仲が良い親子だった。友人らしき人が殆ど居ない妹は、いつも母と出掛け、母の友人達に遊んでもらっていた。
それが、母が妹の彼氏に疑問を抱いて結婚を反対し始めた頃から、急速に二人は不仲になっていった。
妹からのラインは、母の悪口へと変わっていった。

ちょうどその頃からだった。母が不思議な感覚に襲われ始めたのは……
何処へ出掛けたかとか、誰と会っていたとか親しくもない知人が知っていた。

「えっ?何故、この人が私の予定を知っているの?」
「誰かが私を盗聴している?」

不思議な感覚は、母の中でやがて確信に変わったいった。
自分しか知らないような事を別の誰かが知っている……。
でも何の根拠も証拠もない。

母は狂ったように家中を「盗聴器」が、仕組まれていないか探しまわった。友人にも相談してみた。

「私、盗聴されているかもしれない」
「えっ?有名人じゃあるまいし、気のせいじゃない?」
誰も真剣には取り合ってくれない。
でも絶対におかしい!
母のこの感覚は、およそ半年間続いた。



つづく


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