「ショート」無常と普遍的なモノ
憂鬱と言う文字がぴったりと寄り添っているような雲だった。窓の外を見上げて、いらいらと人差し指で机を叩いてみた。
コツコツ
乾いた音が響いた。
何も変わってはいない。いや、変わっている。
昨日と同じ景色は一つもない筈なのに、俺だけが変わっていない。
昨日より一日分歳を取っただけで、この無意味で自堕落な時間を貪り喰っている事に変わりはない。
時間と共に現れる「変化」だけが正義や良い事ではないが、その変化が成長をもたらすのも、また事実だろう。
くだらない
くだらない
くだらない
ああ、そう言えば、昨日キッチンで刺した母親はどうなったのだろう。
この寒さだ。そんなには変わっていないだろう。
俺は引き籠もっている部屋を出て、キッチンへ向かった。
夥しく流れていた血液は固まっている。それでも鼻を突く生臭い匂いが底から漂い、部屋中に残っていた。あぁ、僅かに死臭も混ざり始めたかも……
「一日ではそんなに変わらないんだな」
目玉をひん剥いてうつ伏せに横たわる物と化した、昨日まで「母」だった生き物は動く事をやめた。
「腹が減ったんだけど?」
俺は独り言のように呟いてみた。昨日までなら、何かしらの喰い物が作り笑いと共にこの物体から差し出されるのが当たり前だった。
鍋の中を覗いてみた。
こいつが人間だった時に作ろうとしていたんだろう。
玉ねぎとじゃがいもと人参と豚肉が、冷えて水になった中に沈んでいる。
カレーか?シチューか?
まぁ、そんなところだろうな。
冷蔵庫からミネラルウオーターを出して、腹の足しにした。
「ご飯、ちゃんと食べてね」
「お風呂に入りなさい」
「たまには太陽に当たったら?」
「髪の毛切った方がいいんじゃない」
うるせぇんだよ、ババァ
久しぶりにリビングのテレビを点けた。
毎日、母親が好きだと言って見ていると言っていたお昼の連続ドラマが流れた。
あ〜、この続きを母親は観られないんだな
その時、俺の目から一筋の涙が流れた。
「死ぬってこういう事か」
母親の時は遮断され、続きを観る事は出来ない。
俺は台所の棚からカレー粉を取り出して鍋にぶち込んだ。ガスコンロを点けたが、水のまま放り込んだカレー粉は、ダマになってなかなか溶けない。
「母さん、ありがとう」
思ってもいない言葉が口をついた。
なんだ、俺も変化しているじゃないか。
憂鬱そうだった雲は風に流されて、太陽が顔を出した。
空腹に耐えられずにダマになったカレーを鍋からそのまま食べた。まだ外へは出られそうにない。
了