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2021.11.14 地始凍(ちはじめてこおる) お茶会は、待ってくれない。

大地が初めて凍るという意味の地始凍(ちはじめてこおる)の今日は、最高気温が20℃を超える小春日和

「小春日和には春っていう漢字が入るけど、ちょうど今頃の暖かく穏やかな秋のお天気のことなんだよ。だから、僕の娘の名前は日和(ひより)っていう名前なんです。」


この時期になると必ず、小学生の頃担任の先生が理科の授業で話してくれたあのエピソードを思い出す。先生からしたらほんの小話だったのかもしれないけれど、そんな小さなエピソードの断片は、わたしの記憶に残り続けているから不思議なもので。

大人になってから、小春ちゃんというお友達ができたんだけれど、なんとなく「もしかして、秋生まれなの?」と尋ねたら「よく分かったね。いつも春生まれとばかり思われるんだよね。」とくしゃっと彼女が笑ったその日も、確かにあの「小春日和」のエピソードが頭に浮かんでいた。

朝シャワーを浴びようと布団を出るにもぶるっと身震いしてしまうし、熱いお湯を浴びた瞬間にそのお湯がじんわりとした感覚が身体中に駆け巡るぐらいに冷え込むようになってきたけれど、日中はびっくりするくらい穏やかで暖かな時間が過ぎていく。

そんな今日は、お茶の先生のお宅に着物で集まり、口切りの茶事が行われた。

口切りの茶事というのは、お茶会のひとつで、初夏に摘まれてから茶壷の中で眠っていた新茶の封を切って、当年初の濃茶を点てる日。「茶人の正月」とも呼ばれるおめでたいお茶会だ。

こんな大事なお茶会で、わたしはなんと半東というお役目を戴いてしまった。

この半東というのは、お茶を点てる亭主の補佐の役割。亭主をするのは料亭で働く大ベテランのお姉様なのだけれども、今回はそのお姉様と一緒にお茶会を主催する側の立場

先行きの見えない不安定な世界でお茶会なんて悠長なことはやっていられなかったので、約2年ぶりかつ2回目のお茶会で、いきなり主催者になってしまったのだ。これはいち大事だと、10月の一ヶ月かけて手取り足取り先生にお稽古を重ねていただいて迎えた今日。

平日と同じ時間にアラームの振動で目を覚まして、眠たい目を擦りながら布団を出るて、ひんやりとした部屋にぶるっと身震いしながら浴室に向かい、シャワーを浴びる。

すっかり目を覚まして、髪の毛をアップにしてお化粧をして準備万端。時刻は平日よりもちょっぴり遅いくらい。まぁ、髪の毛をアップにしたし、お化粧もいつもより入念にしたしな……なんて思いながら家を出る。

先生の家に向かって着物を羽織り、云々と首を傾げていると、先生が手を貸してくれる。半東の仕事にばかり気を取られていたら、着付けのお稽古をしていただくのをすっかり忘れてしまっていたので、今回は先生に甘えようと前々から先生のお宅に着物を置いていたのだ。

先生も「まぁ、しかたないわねぇ」なんて笑いながら着付けを手伝ってくれる。ふふふ、作戦成功だな……なんてニヤニヤしながら着付けてもらうともう10時50分。

大急ぎで亭主をされるお姉様にご挨拶をして、いよいよお茶会がスタート。

目の前でサラサラとお点前が進んでいっているのに、わたしの気持ちはどこか上の空。なぜなら、わたしの大仕事はこの後すぐにやってくるから。

茶壷から新茶が出されると、茶壷は一度裏に戻される。この後炭を入れてお湯を沸かし終えるまでに、わたしは茶壷に紐を編んで床の間に飾り付けねばならないのだ。

この紐を編む作業がなんとも厄介で、この一ヶ月間にっちもさっちもいかないな……と半泣きでお稽古をしてきたのだ。


ちなみに、これが途中経過。  

……。

いや、ね。壺飾るだけでいいじゃん?縄、いる?

と何度匙を投げようとしただろうか。おせち料理だって確かに結ばれた状態で売ってるけどね、でも、どうせ解くじゃん?

とか思い出したらキリがない。華やかに見えてかつ、毒が混入されるなどないよう保管する鍵のような役割もあると聞くけれど、それでもこんな厄介な結び方をしなくたっていいじゃない……と思ってしまうわけです。

それでもお茶会は進んでいくし、茶壷は予定通りわたしの手に渡ってきてしまった。「さて、編み始めるか」と紐を手にした瞬間、わたしの目の前が真っ白になった。

え。あれ、これどうやって編むの……。

この一ヶ月ちょっと何度も何度も練習したはずなのに、いざ本番となると、頭が真っ白になって体も全然動かない。

深呼吸をして、三つあるうちの二つ目の紐を編み終えようとするところで、亭主が裏に戻ってきてしまった。つまりここで、お湯を沸かすお点前までが終わってしまい、これからお弁当を食べるというところ。

紐を編んだらお弁当を出すお手伝いをする….…はずが、紐を編み終える前にお弁当を運ばなくてはならなくなった。

亭主のお姉さまからも先生からも「大丈夫よ。お弁当を食べ終わった後にも編む時間はあるんだから。」と励まされながらお弁当の蓋を開ける。



今日は特別に懐石弁当。本当は味わってゆっくり食べたいところだけれども、編み終えていない縄とこの後の仕事が気になってしまって、口に入れては噛んで飲み込むを繰り返す、何とも味気ない時間を過ごしてしまった。たぶん、とてもおいしかった。

水菓子の蜜柑と亥の子餅は見ているだけでお腹いっぱいになってしまったので、そっと袖に隠してお持ち帰りすることにした。個包装の時代、グッジョブ。

お姉様方が「お弁当の〇〇、おいしかったわね」なんてお話しされている横で「わたしは、縄を編んできます……」と声を掛けて裏に戻る。

すると、さっきの真っ白だった視界が嘘のようにはっきりと見えてきて、縄もスルリと編めてしまった。まぁ、不恰好ではあったんだけどね。

無事に掛け軸をしまってお花と茶壷を床の間に飾るタイミングに間に合って、茶壷を飾ることができた。お姉様が小声で「間に合ってよかったわね」と声を掛けてくれたのだけれども、あまりにも不恰好だったもんだから、返事まで不恰好に「ふぁい……」みたいな頼りないものになってしまった。でもまぁ何とか、間に合ったのだ。


この前なんかの動画で「医学部の入試というのは難しい問題が難問も出るわけではなくて、標準的な問題を素早く正確に解けることが求められる」なんていう話を見た。多分これって仕事でも同じで、たとえ丁寧で正確でも、納期に間に合わなければ取引先は取り合ってくれない

そしてお茶でも、いくらそのお点前ができても、その時間に間に合わなければ会の進行が滞ってしまう。今日のお茶会みたいに。流れるように、でも正確に淡々とお点前をしていくことが求められるのだ。

ひとつひとつのお手前の順番を覚えて、そのお稽古を通してぐるぐると考えを巡らせてこのマガジンにnoteを書けるくらいの余裕は生まれてきたけれど、やっぱり誰かのためのお点前は緊張するし、緊張すると目の前が真っ白になってしまううちは半人前なんだろうな。

なんてことを考えながら今、ふと外を見上げたらもうあたりは真っ暗だった。小春日和の穏やかな時間って、本当にあっという間に過ぎていってしまう。

冬は、もうすぐそこまでやってきている。

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