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「諦めたらそこで試合は終了だよ」社会科教諭 佐藤久志 29歳 (2年4組担任)

 ここはどこだ。まだ、動物園か。いや違う。動物園はもう出た。

 「こら!お菓子のゴミをそんなとこに捨てない!」

 「うっせーな!ケツデカ!だまれよ!」

 「あの、佐藤先生も注意してくれます?」

 武田先生ににらまれた。

 「あー、おーい、お前ら、ゴミはきちんと捨てる。あともう少しで学校だから、そろそろ口の中に入ってるガムとかは捨てろ。」

 「おれ、ペロペロキャンディなんで、食べ終われそうにないでーす(笑)」

 「ギャハハはは」

 もはや、動物の方が賢いな。そして、家でやってる『あつまれ動物の森』の動物たちの方が仲良くできそうな気がする...。

 あー、まじで辞めたい。

 窓の外を眺めながら思う。ゴールデンウィークもずっと部活指導で休みもなかった。部活指導していない先生もいるのに何て不公平なんだろうと思う。俺は別にバスケットなんかしたことない。

 中学、高校時代は剣道部だった。前の学校では剣道部があったから、休み返上して部活指導することに何の不満もなかった。この学校に異動してきて、剣道部がないので、バスケット部に配属された、その年は最悪だった、バスケットは審判も教師がしないといけないので、そのために審判講習会にも参加した。ちなみに、自腹でスラムダンクも全巻買った...

 生徒にバスケを教えるために夜のバスケ教室にも参加した。ウェアやシューズもすべて自腹だ。最初1年目はそれでも生徒のために一生懸命頑張った。頑張って、一回戦で負けた。

 「うちの部が一回戦で負けるなんてありえないんですけど!先生の教え方が悪いんじゃないですか?やっぱり専門の先生じゃないと」

 保護者からは痛烈に批判された。その様子をみた生徒が、この教師はバスケができない指導ができない、だったら自分たちで勝手にやった方が勝てるんじゃないか...

 ということで、勝手に部活のメニューを変えられた。休日には、バスケに詳しい保護者がしゃしゃりでてきた。俺の居場所は完全になくなった。スラムダンクの安西先生なんてたまにきて、たまに座ってたただけじゃんか。それでも勝てたじゃん!俺のせいじゃねーだろ?!お前らの息子が弱いだけなんだよ!

 今年は僕は管理職にお願いして、バスケットから離れたかった。せめて陸上部が卓球部に変えてもらえないかとお願いしたが、無理だった。今年はバスケット専門の松岡先生が来るから副顧問として、サポートしてほしいということだった。

 でも、事態はもっと悪化した。松岡先生は経験者なので、保護者や生徒の信頼をすぐに勝ち取った。部活のメニューも的確だ。指導もすばらしい。なおかつバスケのつながりがあるので、3年の浜田をコネで選抜のメンバーに入れた。その一方、僕の存在価値なんて下がりっぱなしで、保護者からは、パシリ状態。なんなら、松岡先生も僕のことを雑用係りとしか思ってない。

 ゴールデンウィークも一日くらい休みがほしいとお願いしたが、

 「んー。生徒が部活してるのに、教師が来ないってなんだかね。」

 と言われた。

 あー!まじで、辞めたい。

 ここ数日もうずっと思っている。年下の武田先生にまで、きつく言われるし、全部俺のせいかよ!つーか、お前の音楽の授業だってメチャメチャだろ!ふざけんなよ!えらそうな態度とってくるなよ!

 「そろそろ学校つきますよ!」

 相変わらずうるさい女だな。見りゃわかるよ。生徒にケツデカって言われるのも分かる気がする。

 「口の中にガムやあめが入ってる者はくちから出せ!あと周りにごみが落ちてないかもきちんと見ろ。」

 その瞬間、うちのクラスの、サルが、

 「せんせー!俺、ペロペロキャンディだから捨てれませーん(笑)だってこーんなにでかいし(笑)」

 「ぎゃはははははは!お前のちんこもデカイもんな(笑)」
 「お前まじ何それ」
 「きもっ!」

 こいつらは、本当に動物園のサル以下だな。はい。もう無視無視。俺に関わるな。もう無視するにかぎる...

 そのとき、僕の後ろに座ってた女子生徒が、嫌そうな顔をしていた。

 そんな顔をしている女子が多数。男子の真面目な生徒もそうだ。同じ顔をしている。

 そうだよ。こんなクラス、間違っている。勝手な奴らのせいで、真面目にしてる生徒がつらい思いするのはおかしいんだ!

 「おい!いい加減にしろ!もう一回言うぞ!口の中に入ってるものはだせ!あと、くだらんようなことで、ゲラゲラ笑うな!不快だ!」

 大声で怒鳴った。
 
 バスの中は静まり返った。エンジンの音だけが聞こえる。

 「きも!」

 サルがつぶやいたが、それっきりだった。

 バスが学校に到着した。

 「きちんと周りのごみ、忘れ物ないか確認しろよ。制服をきちんとしてバスの外に出ろ。」

 静まり返った中で淡々と生徒は降りていった。バスの通路でサルが
 
 「きも!」

 と俺に言ってきた。それしか言えないのか。その言葉しか知らないのか、いったいこういう子達は何なんだろう。

 帰りの説明等が終わって、生徒は一斉に下校していった。いつもなら挨拶してこないまじめな生徒たちが

 「佐藤先生、さよーなら」
 「佐藤先生、何かおみやげ買ったの?」

 なんて話かけにきた。

 相変わらず、サルだけが、最後にも

 「きも!」 

 と言うので、

 「さようなら、気を付けて帰れよ!」

 と言った。

 何か変わったのか、それは分からない。ただ、あの帰りのバスで俺は手応えを感じた。俺は、やっぱり教師なんだ。真面目な生徒をバカにしたりするような環境は間違ってるんだ。それは、バスケ環境も同じだ。今週の日曜日は、誰に何といわれようと、休みをとろう。

 「諦めたらそこで試合終了だよ。」安西先生!その通りです!俺はもう少しやれることをやってみます。