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フローライト

フローライト こんなものが
世界で一番輝いて見えるのは
フローライト きっと君が大切でいる何よりの証だろう
確かめていたんだよ僕らは
ずっと目には見えないものを
ふいにそれは
何かを通して再び出会う

米津玄師『フローライト』

『出来ない!』 
 とは、実際に叫んでいない、と思う。私の挙動は、今、だいぶ怪しいはずだ。そろそろ何か言われるだろうな。それより、何がわからないのかサッパリわからない。最早何もしたくないって心が全力で叫んでる。

パラパラパラパラ、パラパラ、パララッ。

「さっきから熱心に何を調べようとしてるの?」…何も言えない。「本の匂いに集中してた。」「……。」 

 半ば後ろのページから表紙まで戻って来た勢いで、『苦手克服!カンタン世界史』とでかでかと書かれた帯が外れて、弾みで飛んでった。 

「人って、どうしていいかわからない時さ、とりあえずパラパラするよね。」ははは、私は情けなくて笑ったけど、彼は本当に面白そうに声を上げて笑って、デスクに向き直った。まだ肩や背中が震えてるし、声も聞こえてる。笑ってるのバレてるってば。 
 どうも先程から激しくなる、私の“虚無に本をめくる音”が、背後で聞こえる事がおかしくて堪らなかったらしい。

 私が、彼の事を思い出す時はいつもあの日のこと。何だろう、自分でもだらしなくて、あんなにみっともないと思うのに。彼は本当に楽しそうに“ニカッ”って感じで目を閉じるようにして笑った。
 笑う時は上を見るから、声と、少し上向きの横顔。それが私の中の“一番の彼”。

 「信じられない!」「まだ怒ってるの?」「怒るよ、私が江戸時代の人間だったら斬ってる」
 お前、世界史も出来ない癖に急に武士気取るなって、彼に殊更、大笑いされた。

 今夜は花火大会。どれだけ物騒な言葉で騒いだとしても、誰にも聞こえない。私達は次の大花火を待っていたのだけれど、トラブルでいつまでも次は来ないままだった。
 人々が重たい足取りで、帰りの列をぞろぞろと成し始めている。私達はずっとここに座ってるけれど、いつ、帰ろう。

 「まだ許せないなぁ。」私は花火の事じゃない、親友の事で怒り続けていた。同じ受験生のこと、同じ学校に行こうねって言ったのにという、よくあるやつが自分に降りかかるなんて思ってもみなかった。何の相談もなく、親友に推薦枠を奪われてしまった。

 「でも、みんな自分が一番だって事がよくわかるよね。俺はそこはわかるよ、そこはね、」「自分勝手だよ、友達なのに。」

 彼は頭が良い。勉強が出来る。それもあるけれど、問題解決が必要な時は、クラスでも率先して周囲を宥めるような人でもある。
 この瞬間も、私はどこかで心の包帯を彼に求めてしまっていた。今思えば、そこはね、の先を遮ってしまったかもしれない。

「…優等生な意見を言おうと思ったけど、やめた。」「えっ、何か言ってよ。」

 私は本気で怒ってるのに。お前の武士気取りを思い出したら怒れないんだよって言って、横顔がちょっと上を向く。影しか見えていないけれど、彼は絶対、笑ってる。帰り道の喧騒の狭間で、楽しげな彼の声を聞く。
 …いいけど。何でいつも笑うだけなの、優等生やめるなら、一緒に怒ってくれる?

 「この出来事も、お前が同じ大学に受かる為の原動力だと思えばいいっていうか。お前はお前なんだから俺と一緒に頑張ろうよ。」

 …甘い期待通りに包帯でぐるぐると巻いてはくれなかった。結局は優等生モードの彼に、煙に巻かれてしまった。私と親友の問題だもの、怒ってくれなくても当たり前。だけれど、不思議とがっかりもしなかった。
 一緒にって言う言葉だけが感じたことのない温度で私の心をくるんだ。一緒に、頑張ろう。
 
 苦しい時に冷静にそばにいた。そこにいた。駆けつけてくれた。姿があった。それだけが彼の使う魔法だった。私が望めば彼が願えば、もしかしたら、七色の魔法だって使える人なのかもしれない。それくらい頭が良くて、あたたかく心を包む天才的な魔法使い。それが、私の中の“二番の彼”。

 私の中にはたくさんの彼が残ってる。なぜか番号がついてる。番号はもっともっとある。どんな彼も、どんなことでも賢明に解決しようとした。時々熱くなって失敗したりもするけど、何番の彼も笑う姿ばかりが残っている。
 ちょっと上を向いたら、笑うサイン。なくなっちゃうくらいに目を細める。楽しそうに声を上げて笑う。それが、結局、一人しかいない、“彼”。

 だけどもう全部全部思い出の中。よくある二人の思い出の品なんか、私達の場合、どこにあったんだろう。
 ねぇ、あのね、私いま困ってるよ。だからこんなにも、視界がぼやけちゃうほど君を思い出しちゃうよ。
 君だけは、私が心配しなくたって元気でやっているって、信じてる。

ねぇ あのね君のポケットの未来を覗いて
きっと笑ってくれるから
これは いつか
この先出会うあなたの
痛み一つ拭う魔法
ねぇ ほら しまっておきなよ

Vaundy.『タイムパラドックス』

『出来ない!』 
 私は、実際には叫んでいない、と思う。でも私の挙動は、今、だいぶ怪しいはずだ。そろそろ何か言われるだろうな。それより、何がわからないのかがサッパリわからない。最早何もしたくないって心が全力で叫んでる。 
 誰でも克服できるだとか、カラフルで大層な帯が付いてる世界史の参考書を投げ出そうとした時。

 デスクの上のノートにかがみ込んでいた彼が起き上がり、引出しを開けて何事かゴソゴソしたと思うと、こちらに来て座った。

「あのね、全然話はちがうんだけど、いい?」「何?」
「これ、あげる。ポケットにでも入れとけば。」
「わぁ……、石?」 

 石っていうか、パワーストーンって言うんだけど、と何やら一生懸命彼が説明してくれているのだが、耳はそっちのけだ。
 彼の手のひらでは随分小さく見えたけれど、受け取ってみるとずっしり重い。五センチ以上あるかなぁ、形は五角錐。落としたら、あっという間に壊れてしまいそうなザラッとした手触りで、飴細工みたいだなって思った。美しい石だった。

 半透明なグリーン。ブルー・グリーン。ライト・グリーン。ペパーミントグリーン。エメラルドグリーン。この色を何と形容しよう、これがお守りとして持たれる石だって事くらい、知ってる。受験生の間で受かるご利益があるって噂だったっけ。

「あのね、『出来ない!』って声に出てたけど、気付いてた?」

 嘘だぁ。彼は、笑いを超えて、大笑いしている。私まで釣られて、暫く二人で笑っちゃった。
 でも私、思ったけど、声に出してたっけ?どうせお前は、このあとペラペラペラペラっていうか、バラバラバラバラ、うるさいくらい音を立てて、本ごと勉強を放り出すんだよって。そんな事を言われる。

 ひとしきり笑った私達の時間は徐々に落ち着いていった。笑ってごめんね、困った時には、それに励まされるといいよって、彼が言ってきた。私には「形あるもの」がまだまだ必要だって。でも“俺”には要らないからあげるって。「俺がいなくて困った時は」、その石にお願いしてみると、きっと良いことがあるよって。

 成長したら、いつかこの石のお守りを、卒業できるって意味かなぁ。石の向こう側を見てみたくて、目の前に翳す。彼が笑顔で見ている気がした。未来を見てきたような言い方するの、何でなんだろう。
ところで、ねぇ、あのね、ありがとう。照れながら尋ねる。
これ何ていう石なの?

『グリーンフローライト。』(End.)


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