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投資家 タクヤ(37歳)の場合

04 -In the case of Chika-

05 -In the case of Takuya-

2ヶ月のアカデミーが始まった。2ヶ月のプログラムはアカデミーの中でも最も厳しく長いプログラムだ。期間中、政府が用意した施設にほぼ軟禁状態となる。刑務所と違うのは自由時間に携帯電話が使え、空いている時間は自室で仕事も許可されている。

タクヤはこのプログラムに参加するのは2回目だった。だからうまくサボる方法も知っているし、特別な待遇があることも知っていた。


20代をITバブルを駆け抜け、会社を売却。30歳前半で億万長者になった。資本主義という分かりやすいシステムの中で、タクヤは間違いなく勝ち組だった。高級車、六本木の高層マンション、そしてプライベートジェット―――欲しいものはほぼ全て手に入れた。

ニュー・ムーブ政策が提案されたとき、タクヤはまさかこんな事になるとは思いもしなかった。それまで与党は富裕層を優遇する政策を取ってきたし、まさか富裕層を制限するような政策を決断するとは思えなかった。実際、閣議決定される前に大臣に会いに行ったが、全く取り合ってもらえなかった。たった一言「もう、決まったことなので」と。これなら抵抗していた野党にお金を配った方がマシだった、と後悔していた。

ニュー・ムーブ政策が施行されるまでの数ヶ月間、タクヤの周りの多くは海外に脱出した。同じくタクヤも、何度も海外移住を考えたし、お金を積めば受け入れてくれる国はいくらでもあった。しかし、移住したい先の国がロックダウンを繰り返していたり、言葉の壁を考えている間に移住規制が厳しくなってしまった。

<ムーブは売買できない>という厳しいルールは多くの富裕層を困らせた。タクヤも実際、後からなんとでもなるだろうとタカをくくり、デバイスの電源を切り、やりたい放題をしていた。強制執行直前、懇意にしていた政治家に献金すると連絡したが、なんとかなるということはなかった。ブロックチェーンで管理されているので、不法に操作するとすぐばれてしまうらしい。


広い部屋の中には教室のように一人ひとりの席があり、席の間と間にはアクリルの衝立が並んでいた。タクヤは衝立の横からヒョイと顔を出し、横にいたチカに声をかけた。

「珍しいね、君みたいな若い女性がアカデミーにいるなんて」

チカは声をかけられたことよりも、声をかけた主がタクヤというインターネットの世界ではそこそこ有名な人が横にいることに驚いた。

「タクヤさん、ですよね?」「そうだよ」
「どうしてこんなところに?」「ま、いろいろ違反してね、君は?」
「私も事情があり、違反をしてしまい」「へぇ」

他愛もない会話をしているとアカデミーの教官に注意された。


タクヤは、アカデミーでは少し特別扱いだった。普通の部屋ではなく、VIPな部屋を使えたし、食事も会社のスタッフが毎日届けていた。だから周りの人がタクヤがこのアカデミーにいることは知らなかった。

タクヤはチカから、このアカデミーに来る経緯を詳しく聞いた。そして、ムーブをまとまって借りたり、もらえたりしないとこのシステムは成り立たない、と改めて確信した。「まだこのシステムも発展途上だな」

そんな矢先、携帯電話をみるとムーブアプリにひとつの通知が来ていた。

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