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雨が降っているうちに....../短編小説


鉄の味が口の中にひろがる。
慣れっこの味だ。


今朝の天気予報は雨だったっけ?
その規則に従うかのように
窓にうちつける雨の音が室内に響く。

乱雑にみえて一定に聞こえる雨の音が
少しずつ私を現実へと戻してくれたのだった。


この大雨ならまだ帰ってこないだろう。
雨が止むまでにこの部屋を何とかしなくてはと思った私は、
机に手をかけながら立ち上がり、口元に流れる水滴を袖で拭った。

皮膚に擦れた瞬間に痛みが広がり脳裏にはさっきまでの光景が流れる。
こめかみあたりに絞めるような痛みがひろがった。

「派手にやるよねえ、、、また服を一つダメにした」


どんなに洗っても赤い染みはうまく消えてくれない。
だから目立たない黒い服を着るようになったのはいつからだろう。
そもそも、こんな風に暴れるようになったのはいつからだ?

そんな返ってこない問いかけをしながら、
部屋を片付け始めた。


雨の音が強くなる。
周りの音なんて飲み込むくらいに。
この雨なら尚更まだ帰っては来ないだろう。

安堵する心をよそに片付けを続ける。


一通り片付いた頃、まだ雨は降っていた。
静かなBGMのように響く雨の音に耳を澄ませながら私は外を見つめた。
「なに….やってんのかねえ」

無意識に飛び出た言葉に私は固まってしまった。
するりと流れるようにでてきた本音だったから。
雨のおかげでいつもより一人の時間が長かったからだろうか?
ただ素直になれた瞬間だった。


ずっと前から分かっていた。
この状況はおかしいということに。
ここにいればいるほど自分が消えていくということも。
でも痛いから、辛いから、しんどいから、
考えないようにしていた。

もう少し元気が出たら動き出そうと思っていた。


何かと理由をつけて自分自身の状況に対して傍観してしまっていた。


このままじゃ駄目だ。
いつ動き出そうがリスクなんてあるに決まっている。


だったら今、

この瞬間に、

変えてしまえばいい。



私は最低限の荷物を袋に詰め込み外に飛び出した。

前に進む度に水飛沫が上がる。
現状を変えようとする私の感情が弾けるように。

前に進む度に水が滴り落ちる。
こびりついていた記憶を洗い流すように。


前に進む度に視界がにじむ。
聞こえないふりをしていた家族の言葉を思い出したから。



大雨の中、私は家族のもとへとただ駆け抜けた。


地面に打ち付ける雨の音は
現状をかえた自分への盛大な拍手のようだった。
大丈夫。

もう私は、大丈夫だ。
雨の中、駆け出せたのだから。

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