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ブータン南西部チュカ県との楽しい協働の時間


1.チュカ県との連携~これまでの経緯

この秋、プロジェクトの最後の追い込みをかけるにあたり、頼りがいのある協働パートナーとなって下さったのはチュカ県庁です。ティンプーやパロとインド国境をつなぐ国道が県内を南北に貫くブータン南西部の県です。

CSTは住所としてはチュカ県に属しています。2022年8月のファブラボCSTの開所式の際には、チュカ県知事が来賓としてお越しになりました。その後、2022年10月に開催した初めてのメイカソンにはチュカ県経済開発担当官(EDO)のサンゲイ・ティンレーさんがゲドゥの企業家を数名引き連れて参加して下さり、ファブラボの施設をご覧になりました。

さらに12月には、ファブラボで受け入れた学生インターン8人をゲドゥの縫製研修センター「カルマ・スティッチハウス」に派遣し、1日がかりのミシン操作研修を実施してもらったあと、今度はファブラボCSTで開催したCST教職員向けの縫製入門研修では、同じ研修センターからティーチングアシスタントとしてカルマ・ザンモさんに来てもらいました。今年7月から8月にかけては、チュカの企業家ネットワーク「EOC(Entrepreneurs of Chhukha)」からの要請を受け、縫製業で収入向上を図りたいという、右手に麻痺のある農村女性の自宅を訪問して、ミシン操作をよりスムーズにするための自助具を私たちでデザインし、実装を行いました。

プーリーにフックを据え付けるアタッチメントを受け取り、嬉しそうな女性事業主

こうして小さな実績をいくつか積み重ねて1年。今秋も1回ぐらいはメイカソンをできないかなと思い、サンゲイ・ティンレーさんと電話で相談したところ、「やりたいことがある」とご提案下さったのが、下記の記事でもすでにご紹介した、「ハイウェイアウトレット・メイカソン」でした。


2.ハイウェイアウトレット・メイカソンのその後

メイカソン自体は10月20日(金)のピッチセッションがクライマックスでしたが、上記の記事でも述べた通り、その後チュカ県庁や道路局、観光局の関係者、施工業者などにもお越しいただき、11月2日(木)夜、メイカソン参加6チームによる、第2回プレゼンセッションを行いました。

ピッチセッションと違って少しカジュアルな雰囲気の中、改めて各チームともそれぞれのプロトタイプに込めたアイデアの独自性をアピールしました。制限時間を最大10分にまで拡大し、質疑応答の時間もたっぷり設けました。聴く側も、各チームのアイデアのどこに独自性があって面白いかを、的確に言語化して下さり、インタラクティブないいセッションとなりました。

サンゲイ・ティンレーさんは、「ファブラボが地域の課題解決につながる具体的な事例が作れた」と、大変喜んでおられました。

学生の説明を真剣に聴いて下さるチュカ県土木建築関係者の皆さん

3.カムジの女性向けに自助具を考えて!

これと並行して依頼されていたのが、農村に住む若い女性向けに、新たにミシン操作用自助具をデザインすることでした。場所はゲドゥからプンツォリンに下山していく国道のちょうど中間地点にあるカムジ集落です。

EOCからは、チュカ県内で縫製業を営む女性企業家のうち、自助具を必要とするのは1人だと聞かされ、私たちはその彼女への対応を7月から8月にかけて行いました。この話が口コミで広まり、「実はうちの近所にも、右手に少し麻痺を抱えている女性でミシン操作をやりたい子が住んでいる」と私たちに訪問依頼があったのです。ニーズを1つ掘り起こすと、次のニーズにつながるという典型例です。

しかし、私もさすがに行事が立て込んだ10月にカムジまで赴く時間を作ることはできず、訪問は11月に入りそうな気配。一方で、試作とフィッティングを二度三度と繰り返していたら、私は任期終了を迎えてしまいます。そこで、私はCSTの学生から希望者を募り、一緒にカムジに連れて行くことにしました。11月5日(日)のことです。仮に自助具製作に時間がかかったとしても、冬休みを使って取り組んでくれればいいと考えたのです。

この女性はカムジ・セントラルスクールの裏手のスタッフ住宅に住んでいました。カムジ・セントラルスクールは、チュカ県内にある障害児特別教育指定校(SENスクール)の1つです。7月のFAB23に来られていた教育省障害児特別教育課の課長から、「プンツォリンのSENスクールと自助具製作で関係を築いているのなら、カムジも見てくれないか」と検討を依頼され、「いあぁ、プンツォリンのSENスクールのニーズにも応えきれていないし、カムジだと毎回私はルートパーミット(通行許可証)を申請しないといけないから、そう簡単じゃないんですよね」と言葉を濁していました。

今回のサンゲイ・ティンレーさんからのお話は、これとは別の経緯で私たちに来たもので、最初は「どうせプンツォリンに行く国道の道路わきだから、ちょっと立ち寄って見て来てくれればいい」と言われていました。彼もわざわざカムジまでは来れないので、「学校に着いたらまずSEN担当教員を訪ねろ」と仰っていました。

その背景もわからず実際に訪問すると、いきなりSEN教育対象の子どもたちとの面談がセットされていました。「なんか話が違う」と戸惑いました。でも早晩カムジのSENスクールも我々が協力関係を築かねばならないので、SEN教室の教具などをひと通り見させていただき、取りあえず1つ数字学習ボードを作って納品することにしました。

このうちの1枚はカムジ・セントラルスクールに納品された
使える人は誰でも使うのがブータン流。
車でティンプーに帰られるJICAの所員の方に、カムジまで届けてもらった

続いてサンゲイ・ティンレーさんが私たちと会わせたがっていた女性の自宅も訪問しました。右手に麻痺があるというだけでなく、車いすやウォーカーも供与されていました。逆に、「ミシン操作に役立つ自助具」と言われていたのに、肝心のミシンがまだ配備されていませんでした。

実際のミシン操作の様子が見られないのに自助具をデザインするのは難しいので、とりあえずはThingiverseやファブラボ品川のオープンソースデータから、彼女の今の生活全般の中で少しだけ改善に役立ちそうなマッサージボールや片手だけを使って丸いフルーツをカットできるサポート材を作り、後日彼女に届けました。本当はキッチンのガステーブル台や食器棚も、彼女が使うにはちょっと背が高すぎで、もう少し低い台や棚が作れるといいなと学生らと話し合いましたが、これは学生が冬休みに持ち越して取り組んでもらうことにしました。

ガステーブル台の幅を測定する学生
家具づくりは冬休みに持ち越し
とりあえずすぐに作って納品した

さらに、7~8月に納品したミシンのプーリーやバックスティッチ用レバーを操作しやすくするアタッチメントをものすごく重宝していると納品先の女性企業家が嬉しそうに話しているのを聞きつけたカムジの女性の友人が、「それも作って欲しい」と追加要望してきました。私はファブラボCSTに最近入った中国Jack製の電動ミシンで寸法を取り直し、改良版を作って彼女に届けることにしました。

ファブラボのミシンでいろいろ試してみて、ようやくデザインが決まった
このフックなら安定的に操作で使える
バックスティッチのレバーも少し幅広にしてみた

4.ミシン修理メンテナンス研修

このように、ハイウェイアウトレットを除けばミシン絡みのお話が多い印象のあるチュカ県との関係ですが、8月にサンゲイ・ティンレーさんと打ち合わせた際、もう1つ、「ミシンの操作研修を受けた農村企業家に、ミシンの修理メンテナンスの研修を受けさせたい」との要望もいただいていました。

ブータンでは、農村部での収入向上を目的として、政府助成金と優遇金利の銀行融資を組み合わせ、ミシンが農村企業家向けに供与されました。チュカ県内でも、何人かの候補者が選定され、ミシンをはじめとした縫製に必要な備品が供与されました。それと同時に行われた技能研修では、主にミシンの操作の習得に重点が置かれました。使用開始初期の段階では、操作を行うのが精一杯という利用者が大勢いたようです。

同じ技能研修をCSTの学生に受けさせた際に「カルマ・スティッチハウス」のインストラクターのチェキさんからこんな話を聞かされました。CSTの学生は理解が速くて半日少々で技能習得してくれるが、これが農村企業家なら1週間はかかるとのこと。たぶんにお世辞もあったのかもしれませんが、ミシン操作だけで1週間もかかっていたら、とても修理やメンテナンスへの意識付けまで辿り着くことはできません。

したがって、利用が進むにつれて、現場からはミシンの不具合について指摘する声が寄せられるようになっていきます。そこで、ミシンの不具合に現場で即時対応できるよう、さらには不具合を未然に防ぐための日々の機械の維持管理に利用者一人ひとりが配慮できるよう、ミシン利用者を集めて集中研修を行いたい―――これがサンゲイ・ティンレーさんのご要望でした。

ファブラボCSTには現在、電動ミシンが3台あります。修理メンテナンスは私たちにとっても課題です。逆に、ファブラボにはデジタル刺繍ミシンや、アクセサリー作りにも活用できる3Dプリンターなどがあり、ミシン利用者の創作の幅を広げられる可能性があります。そこで、私はカルマ・スティッチハウスと協議し、10日間の研修の中に、受講者にファブラボまで来てもらう日を設けることにしました。

研修は、11月13日、ゲドゥのカルマ・スティッチハウスではじまりました。国政選挙に伴う大衆動員イベント開催自粛期間中でしたが、チュカ県庁の働きかけにより、開催の許可を得ることができました。20人が参加し、現在県内で利用されている手動、電動のあらゆるミシンのメカニズムと日々のメンテナンスのポイント、考えられる不具合とその対処法について、実践を交えながら研修は進められました。

チュカ県内で使われているミシン。手動から電動まで5種類ほど
手動ミシンの裏側を真剣にチェックする研修参加者

17日には、受講者全員がバスでCSTを訪れ、ファブラボCSTの施設を見学し、デジタル刺繍ミシンの操作や、電動ミシンの操作とメンテナンス方法について指導を受けました。受講者の中には、プンツォリンやカムジなど、ファブラボからほど近い事業者もおり、「ミシン以外の機械の操作についても教えてほしい」との声が寄せられ、私たちにとってもよい宣伝の機会となりました。この日、CSTは秋学期期末試験直前だったため、学生利用者の研修参加が困難なタイミングでした。しかし、私たちファブラボCSTのスタッフにとっては、修理メンテナンス方法についてこれまでの受講者からその学びを聴く機会ともなりました。

電動ミシンの修理メンテナンスもファブラボで指導いただいた
デジタル刺繍ミシンの動きを真剣に見る研修受講者
3Dプリンターで、ブローチやペンダントトップなどのアクセサリーが作れる様子も見せた

その後、研修は週末も使って続けられ、22日(水)に最終日を迎えました。この日はゲドゥのカルマ・スティッチハウスで修了証書授与式が開かれ、地域の主要な来賓とともに、ファブラボCSTからは私が出席しました。(今も温暖なプンツォリンから、海抜2,000メートルのゲドゥに上がってくると、予想していたよりもはるかに寒さが厳しく、実はこのあと私は体調を崩してしまったのですが…。)

アットホームな感じが伝わってくる修了式でした

5.結局は人と人とのつながりがものを言う

「あなたがファブラボにいて私たちの抱える課題への対応要望に応えてくれたから、ここ数カ月で多くの懸案事項を片付けることができた」―——修了式が終わったあと、サンゲイ・ティンレーさんからこう言われました。

彼とは昨年10月のメイカソンからのお付き合いですが、もともと彼は文科省の国費留学生制度を利用し、名古屋大学大学院で国際開発の勉強をされたことがある方です。2018年頃からブータン政府が各県庁に新しく配置をはじめた経済開発担当官(EDO)のポストに応募して、留学で学んだ経験を地域開発に生かそうと取り組まれていました。このEDOというのは、JICAが地方でニーズを掘り起こすには最もお付き合いしておくのが有望なポジションだと新設当時から私も注目していたので、チュカEDOとしての彼の活動は、話を聴いていてとても参考になりました。

「こういう人がEDOにいたら、チュカは活気づくだろう」と思っていましたし、打てば響くような反応の速さがある方だったので、仕事がとてもやりやすいと私は感じていました。

そんなサンゲイ・ティンレーさんも、私と同様、そろそろ次のステップを考えているとのことでした。3つほど候補ポストがあるようですが、できればその中でもプンツォリンの農業マーケティング事務所の所長を選んでくれないかなと私はひそかに期待しています。ファブラボCSTに近いプンツォリンの町を拠点にして、今度は農産品加工や商品開発などで、ファブラボの活用を考えてほしい、できることなら、ファブラボを所管するCSTを突き上げ、地域社会にとって有用なファブラボであり続けられるよう、外から働きかけてほしいものだと思います。

サンゲイ・ティンレーさんと筆者

もう1人、チュカ県でのファブラボの活動をつないで下さったのが、カルマ・スティッチハウスのオーナーであるカルマ・ザンモさんです。彼女はまだ若いけれど、チュカ県の企業家グループ「EOC」の事務局長も務めていて、特にEOCとの連絡調整では、彼女を通すことで話がスムーズに進むことが多くありました。

ゲドゥ育ちの若手企業家の多くがそうだと思いますが、彼女は2009年頃にゲドゥに体育教師として派遣されていた、青年海外協力隊員Oさんの教え子です。私もOさんとは面識があって、絶対生徒から人気が高かった教師だったに違いないと本人を見ていて強く感じました。Oさんの教え子で、O先生のことが大好きだったという若者には、ブータン南西部で暮らしていてよくお目にかかります。

日本への留学経験者や、協力隊員の教え子など、私たちが地方で活動していて、過去の日本や日本人とのつながりが、巡り巡って今の自分の活動を下支えしてくれていると感じるケースはよくあります。それを今度は私が引き継いで、何年後かに別の日本人が彼らと接したとき、「昔ファブラボCSTにヤマダって日本人がいて、一緒にいい仕事ができた」などと述懐して彼らがその日本人に恩返ししてくれるようになれば嬉しいことです。


6.【宣伝】チュカのエコツーリズム

そんなチュカ県が現在力を入れているのが「エコツーリズム」です。トレッキングルートやキャンプサイトの整備が進んでいて、10月のハイウェイアウトレット・メイカソンの上位入賞チームには、新たに開発されたジグミチュ・エコキャンプ場で1泊を体験してもらったこともありました。

キャンプ場での集合写真(2023年10月)
こういう地形を見ると、私はものすごく血が騒ぎます。雨期は危なそうだけど
私も行きたかった…

写真を見るからにかなり面白そうな場所ですが、行き方がわかりにくいというので、つい最近国道沿いに看板が立てられました。ゲドゥから峠を越えるとジュムジャという集落がありますが、そこからタラ水力発電所方面に下っていくと、2時間ほどで着くそうです。

11月22日に建ったばかりの看板
ジュムジャのジャンクションから国道をそれて坂を下っていく

雨期はヤマビルがうじゃうじゃいそうな地域です。でも乾期であれば、10月~11月、2月~3月の時期はおススメでしょう。河畔まで下りるということは、プンツォリン並みに暖かいということです。長期でブータンに滞在される日本人でチュカを訪問される方というのは、きっと一気に国道を南下してプンツォリンまで行ってしまわれるケースがほとんどだと思いますが、一度はチュカ県内でお立ち寄りいただき、温暖な地でのレアな体験をしていただけたらと思い、ここでご紹介しておきます。


7.未対応の連携候補事業~「竹」の有効活用

最後に、サンゲイ・ティンレーさんとの交わしたいくつかの意見交換の中で、まだ実現できていないものを1つ書き残しておきたいと思います。

それは、このジグミチュ・エコキャンプ場に彼が設置したいという「ツリーハウス」のデザインです。チュカ県をはじめとするブータン南部は自生する竹が地域資源として豊富にあり、そうした竹を使ってツリーハウスを作りたいというのが彼の構想でした。

そのために彼はインド・西ベンガル州シリグリから竹の専門家を9月に招へいし、ゲドゥでワークショップを開いたり、できる手は打ってきました。サンゲイ・ティンレーさんがわざわざシリグリまで専門家の方々を出迎えに行き、チュカにお連れする前にファブラボCSTに御一行を連れて立ち寄られました。その際、私もこの専門家グループと意見交換をさせていただきました。そこで、竹を組んでツリーハウスに仕上げる際、ジョイント部分の金具が必要になると仰っていました。材質について私が尋ねると、金具はアルミ製でいいというひと言が返ってきました。

9月14日にファブラボCSTに立ち寄られた、インドの竹の専門家とサンゲイ・ティンレーさん

ファブラボCSTでは、国道沿線に捨てられていたビール缶を学生動員して回収し、電気溶解炉で溶かして砂型に落とし込む取組みを試行しています。しかし、大学構内に住む学生だけで大学構内でのアルミ資源再利用の方途を考えるのでは、あまりいいアイデアが出てきません。いっそ出口の検討をオープンにして、アイデアソンでも開いてみたらどうかと、サンゲイ・ティンレーさんには提案しましたが、具体化以前に私は離任の時を迎えそうです。

このあたり、離任後に私のカウンターパートが拾ってチュカ県庁との次の活動として企画していってくれたらと期待しています。もちろん、これを読んで下さった読者の中で、チュカ県での活動に関心のある方がもしいらっしゃるようであれば、地域の課題とファブラボCSTをつなぐ1つの切り口として、「竹製ツリーハウス」を考えていただけたら嬉しいです。

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