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【FAB23回顧】Fab Student Challengeを受け入れてみて

前回に引き続き、今回もFAB23 BHUTANの回顧録となります。「回顧録」といっても、私は同時多発的に行われていた行事の一部しか見たり聞いたりしていないので、これらを読んでFAB23がわかったということにはならないかもしれない点はご容赦下さい。



1.Fab Student Challengeへの評価

最初の話題は、Fab Student Challengeです。今までnoteではこのプログラムについてはほとんどふれてこなかったのですが、FAB23全体を振り返ってみると、これまで時々言及してきたFab Bhutan Challengeと並び、ホスト国ブータンへの裨益効果を考える上で、相当重要なプログラムだったのではないかと思います。

特に、ほとんどのファブラボが開所から1年程度しか経過しておらず、それぞれのラボが所在するコミュニティのステークホルダーとの接点をほとんど構築できていなかった中で、こうして人為的に地域との接点を作るプログラムは、各ファブラボにとって大きなきっかけとなったように思います。

私が在籍しているファブラボCSTは、私自身が意識的に地域への働きかけに時間を割いていたこともあって、プンツォリン市内の公立学校とはすでにつながりができていて、それがFab Bhutan Challengeのテーマ設定につながりました。他のファブラボよりも一歩先に行っていたとの自負はありますが、そんなファブラボCSTも、お隣りのチュカ県やサムチ県の公立学校とのコネクションは作れていません。どちらも、私が営業活動を行うには「ルートパーミット(通行許可証)」をいちいち取得せねばならず、容易に出向くことができない場所なのです。

でも、Fab Student Challengeというプログラムで、向こうの学校からわざわざファブラボまで生徒さんが来て下さるというのは、労せずして営業活動して私たちのサービスのカバーエリアを拡大できるわけです。

また、こうしてもともと課題解決指向の強い中高生が、ファブラボの施設を利用することで、ファブに関心を持ってくれて、将来「CSTに進学したい」という子もチラホラいました。こういう、早くからファブに関心を持ってくれた子に次のステップを踏める場所が近くにあることを知ってもらえることも、Fab Student Challengeのメリットだと改めて感じました。


2.Fab Student Challengeの結果をどう捉えるか?

Fab Student Challengeとは、全国の小中高校が、学校でのお困りごとを解決するための方策を検討し、近くのファブラボの施設を活用して、プロトタイプを製作するというプログラムです。ここで製作されたプロトタイプは、7月23日(日)にティンプーの中心地クロックタワー広場で開かれた「ファブ・フェスティバル」で展示され、そこに来た来場者の投票によって上位入賞作品が選ばれることになっていました。全国20県中18県の小中高校52校から計114件の応募があり、書類選考で選ばれた12件がプロトタイピングステージに進みました。

上位入賞作品3点には賞金が授与されます。試作段階の作品を実用化につなげるための事業資金という位置づけらしいです。

書類選考で選ばれた12件がどこのファブラボに頼ってプロトタイピングに取り組んだのかは以下の通りです。地方への分散が主催者の意図だったのかどうかはわかりませんが、首都ティンプーやパロから選ばれたチームが少ないというのは意外でした。

  • ファブラボCST(プンツォリン):サムチ県の高校2校

  • TTTRCファブラボ(サルパン県デキリン)ペマガツェル県ナンラムの学校1校、チラン県ダンプ―の学校2校、さらに遠くダガナ県の学校2校と、合計5校から6チームを受入れ

  • CNRバイオファブラボ(プナカ県ロベサ):近くのクルタンの街にある私立学校「ウゲン・アカデミー」と、北隣のガサ県にある高校

  • DGIファブラボ(パロ県パンビサ):DGI自体が「ロイヤル・アカデミー」という学校を併設

  • スーパーファブラボ(ティンプー):1校

TTTRCは特に頑張ったように思います。いずれもTTTRCの近所の学校ではないので、生徒の受入れは学校が夏休みの間しかできません。TTTRCはもともと職業訓練校なので寄宿舎が設置されています。宿泊には問題はないと思いますが、寄宿舎が空いているのは夏休みに限定されます。

また、単に宿舎の確保だけではなく、受け入れたら誰が生徒にデザインや機械操作を指導するのか、ファブラボのスタッフも応対が相当大変だったことと思います。ファブラボCSTの場合は6月19日から7月17日までの1カ月間、学生インターン10名を受け入れていたため、彼らが高校生と一緒にプロトタイピングに取り組んでくれ、2校受入れも難なくこなすことができました。TTTRCがどのような実施体制で取り組んだのかはわかりませんが、うちよりも体制が整っていない中で、5チームも受け入れたのはすごいことです。

近くのファブラボから距離的に遠すぎる学校の場合は、学校が夏休みに入った7月の第1、2週をプロトタイピングに費やすしか選択肢がなかったはずです。一方で、クルタンのウゲン・アカデミーやパロのロイヤル・アカデミー、ティンプーのルンテンフ―中期中等学校などは、その気になれば書類選考で選ばれた6月上旬からであっても近くのファブラボに通えたはず。

だから、最優秀作品がウゲン・アカデミー製作だったという結果には、驚きはありません。むしろ、夏休み期間だけを使って短期決戦でプロトタイプを仕上げた第2位(サムチ高等中等学校)や第3位(ガサ県ジション高等中等学校)の健闘が称えられてもいいのではないかと思います。


3.プロトタイプに至るプロセスを振り返る

実は、Fab Student Challengeの構想は、年明けにはすでに主催者の頭の中にはあったようです。私は初めてこの名前を耳にしたのは、今年2月初旬に行われたFAB23準備に向けた初のオンライン会合の席上でのことで、DGIファブラボのマネージャーが、「Fab Student Challengeの実施検討状況を教えろ」とDHI/スーパーファブラボに詰め寄るシーンがあったからでした。

私は、それがもともと教材開発を目的に設置されたDGIファブラボとスーパーファブラボの間での特別プログラムなのだろうというぐらいの認識しか持たずに聞き流していました。しかし、その後4月末になって、全国紙クエンセルに、学校の先生をスーパーファブラボに見学に招き、Fab Student Challengeについて趣旨説明を行ったという主旨の記事が掲載され、私はそれで初めて、これがいずれファブラボCSTの活動にも何らかの影響が出てくる可能性がある構想なのだと理解しました。

しかし、3月以降毎週行われたオンラインでの準備会合で、Fab Student Challengeが話題になったことは記憶にありません。うちのマネージャーのカルマ・ケザンさんに訊くと、何かの話のついでに、チラッと「その時はよろしく」とは言われたことがあったそうで、彼女はその存在を知っていました。実際に書類選考が終わり、どうやら各ラボに受入れ要請が来るらしいと明らかになったのは5月の末のことです。CNRバイオファブラボのマネージャーは、「6月上旬から受け入れるから忙しくなる」と話してくれました。たぶん、ウゲン・アカデミーのことだったのでしょう。

ファブラボCSTで実際に高校生を受け入れて、学生インターンとともにデザイン方針の検討からプロトタイピングにいたるまで一緒に取り組んだ記録は、JICAのプロジェクトニュース(下記)でも紹介させていただきました。そちらもご笑覧下さい。

記事ではきれいごとだけを述べていますが、実はいいことばかりではありませんでした。このコンテストの建前は、①原材料購入は参加チームが行う、②ホストするファブラボは場所の提供とプロトタイピングに向けた助言を行うのみ、というものでした。従って、ホストしたからといってファブラボに入って来る収入はありません。「コミュニティパートナー(共催者)」として名を連ねられることによって、機械使用料や材料使用料徴収を不問とさせられました。

でも、実際にはファブラボでストックしてあった合板やフィラメント、私が何かのためにとティンプーに何軒かある「100均」ショップで買っておいたマグネットなどをチャレンジ参加チームに提供しており、その分はファブラボとしては持ち出しとなっています。共催者なんだからその辺は自分たちで工面しろというのが主催者の言い分なのでしょうが、そういうやり方をしていると地方ラボは財政面で窮地に陥る可能性があります。そこはきっちり明朗会計にさせて欲しいものです。

私もアイデア出しに協力しました
CST学生インターンが高校生のアイデア出しに協力
CST学生インターンが木箱の製作に協力
高校生じゃなく、大学生がプロトタイピングを楽しんじゃっている
引率の先生も3Dプリントした臓器模型のバリ取りを行う
出来上がった経済学授業の教材
出来上がった人工透析メカニズムの模型

4.Fab Student Challenge「ショーケース」の様子

本節では、7月23日(日)のファブ・フェスティバルにおける高校生たちの展示の様子を、写真にてご紹介します。

サムチ高等中等学校作品「HAEMODIALYER」
ひときわ目立つ人体模型
説明する高校生
せっかくだから、ブータン腎臓病財団のタシ・ナムゲイ代表に連絡して
会場に来てもらいました。
サムチ県ユセルツェ高等中等学校のポスター
経済学で使われる曲線を、マグネット付きの紐で描ける
25日夜の説明会には、ユニセフや教育省カリキュラム開発局の
偉い人たちも見に来てくれた

5.Fab Student Challengeは一過性のイベントで終わらない

先日、私の派遣元の役員向けにFAB23のレポートを書いたのですが、「簡潔に書け」との条件が課されたので、Fab Student Challengeに関する言及はすべて削除を余儀なくされました。でも、ファブラボCSTがプロトタイピングを支援したサムチ県の高校の1つが第2位に入ったことは、私個人的には今回のFAB23において「ファブラボCST」の評判を高めた大きな出来事の1つだと思っています。

出自的に、ファブラボCSTは他の4つのファブラボとは設置の経緯が違うため、何かというとDHI/スーパーファブラボは、彼らが設立支援したDGI、CNR、TTTRCという3つの地方ラボと、ファブラボCSTとの間に、情報伝達において変な線引きをしています。彼らの間で決めたことを、土壇場に来てからファブラボCSTに下ろされるというケースが、FAB23準備期間中も相次ぎました。

それに一矢報いるには、私たちの実力を衆目の知るところで堂々と示し、ファブラボCSTを無視できない存在にまで引き上げることが必要だと私たちは考えていました。Fab Student Challengeの良績で、うちの存在感もアピールできたのではないかと思います。

それで、気になるのは今後なのですが、FAB23カンファレンスでは教育省学校教育局とカリキュラム開発局の職員を見かけることが多く、彼らがFab Student Challengeをそれなりに評価していることがよくわかりました。彼らにとっても、ブータンのSTEM教育をコーディング一辺倒から次のステップに持って行くには、ファブリケーションをカリキュラムに取り込んでいくことが必要だとの認識はあるようです。

また、ニール・ガーシェンフェルド教授も、ブータンのファブラボの担当者を集めた会議の席上で、ブータンを「21世紀型スキル教育のショーケースにしたい」と語っておられたので、今年と同様の形になるのかどうかはわかりませんが、来年以降もこれと同類のスクールチャレンジは行われる可能性が高いといえるでしょう。

その時は地方ラボも、「ファブラボ・ブータンネットワーク」の名のもとに協力が求められるのでしょうが、繰り返しになりますが、中央でそういうイベントの主催を決めるのであれば、地方ラボに費用の持ち出しを強いるような実施の仕方は、断じて避けられるべきだと私は思っています。


6.UPSHIFTもこれにアラインさせたらどうでしょうか?

ここまで書いてきて、そういえば、Fab Student Challengeについて、一度だけ過去にnoteで言及したことがあったのを思い出しました。今年5月末に書いた下記の記事です。

最近、今後のプログラムの共同実施のことでプンツォリンのユースセンターに打合せに出かけた際、ユースセンターに出入りしている中高生が2人、ユニセフのUPSHIFTというプログラムで、地域の課題解決をプロトタイプする取組みに応募しようとして、UPSHIFTのモバイルアプリにログインできなくて苦戦を強いられている姿を目にしました。

UPSHIFTというのは、ユニセフが支援しているASE(成人技能・就業可能性強化プロジェクト)の国内展開ツールの1つで、「若者のソーシャルイノベーション・ソーシャルアントレプレナーシップ・プログラム」といって、成人や若者を支援して、地域の課題を特定してソリューションをデザインする能力を高めてもらうことを目的としています。

ユニセフの担当者は、そのUPSHIFTのトレーナー研修を5月末にCSTで行った際も、ファブラボとつなぐことを考えもしなかった方です。自分たちのやっていることは自分たちのやっていること、彼らがやっていることは彼らがやっていること、という線引きをされています。そんなユニセフの担当者を今回のFab Student Challengeのレセプション会場ではお見かけしたので、私は彼をつかまえて、ユースセンターのファブ機材の材料やスペアパーツ調達のルート確保にユニセフはもっと責任を負うべきではないかと意見具申をしました。明確に嫌な顔をされたのでたぶん彼は検討もしてくれないでしょう。

でも、ことUPSHIFTに関して、彼らが地域の中高生にやらせようとしていることは、その地域のファブラボにつなげられればもっと実装可能性の高いプロトタイプが作れる可能性があると私には思えます。

ユニセフのオフィスにいる人に言ってもなかなか埒が明かない問題かもしれませんが、せめてプンツォリンという地域レベルであれば、ユースセンターとファブラボCSTがそれなりに連携すれば、CSTの学生の力も借りられるし、いいプロトタイプを作ることができるのではないかと思います。そうして好事例を発信することで、少しはユニセフや教育省青年スポーツ局の職員のファブラボを見る目も変わっていくことを期待したいです。


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