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プロジェクトへの自己評価(1)


0.はじめに

前回、「現地で入手可能な材料を使ったローコストの自助具」に関するワークショップについてレポートした際、実際には自分自身がほとんどワークショップに出ていないというのもあわせて告白しました(笑)。

それで、ファブラボCSTをあげて開催していたワークショップを全休して何をやっていたかというと、11月16日に行われるプロジェクトの最高意思決定会議「合同調整員会(JCC)」の議論のたたき台となる、「プロジェクト業務完了報告書」の執筆でした。上記の記事の中でも議論のベースをこの報告書の初稿にすることに関して、恨み節も述べました。

この執筆に加え、ワークショップ開催の翌週は、世界銀行の域内協力支援プログラム「SASEP」のイノベーショングラント募集に対して、プラスチック廃棄物の再利用プロジェクトのプロポーザルを出そうと、カウンターパートのテンジン君とタッグで取り組んでいました。私自身は、提出期限がタイトだし、記入項目が多すぎだし、グラントが取れても受け取れるのは私の離任後なので、なかなか身が入らず、正直何度も心が折れました。でも、テンジン君が「なんとしても提出したい」と最後まで歯を食いしばって頑張っていたので、付き合わざるを得ませんでした。(「歯を食いしばって」とは書きましたが、私のように睡眠時間を極端に削ってフラフラになるまで頑張るという感じではなかったですが、それはご愛敬ということで…)

そんなわけで、プロジェクト業務完了報告書の初稿執筆は世銀プロポーザルを書き終えたあとに回さざるを得なかったので、ある程度まで書き上げたのは、JCCの前々日、14日午後のことでした。

それからJCCでの発表用資料の作成に取りかかりました。プロマネのカルマ・ケザン先生が、プロジェクトのCIだとしてこの3年間一貫して同じテンプレートを使ってパワポ資料を作成していたので、私もそれに倣ってスライド作成しました。

報告書の方は、一応Google DocumentとGoogle Spreadsheet上で私がドラフトしたものにプロマネやCSTの学長、他のJICA専門家が加筆修正を加える形で執筆が進められました。私の書きぶりが某組織に対して相当批判的だと捉えられるところは、CST側で結構マイルドな表現に改編されていました。

今回は、プロジェクトに対する私自身の評価について、JCCで使った発表資料をベースにしてご紹介していこうと思います。業務完了報告書の目次案は下図の通りです。発表では、時間の関係で赤字でハイライトした項目に限定して話しました。この部分では私はあまり過激なことは書いていません。むしろ、今回ハイライトしていない部分で相当表現を直された箇所があるのですが、それはまた別の機会にご紹介していきましょう。


1.成果指標は取りあえずは達成したといえる

英語なのでわかりにくいかもしれませんが、プロジェクトの成果を測る指標は5つ用意されていました。下表の右半分に書かれている項目です。


成果1 ファブラボの開設と制度構築
成果1は「CSTの電気通信工学科(ECE)に、デジタルファブリケーション技術の拠点として世界標準型のファブラボが設置される」というものです。ファブラボCSTは2022年8月に開所を迎えているので、開所時点でこの目標は達成ですが、開設し、しかもそれを運営していくにはビジネスプランやルール、料金設定などの制度構築が必要なので、それがどれくらいできているのかが問われます。

制度構築は日常の運営ができるぐらいには出来上がったと思っています。料金徴収の仕組みもでき実際に徴収もはじめていますし、利用者が施設を利用して何を作っているのかを把握する仕組みも作りました。FacebookやYouTubeチャンネルも開設して、特に前者についてはフォロワー数3,114人を獲得するに至っています。FAB23に参加する外国人ファバーが、ブータンのファブ事情を知ろうと検索すると最初にヒットしたのがファブラボCSTです。また、利用者とのコミュニケーションや、利用者間のコミュニケーション、さらには利用者プロジェクトの共有のためのプラットフォームもでき、コンテンツもそこそこ揃ってきました。

もう1つの課題は人材育成です。プロマネのカルマ・ケザン先生のいる電気通信工学科は特に周知が行き届いてよく使ってくれていますし、同学科の先生方の間で、自主的にファブアカデミーのミニチュア版のような講習会も開かれています。さらに、Fab Bhutan Challengeホスト以降、自助具技術の研究開発や普及に関するカルマ・ケザン先生の馬力には感銘も受けます。


成果2 異学科間の交流
成果2は「ファブラボを通じて、大学内の学際横断的なラボベース研究連携・連動が促進される」というものです。CSTには現在、①電気通信工学(ECE)、②計装制御工学(ICE)、③IT、④電気工学(EE)、⑤土木工学(CE)、⑥地質工学(EG)、⑦建築、⑧機械工学、⑨水資源工学という9つの学科があります。成果2では、この異なる学科の間での交流機会を増やして多分野の知見が融合したプロトタイプが作れたかどうかが問われます。

実際にそういう建付けで参加者に作ってもらったプロトタイプの数を積み上げたところ、37件にものぼり、ターゲットだった5件を軽くクリアする実績をあげました(下図)。

そのうち、プロトタイプにとどまらず、実装にまで至ったものだけを数えてみたところ、5件あったことが確認できました。もちろん、これ以外に、単独の学科でグループワークで取り組んだプロジェクトは数知れません。

ちなみに、ファブラボCSTで主催した研修は、11月15日時点で計151回、受益者数はのべ1,779人に上ります。これってすごくないですか?JICAのICT分野での人材育成のKPIは年間の研修修了者数で見ていたと記憶していますが、うちののプロジェクトだけで全世界の年間の研修終了者の目標数はクリアしているはずです。しかも、この数字は別にうちのプロジェクトの成果指標になっていたわけではありません。だからといって、JICAがこのプロジェクトをどう評価してくれているのかは別の話ではありますが。


成果3 CSTと他機関とのコラボ
成果3は、「ブータン国内の社会経済課題解決に資するため、CSTが他大学や他官民機関と連携し、ファブラボがそのプラットフォームとなる」というものです。字面を見れば、要するにファブラボをプラットフォームにして、他機関と連携して課題解決のためのプロトタイプを作れと求められていることになります。

実は、これはちょっと難易度が高く、達成が危ぶまれました。当初は、CSTの学生がゲドゥの商科大学(GCBS)の学生あたりと連携して、民間企業や政府機関向けにソリューションを提案するようなケースを想定していたのですが、CSTとGCBSは車で1時間の距離にあり、プロジェクト開始当初私が考えていたほど、交流は活発ではありませんでした。同様に、CSTの学生がプンツォリン市役所や市内の公立学校と交流するケースもあまりにも少なく、教員にもそういう「つなぎ役」を務めるという動機がありません(下図)。

この数値目標は学生が提案したものしかカウントしてはいけないことになっています。そうすると、学生がプロトタイプを作って主催者に対して何らか提案をするような建付けの中で実際に作られた件数のカウントにとどめる必要があります。

しかし、ふたを開けてみたら16件。7月のFab Bhutan Challengeと10月のメイカソンでガッツリ稼いだ結果だといえます。ただ、長期的には、現在ブータンで実施中の、いろいろな開発協力事業とのプロトタイプ製作での連携を、学生も参加する形で増やしていくことがCSTには求められるでしょう。

ちなみに、「学生が」という縛りを外して、ファブラボCSTで私やテンジン君が受けて行ったプロトタイプ製作はもっと多く、私のプレゼンの中では私自身が手がけたものの一部だけをリストアップしてみました。


成果4 市民や学校のファブラボ訪問
成果4は、「CSTのファブラボが、個人/市民および学校が自身のニーズに取り組み、スキルを高め、社会・経済的問題対処のためにカスタマイズされた製品を開発するためのオープンイノベーションのプラットフォームを提供する」というものです。目標は「10人」とされていました。

意外と低めの目標と感じられる方も多いかもしれませんが、それは「利用者/訪問者」の定義によります。1回来るだけだったら近隣の学校向けオリエンテーションをやってれば相当数が簡単に確保できます。しかし、そうした生徒さんが最初のオリエンテーションをきっかけに、ファブラボに関心を持ってくれて、「ちょっと使ってみよう」と思ってまた来てくれるといったリピーターだけを拾い出すとしたら、やっぱり10人程度だよねということにならざるを得ません。

しかし、件数カウントに一定の条件を付けてリピーター数を数えてみたところ、19人にのぼりました。さらに言うと、ここでは「リピーター」だけをカウントしていますが、口コミでファブラボの話を耳にして、オリエンテーション抜きでいきなり利用したいとやって来た近隣の公立学校の生徒とか、7月のFab Student Challengeにエントリーしていたサムチ県の高校2校のチームとか、CSTのシンガポール人チェアマンが機械工学科のラボ専属技師に命じて作らせたノベルティとかは含まれていません。また、チュカ県のパクシカ・セントラルスクールの校長先生から依頼された5月の「教員感謝の日(Teacher’s Day)」の贈呈用楯の量産といった受託生産も、カバーされていない点を付け加えておきます。

さらに、こうしてファブラボCSTの来訪者をカウントするだけではなく、逆にファブラボ側が現場に出て行ってアウトリーチ活動をやったケースもけっこうあります。3Dプリンターを市民社会組織(CSO)の事務所や学校、ユースセンターなどに持ち込んで、CADを体験してもらう活動は、ファブラボCSTができる前、noteで情報発信をはじめる前から取り組んでいたものがかなりあります。ひとつひとつカウントしているわけにはいきませんが。


2.プロジェクト目標も、字面だけなら達成している

以上、成果指標はすべてクリアしたわけですが、その上でのプロジェクトの目標は、成果1にあった「制定する(develop)」から、「実施する(implement)」に文言が変わっただけです。ですので、当然、ファブラボCST発足時に、制度運用のために必要なものはすべて制定し、運営を進める中で必要性が認識されたものは適宜新たに定めて15カ月やってきたのですから、自ずと達成されたということになります。

但し、もう一度プロジェクト目標を振り返ってみると、そこには「CSTにデジタルファブリケーションラボを設立し、技術力を社会や産業のニーズに結び付ける新しい教育モデルとイノベーションを開発する」とあります。この目標の前段の「ファブラボの設立」の部分は当然できましたが、後段の「技術力を社会や産業のニーズに結び付ける」というところでは、「社会とつなげる」のは実績が作れましたが、「産業とつなげる」方は、ちょっと悩ましいと述べておきます。

プロジェクトでは、産業とのリンケージ構築のために近隣の産業施設への学生の見学ツアーを実施して、現場のニーズに合ったソリューションを学生に検討させようという活動が掲げられていました。しかし、実はこうした見学ツアーは各学科の教員が各々のコネを駆使して独自に行われているケースが多く、私もCSTに駐在していて、ファブラボによく出入りしている学生が、見学ツアーに出かけたという話をあとから耳にすることがよくありました。そうだとすると、引率する教員にファブの意識付けがされて、それを踏まえたファシリテーションが見学ツアー中に行われないと、期待される成果にはつながりません。

15カ月間を通してずっと気になったのは、ファブラボの利用者はCSTの学生ばかりで、CSTの教員が利用するケースがほとんどないことです。それでも電気通信工学科の先生には施設を利用できるような技能習得はしていただけたと思いますが、モデリングや機械操作、ファブラボをどう活用したらいいのかのオリエンテーションなどは、そもそもファブラボCSTの仕事だろと丸投げされていて、教員がノータッチだった感が否めません。

「お前んところでやっているオリエンテーションやハンズオン研修を受けろと、自分は学生には指示しているが、それをろくに受けないで、土壇場になって必要に駆られてから機械操作の助言をファブラボのスタッフに泣きつく学生が悪い」と某学科の先生に言われました。ファブラボのスタッフも暇ではないので、自分の学科の学生に利用を慫慂したいのなら、オリエンテーションや機械操作の講習は各学科の先生が企画してほしい。それが徹底できなかったのが悔いとして残ります。結果的に、利用ルールが徹底されない状態で利用希望学生に施設を使わせざるを得なくなりました。オンラインによる機械予約システムは利用しない、取りあえずファブラボに行ってみて機械が空いていたら早い者勝ちで使う、機械を使用したあとの周辺の清掃はやらない、プロジェクトの文章化の必要性を理解していない、といった問題がなかなか解消できませんでした。この辺は、細かいことを言っていくときりがありません。

教員はそんな調子だし、ましてやブータンの大学の教員は研究よりも圧倒的に教務に重点を置いているので、「技術力と社会や産業のニーズをつなぐ」という部分のインセンティブは低いです。教務とは別に研究助成を引っ張って来て、ファブ施設を使って研究プロジェクトを動かすような余裕はなさそうです。

取りあえずファブラボCSTを発足させるために諸制度は制定しました。でも、15カ月の運用を経て、現実を踏まえて制度を改編していく努力はCSTには求められます。この15カ月は、とにかく成果を出すために詰め込めるだけのことは詰め込みました。ファブラボがあれば何ができるかというメニューの積上げは相当できたと思います。ここからはCSTが取捨選択して、現実的に運用可能な範囲に活動規模を縮小して、制度もそうした方向での現実的な見直しをかけられたらいいと思います。


3.DACの評価基準で見た場合

次に、OECD-DACが定めている、①妥当性(Relevance)、②整合性(Coherence)、③有効性(Effectiveness)、④効率性(Efficiency)、⑤インパクト(Impact)、⑥持続性(Sustainability)の評価6項目をもとに、カウンターパートと合同で、プロジェクトの自己評価を行うことが求められました。合同評価を正式にやったわけではありませんが、自己評価に関してはプロマネとCST学長と三者で鉛筆をなめた結果をここでは述べることにしました。

3-1.妥当性(Relevance)
「当該国の開発政策、上位計画、ニーズ等との整合性」がどうだったのかを記載するものです。ブータンでは、少なくともファブラボは全国に十数カ所作るという閣議決定が2019年3月にされていて、実際政府のお墨付きを得てファブラボの数が増えているので、そのトレンドに乗っているという意味では整合性は高いといえます。また、最近では支援したJICAの人ですら話題にしなくなってきている「CNDP2030(全国総合開発計画2030)」という国の上位計画の提言を踏まえて「連携中核都市」としてのプンツォリンとその中でのCSTとアルラ医学アカデミーの位置付けをちゃんと踏まえて両校の学生を交流させてイノベーションを生むという方向でのプラットフォーム作りをファブラボCSTは意識していました。


3-2.整合性(Coherence)
「他事業(JICA、日本、他開発協力機関)との相乗効果・相互補完、国際的枠組みとの整合性等」
を記載するものです。JICA事業との間では、特にJICA海外協力隊員の方々との協働の事例は多く作ることができたと思います。

それ以外のJICAの事業では、プロジェクト側でそう意識をしていたから前述のCNDP2030とかプログラム円借款との関連では整合的な活動ができたと思いますが、JICAの側からプロジェクトに対してこの整合性確保のための積極的な働きかけがあったとはあまり思っていません。逆に、現場レベルでは「やろう」と盛り上がっていた課題解決型プロトタイプ製作が、誰かの無理解でボツになったとか、最初はCSTに研究開発を働きかけられていた話が、いつの間にかスーパーファブラボ(以下、JNWSFL)に乗り換えられていたとか、プンツォリンから見ていてあまり気分のよくないケースがいくつかありました。

プロジェクトでは、ファブラボブータンの事業を継承したチェゴファブラボとも友好関係を築き、以前大使館がファブラボブータンに供与した草の根無償資金協力がしっかり成果を出せるよう陰ながら支援しました。同様に、プンツォリンのユースセンターを支援して、ユニセフが2019、2020年に供与したpi-topと3Dプリンタがちゃんと使われるよう働きかけてきました。別にユニセフから頼まれていたわけではなく、実際私はユニセフの人と会うたびにユースセンターへの供与機材の件で「どうすんねん」と詰め寄るので、ユニセフからはちょっと嫌われていたかもしれませんが。


3-3.有効性(Effectiveness)
「プロジェクト目標の達成度や阻害要因の影響、アウトプットとプロジェクト目標の関係性等」
を評価する視点です。最初に強調しておきたいのは、やはり、ファブラボCSTができてわずか15カ月で上述の成果指標をすべてクリアしたという点です。また、上記2でも述べた通り、「技術力を社会や産業のニーズに結び付ける」という活動がプロジェクト目標の達成にちゃんとつながったのかという点に関しては、少なくとも両者を意図的に結びつけるプラットフォームの提供は、ファブラボを通じてできたと思います。但し、産業とのリンケージには課題が残っています。


3-4.効率性(Efficiency)
「アウトプットの達成度やインプットの関係等」
を評価する視点になります。ここでまず強調したかったのは、このプロジェクトの事業規模が日本円で約1億9,000万円で、JICAの技術協力プロジェクトの予算規模としては最小規模で行われたという点です。この報告書執筆に際して、私は過去5年間にブータンで実施された技術協力プロジェクト全案件について事前評価段階での予算規模を調べてみたのですが、私のプロジェクトは規模が最小でした。

しかも、このプロジェクトはパンデミックの影響をかなり受けていて、予算執行額は事前評価時の予算規模を約4,000万円下回っています。それでいて成果指標はきっちりクリアしたわけです。パンデミックの影響で、そもそも技術協力専門家のブータン派遣自体が協力開始から6カ月もあとになってようやく実現し、さらにその長期専門家はブータン入り後、JICAブータン事務所のコロナ対策措置により、約11カ月間プロジェクトの事業地であるプンツォリンへの立入りが認められず、ティンプーでの一人活動を強いられました。

当時の逆境の中で、私たちはオンライン・ミートアップセッションをシリーズで仕掛けたり、カウンターパートがちゃんとファブアカデミーを受講できるようファブラボマンダラに働きかけたり、同じくパンデミックの影響で大学構内への立入りが認められずにティンプーに居残っていたCSTの学生を捉まえてCAD講習会を毎週土曜日に開いたり、ファブラボマンダラでの機械操作講習会を開いたりと、やれることを必死で考えて実施してきました。

7月のFab Bhutan Challengeの費用対効果について、アジア開発銀行が発表した試算は私たちを勇気づけるものでした。しかし、そこでの課題は、プロトタイプがプロトタイプのままで終わるのと、実装につながるのでは、費用対効果に大きな違いが生じることでした。そこで、私たちは、プロトタイプを実装につなげる仕掛けも考えました。それがは10月のハイウェイアウトレット・メイカソンだったのです。チュカ県庁が50万ニュルタムの予算をつけて国道沿いの露店のリデザインを行うというものです。うちが行った支出は約6万ニュルタムで、これで50万ニュルタムの公共投資を引き出したのだから、なかなかの効率性だと思います。


3-5.インパクト(Impact)
「上位目標の達成度への寄与,政策や地域への貢献度、他プロジェクトへの貢献等」
を評価する視点です。

このプロジェクトの上位目標には、「ブータンにスキルベースの教育プログラムを組み込み、デジタルファブリケーションを通じて社会問題を解決する」と掲げられていました。CSTの中での組み込みはプロジェクトの肩幅の中で進められることでした。ファブラボCSTを利用していた学生の中には、卒業してJNWSFLに入った卒業生もおり、当初描いていた「ファブラボがCSTにあれば、将来全国にファブラボを作る際の人材の供給源になれる」という理想に、かなり近いことがやれたと思います。また、逆に、7月のFab Student Challengeや8月のFIRST Global Robotics Competitionのように、18歳以下の高校生が参加してファブラボを利用したものづくり体験の機会を積んだあとの人材の受け皿に、CSTとファブラボCSTがなれるというシナリオも見えてきました。

地域内でのスケールアップに関してはユースセンターと連携するモデルの提示、他の地域へのスケールアップに関してはファブラボブータンネットワーク会合を利用した域内でのグッドプラクティスの共有と全国展開への働きかけも主導しました。後者の方はネットワークのまとめ役のJNWSFLがまとめ役をちゃんと果たす気があるのかどうかが課題として残っていますが、チェゴファブラボとの連携のように、ラボ間での個別連携もできるところでははじめました。


3-6.持続性(Sustainability)
「政策面、技術面、組織面、財政面等の持続見込み」
について評価する視点です。私は、ここがプロジェクトの一番の課題だと思っています。オープンしてから15カ月しかなかったので、成果指標の達成を優先するしかなかったというのがあります。また、結局ワンサイクルしかやれなかったので、PDCAサイクルを回すどころか、PDCまでしかできず、実施経験を踏まえて次のアクションにつなげるというところまでいけない中でプロジェクト終了を迎えます。

制度だって、運用していくうちに不具合も出てくるので、見直す必要がありました。でもそこまでは行けず、取りあえず作って運用をはじめたところで終了となります。15カ月かけてできるだけのことは盛り込んだつもりですが、ここからは、CSTの抱える財政や人材配置上の制約、ブータンの持つ公共調達制度の制約なども踏まえて、現実的な体制に縮小均衡させていく必要があると思います。

FAB23での学びは、「ファブラボの長期的な持続性のカギはコミュニティからの支持」だというものでした。ファブラボCSTの場合、「コミュニティ」といったらまずはCSTの学生で、彼らはこれが無くなると困るという思いはすでに抱いていることでしょう。この15カ月で関係構築ができた外部の受益者の方々も、支持はして下さるでしょう。でも、学内であれば教員の関与や学内の住民(スタッフの家族)の利用をもっと増やす方策が必要だったと思うし、学外に目を向ければ、もっと巻き込みたかったと思うステークホルダーがたくさんいます。

15カ月間でできるだけのことはやりました。しかし、やれたことよりもやれなかったことの方が気になって仕方ありません。

機械の使用料や材料代は徴収するようになりましたが、今年4月以降の料金徴収で集められたのは2万6,000ニュルタム程度です。これでは材料の追加購入の足しにはなっても、外国から購入しなければいけない3Dプリンタのフィラメントや、電子工作部品の購入には全然足りません。ましてや、新しい機械への投資は不可能です。

現在の利用者の利便性を犠牲にすることなく、機械の稼働率を上げて収入を上げる努力が必要だし、設備投資のためには外部から資金を取って来る体制を作ることも必要です。そうした考えもあったので、先週は世銀SASECプログラムのイノベーショングラントを取ろうとプロポーザル作成に取り組んでみたわけですが、これはテンジン君が1人で今後できるようなことではありません。ファブラボネパールは、プロポーザルを書いたり外部パートナーとの連携模索のような営業活動は、インパクトハブ・カトマンズの専門チームが担っていました。なんでもファブラボにやらせておけばいいという体制ではなく、営業を担う専門チームを作り、プロポーザル作成にも何人かの教員が関わるといった体制を作ることがCSTには求められるでしょう。


4.「空白の17カ月」をどう正当化できるのか?

今回、プロジェクト業務完了報告書の執筆にあたって、もっとも書きづらかったのは、ファブラボCSTができてからの15カ月よりも、できるまでの21カ月間にやっていたことが、プロジェクトの成果達成にどうつながったのかの説明でした。

上記3-4で書いた通り、このプロジェクトには、技術協力専門家がJICAのコロナ対策措置によりブータンに渡航できなかった期間が約6カ月、さらに、長期専門家はブータン入りしたけれどプロジェクトの事業地プンツォリンには入らせてもらえなかった期間が約11カ月あります。プンツォリン入りしてからファブラボ発足までの4カ月間の準備期間をディフェンドするのは容易なことですが、プンツォリン入り前の17カ月はプロジェクトに必要だったのか、悩んでしまいました。

ティンプーに留置きされている期間は無駄だったと言われないよう、オンライン会議ツールを駆使してカウンターパートとコミュニケーションを取ったり、私たちと同じくプンツォリン入りが許されていなかったCSTの学生向けのハンズオンセッションを開いたり、プロジェクトの人材育成のキモとなっていたカウンターパートのファブアカデミー受講を確実なものにするために、ちょっと挫けそうだったファブラボマンダラに働きかけて、ブータンでの開講をなんとか実現させたりと、その後の活動につながる活動もありました。さらに、2021年8月末からプナカ県プンツォタンに集団疎開していたプンツォリンの公立学校の生徒と教員に働きかけて、プンツォタンで何かしようと模索しました。何もやっていなかったわけではありません。

ただ、これらは、コロナの状況推移が予見できていたなら、私が日本にとどまっていてもある程度はやれたと思います。ハンズオンセッションを開いたりファブアカデミー開講を実現させたりするのは物理的にファブラボマンダラに引き受けてもらう必要はあります。でも、それらはJICAの現地事務所が動いてくれて彼らと業務委託契約を結べばできたことです。また、プンツォタンへの集団疎開は、当初予定は「2年」と聞いていたのに、ふたを開けてみたら半年で終了したので、活動準備はしていたのに、実現には至りませんでした。

CSTの学生向け講習会で忙しかった土曜日を除き、平日に私がティンプーでやっていたことで、その後ファブラボCSTでの活動に役立ったものは何なのだろうか―――ないわけではないですが、ティンプーにいる間にティンプーの潜在的ステークホルダーを巻き込もうとした活動は、結果的にはティンプーのJNWSFLに持って行かれる結果につながっているように思えます。(上記3-5の「インパクト」には少しは貢献したと言えるのかもしれませんが。

逆に、今振り返るとティンプー留置きを逆利用してやっておくべきだったと悔いが残る活動もあります。それは上記3-2の「整合性」に該当する、JICAの現地事務所員への働きかけです。これも決してやっていなかったわけではなく、協力隊調整員の方が理解を示して下さったおかげで、のちの協力隊員の方々との連携には確かにつながりました。しかし、協力隊調整員と比べると他のセクションの所員の方の巻き込みでは、こちらが期待していたような反応がほとんどなく、手ごたえがほとんどありませんでした。事務所の案件担当者や事業総括所員、さらには所長に対しては、口をつぐまず、言うべきことは言うべきだったと思います。1人ぐらい、ファブラボマンダラの施設を一度でも使った経験がある日本人の所員が出てくれば、状況はちょっとは変わっていたでしょう。JICAの事務所としては、なまじ長期専門家が来ちゃったことによって、そういうのは専門家にやらせておけばいいということになってしまったともいえます。


もう十分長々と書いてきてしまったので、今日はこれくらいにします。たぶん、この自己評価については続編があるでしょう。



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