【FAB23回顧】Fab Bhutan Challengeの費用対効果
回顧録の第二弾は、Fab Student Challengeと同様、最終日のFAB23閉会式で、結果が発表されて会場が大いに盛り上がったFab Bhutan Challengeについてです。
1.ホストコミュニティに裨益する、唯一のプログラム
FAB23がはじまる直前、私は「「ファブシティ」ブータンの経緯」という記事の中で、「ファブシティでやろうとしていることの方が、ホスト国とホスト地域コミュニティにとっては恩恵が大きい」と書きました。この「ファブシティ」のプログラムとして行われたのがFab Bhutan Challengeだったわけですが、実際にホストしてみて、ホスト側のファブラボの1スタッフとしてはほろ苦い場面も多かったけれど、やはりホストしてみて良かったと思うところが多くありました。
FAB23カンファレンスのサイドイベントでは、4月30日締切で多くのサイドイベントの募集が行われました。応募のほとんどは外国からの参加者によるもので、応募者がブータン国内の政府機関や市民社会組織、教育機関などと組んで、その裨益対象にもブータン人の一般来場者を想定していたイベントはそれほど多くありませんでした。
カンファレンス会場には、Fab Student Challengeに参加していた学校の生徒や、ティンプーの学校の生徒が出入りしていました。また、わが科学技術単科大学(CST)の学生も、今後の大学でのプロトタイピングプロジェクトの参考になればということで公休扱いで20人ほど来ていました。彼らにとってサイドイベントはいい勉強になったことは間違いありません。でも、コミュニティへの裨益という観点で言うと、カンファレンス自体はさほど大きなインパクトは残せていないのではないかと思います。
一方、Fab Bhutan Challengeについては、カンファレンス開催期間中にアジア開発銀行(ADB)の現地常駐代表が、チャレンジの結果得られたデザインへの投資は、もし提案されたデザインがすべて実装された場合、投資額の12倍という高いリターンをもたらすとの試算をメディア上で発表し、大きな話題となりました。仮にすべて実装されなかった場合であっても5倍のリターンがあるとのことですので、費用対効果はやはり高いといえます。
2.収益率が12倍だったとしても、同じことはODAでは難しい
会場にも来られていなかったADBのエコノミストが、どのように試算したのかはわかりませんが、興味深い内容です。また、5日間で一気にプロトタイプを仕上げるスタイルは、短期決戦なら集中して頑張るというブータン人のメンタリティにも合っているように思います。
私たちが派遣されている政府開発援助(ODA)を通じた協力は、技術協力プロジェクトであろうと協力隊事業であろうと、何年もかけて実施に向け準備が行われます。そして実際に関係者が派遣されて協力期間がはじまると、2~3年の長期にわたって、関係者とそのブータン人カウンターパートが協働するというスタイルをとります。実際、農業機械や果樹園芸といった分野では、そういう長年にわたる協働を通じて育った人材が、その後自らプロトタイピングを担うというケースは生まれてきているので、このスタイルを全否定するつもりはありません。
でも、カウンターパートが2~3年も一緒にいてくれる状況は、今や現実的ではなくなってきています。一緒に働いてくれていたカウンターパートがオーストラリアに行っちゃいましたという話は、多くの関係者の方から聞きます。長期間の協働を伴う協力というのは、途中で相手が離脱してしまうリスクも大きい。技術協力はけっこうな曲がり角に来ているように思えます。
それと、ODAは資金拠出にあたって意思決定に膨大な時間を費やします。投入の中身も事前に積み上げてはっきりさせておくことが求められるので、Fab Bhutan Challengeのような短期集中型のイベントへの投資に乗ることはかなり難しいでしょう。
それでも現場への権限移譲が進んでいる援助機関の場合は、現地事務所のトップの裁量で大きな資金拠出でもスピーディーに決まっちゃうケースもあるみたいです。FAB23でのUSAID(米国国際開発庁)なんてその典型で、ブータン国内に現地事務所も置いていないのに、ブータンを兼轄するインドの常駐代表がポンとスポンサー料を払ったので、会場では特別扱いされていました。同じような芸当は日本にやれと言ってもムリでしょうけど。
カネは出せないが、収益率12倍を実現させる―――提案されたプロトタイプをすべて実装まで持って行くプロセスにODAが関わる方法は、他にもあったと思います。
ファブラボCSTで私たちがホストしたチャレンジ「アルミ缶を利用して障害児自助具を製作する(Aluminum Waste, Gracefully Braced)」の場合、地元障害児特別教育指定校(SENスクール)2校、CST学生、地元看護学校生に加え、うちの技術協力プロジェクトの短期専門家や、過去に技術協力専門家として来ていただいた日本のファブラボ関係者(含作業療法士)、首都勤務の協力隊員(理学療法士)の方々もお招きしました。作業療法士、理学療法士がデザイナーとは異なる視点を提供してデザイン共創プロセスに加わって下さったのは、チャレンジ参加者から高い評価をいただきました。
ファブラボCSTにはJICAのプロジェクトが入っていたので、そういう応用技を繰り出すことができたわけですが、他のファブラボがホストしたチャレンジに、ブータンのJICAの関係者の方々をもっと喰い込ませられていれば、ブータンの文脈を知った上でデザイン共創プロセスに貢献できるところがあったと思うし、そこでできた外国人メイカーやファブラボとのつながりが、今後のご本人の活動にも役立つところがあったのではないかと思います。
でも、そういうのも含めて私に1人で「考えろ」と言われても、ちょっと限界があったと思いますけどね(苦笑)。
3.収益率「5倍」と「12倍」の境目
最低でも「5倍」だとはいえ、それをボトムラインにしてそれ以上の収益率を狙っていくには条件があります。そもそも短期集中型のプロトタイピングって、その後の実装の保証がありません。よく、ハッカソンやメイカソンといったイベントで、作ったら作りっ放しになって、その後実装されないという問題点が指摘されます。同じことがFab Bhutan Challengeにも言えます。
ファブラボCSTはFab Bhutan ChallengeでPeople's Choice Awardを受賞したので、来年のFAB24(メキシコ)での進捗報告義務が発生しました。また、受益者として地元のSENスクールを巻き込んだので、当然ながらSENスクールの今後への期待感を高めてしまいました。だから、私たちにも「続きをやらねば」という意識だけはあるのですが、FAB23から1週間は新学期入りしたCSTの学内行事に忙殺されていて、次どうしたらいいのか検討もままなりません。
よしんば検討できる環境にいたったとしても、現有戦力だけでフォローアップができるのか、今のところ妙案は浮かびません。確かに、外国人の有能なデザイナーやクリエイターとの貴重なネットワークは築くことができました。何かやろうとしてアドバイスを求めたりすることは可能でしょう。でも、誰が今後SENスクールに実際に出向いて活動ができるのか…。そのプランナーはいるのか…。
この問題を解く1つの鍵は、チャレンジ参加者を受け入れた側のコミュニティパートナーが、それらのフォローアップを自ら担うことでしょう。おそらくチャレンジ参加者と一緒に働いたCSTの学生なら、ある程度はそれを実践できます。でも、その学生を動員するための仕掛けを誰かが考えなければならない。プランナーの問題です。加えて、SENスクールの場合は教員や健常な生徒の関与があまりなかったので、「教員や生徒自身がそのクラスメートの自助具を自らデザインする」というステージに到達するためのきっかけすらつかめていないのが現状です。そのために、「自助具デザインをSTEAM教育に組み込む計画」も一緒に提案しようというアイデアが出てきました。当面は、CSTの学生を巻き込んで、自助具プロトタイピングをもう少し続けてみるしかないかもしれません。
チャレンジをホストした他のファブラボの中には、自身の敷地内のインフラの整備をチャレンジのテーマにしたところもありました。そういうところは、製作したプロトタイプの点数も少なく、自身の施設整備の話だから実装に向けたホストファブラボのモチベーションは高いはずです。たぶんそれほど問題なく実装はされるでしょう。ただ、コミュニティへの裨益効果もその分小さい。他は、大なり小なり、ファブラボCSTと同じような問題を抱えることになると思います。
5日間では完成させられないというので採用しなかったアイデアもかなり多くありました。チャレンジ参加者も、表彰という名誉がかかっていたので、どうしても短期間で結果を確実に出せるプロトタイプを選好しがちです。受入側コミュニティとしては必要性が高いけれど、時間がかかり過ぎるというアイデアはプロトタイプには持って行けません。そして、それを拾って今後も検討するという仕組みが、Fab Bhutan Challengeにはありません。
ファブラボCSTの場合は、プロトタイピングには採用されなかったけれどもアイデアとして出たというものを、アイデアスケッチだけでも記録として残しておくウェブプラットフォームをこちらで用意することにしました。そこからヒントを得たCSTやアルラ医学アカデミーの学生が、今後の学生製作プロジェクトでそれらを形にしてくれるよう、なんとか仕向けるようにはしたいと考えています。
4.それはその地域だけの課題なのか?
Fab Bhutan Challengeをホストしてみて、ずっと気になっていた点がさらに2つあります。1つは、ファブラボCSTがピッチしていた「自助具」や「アルミ缶廃棄物」、CNRバイオファブラボの「獣害対策」が、確かにそれぞれプンツォリンやプナカのコミュニティの課題ではあるのですが、同時にブータンならどこにでもありそうな普遍的な課題ともいえるという点です。
ところが、チャレンジの建前はコミュニティの課題解決なので、その地域を越えて他地域にまで応用発展させていくシナリオが、Fab Bhutan Challengeでは用意されていません。例えば、ファブラボCSTのチャレンジテーマには「全国展開」を視野に入れた5カ年計画の提案も含まれているのですが、仮に教育省学校教育局SEN課がその推進役として期待されているとしても、SEN課への働きかけやSEN課との連携がプンツォリンから可能なのかという疑問は、やっていて感じました。
先述のADBの常駐代表に限らず、ADBは教育省やスーパーファブラボを巻き込んで、既成3Dプリント自助具の全国展開をやろうとしているとティンプーで耳にしました。細かい内容までは確認していませんが、中央でそういう動きがあるとしたら、地方で出てきた自助具のカスタマイズ製作の動きはどうそれに整合していったらいいのでしょうか。
5.ずっとそのテーマにこだわり続ける必要があるのか?
気になるもう1つの点は、今回のチャレンジテーマの選ばれ方そのものです。ファブラボCSTでは今年2月上旬には内部での検討作業を開始して、ブータン南西部地域の課題として何点かの候補をリストアップしていましたが、その後ファブシティ財団から「すでにコミュニティのステークホルダーとのダイアログを開始している具体的な課題1つに絞れ」との注文がつき、「自助具」に絞り込んだ経緯があります。
逆に、他のファブラボでは、当初自分のところのラボの施設整備をチャレンジテーマ候補として挙げていましたが、ファブシティ財団から「コミュニティへの裨益が少ない」と言われ、ラボの敷地から外に飛び出して地域の課題解決に取り組むようなテーマにシフトしていったという経緯があります。
後者のケースではファブラボの地域へのアウトリーチがまだまだというところなのであまり問題になることはありませんが、ファブラボCSTの場合は、リストアップした地域の課題のうち、着手しやすいものからはじめたに過ぎません。(選んだチャレンジテーマが重要じゃないと言っているわけではないので、誤解なきよう。)
前節との関連であえて付け加えるとすれば、「障害者の自助具」を取り上げるなら、本来ならティンプーのスーパーファブラボが取り組むべきだったと思います。教育省だけでなく、ほとんどの障害者団体の本部は首都にありますし、ブータンではきわめて少ない理学療法士や作業療法士も、ほとんどがティンプーにいるわけですので。リハビリテーションの観点から共創デザインに参加できる人が確実にいるという状況を作れない地方で、自助具をプロトタイピングするのは、利用者のニーズと合わない自助具が出来上がってしまう可能性があるということです。
6.チャレンジテイカーにまたブータンに来てもらうには?
とはいえ、せっかくできた世界中のメイカーとのコネクションは、大切にしていくことがブータンには求められます。FAB23に参加する外国人には、7月16日から31日までの間に入出国することを条件に、観光税(SDF)が適用免除となりました。SDFはFAB23ブータン開催にあたっての最大のボトルネックだったので、適用免除になったのはとても大きな出来事です。
でも、せっかくブータンが好きになって下さった方々がまたブータンに来たいと思っても、今度は一晩200ドルのSDFが適用されては、とても気楽に来ようというわけにはいきません。
リピーターに来てもらいやすいよう、観光政策の見直しが進められる必要があると思いますが、これを論じはじめたら紙面を喰いそうなので、とりあえず問題提起のみにしておきます。
7.主催者にこれだけは言いたい~Fab Bhutan Challengeのダークサイド
かくして、Fab Bhutan Challengeはなんとか無事に終わり、わがファブラボCSTのチャレンジはPeople's Choice Awardを受賞することができました。Fab Student Challengeと並び、「ブータン南西部になんかやたら威勢がいいファブラボがある」とアピールできたわけですが、華々しい成果とは裏腹に、このチャレンジをホストしてみて、主催者に言いたいことが3つあります。
第一に、チャレンジをホストするのにかかる経費は、全額後払いじゃなく少しでも前払いで振り込んで欲しいということです。末端に行けば行くほど、その場での決済が必要な支払いがあるわけで、それを「請求書を全部集めてDHIにあとから請求しろ」というのはいくらなんでも乱暴だと思います。こちらは中央が勝手に決めたプログラムの実施を手伝わされている立場なのだから、「パートナーなんだからそのへんはなんとかしろ」というのじゃなく、ちゃんと実施経費は地方に交付して欲しい。
第二に、紛らわしいシグナルは出さないで欲しいということです。具体的に言うと、DHIとスーパーファブラボは、各地方ラボに対して、「チャレンジをホストするのに資材として何が足りていないのかリストを提出しろ」と5月下旬に指示しました。こんなの聞いたら、主催者は資材調達を支援してくれるんだと思っちゃいますよね。ところが、彼らがその資材調達を支援してくれるわけではないというのが6月末に発覚、私たちはそれを聞いて愕然としました。
私が私費で購入していた電気溶解炉用のるつぼのデリバリーがギリギリ間に合い、さらにこれから日本を出発してファブラボCSTにお越しになるJICAの短期専門家の方に急遽ホウ酸ナトリウムの本邦調達ををお願いできたから、首の皮一枚でなんとかつながりました。主催者が資材調達の支援をやってくれないと最初からわかっていたら、もっと早くから自分たちで調達の一手が打てていたでしょう。
第三に、チャレンジテイカーの配偶者同伴の扱いです。チャレンジ参加者が7月16日にティンプーでのキックオフ会合に出て、17日にプンツォリンに移動するには、通行許可証(Route Permit)を取得して道中2カ所のチェックポストをクリアする必要があります。彼らの通行許可証は、主催者が発給申請手続きを行うことになっていました。
問題があったのは、そのチャレンジ参加者が、配偶者同伴を希望したケースです。主催者(ファブシティ財団)の担当者は、チャレンジ参加者にしか便宜供与しないと明言し、参加者の陳情に対して「配偶者は22日到着にフライト変更でもしてくれ」と、けんもほろろの対応ぶりでした。そんなことを言ったら、参加者の陳情は当然、ホストする地方ファブラボに寄せられます。
困った私たちは、配偶者の通行許可証だけでも我々でなんとか取得申請できないか、対応を考えることにしました。このファブシティ財団の若手担当者からは、「当財団は責任を負わない、やりたければホスト側で責任を取れ」と冷たい警告を頂戴しました。いろいろな可能性を検討し、最悪、パロ空港にCSTの公用車を送り、パロ空港から直接プンツォリンまで来てもらうという奥の手を用意しました。
で、どうなったかというと、配偶者の通行許可証も、結局チャレンジ参加者と同様に発給されちゃったのです。このファブシティ財団の担当者は、その後プロトタイピングの様子を撮影するのにファブラボCSTまでやって来ましたが、どのつらさげて来たのかと、私は心底思いました。
一部のチャレンジ参加者が配偶者同伴を希望することなど、あらかじめ想定できたはずです。ファブシティ財団が「ファブ・チャレンジ」を開催するのは、昨年のインドネシア・バリに続いて二度目ですが、今後の教訓にして、来年の制度運用に反映させていってほしいです。
8.ホストとして感じた、一抹の寂しさ
Fab Bhutan Challengeのホスト側ファブラボの一員として、チャレンジ参加者を受け入れてみて、プロトタイピングの過程で、「あれないか、これないか」とずいぶんと訊かれ、その都度対応に追われました。急遽プンツォリンのタウンに買い物に出かけたこともありましたし、お隣りのインド・ジャイガオンにまで資材調達に行ったスタッフもいました。
加えて、私の場合は翌週のFAB23カンファレンスでのサイドイベントの準備や、日本やインドネシアからカンファレンスに来られる招聘者の車両手配などのロジまわりを1人でやっていました。また、ファブラボCST運営の長期的な持続可能性を考えたら、自分がでしゃばるより、CSTの学生や教職員に関わってもらい、経験を積んでもらった方がよいとも思っていました。
Fab Bhutan Challengeにどっぷり浸かって自分自身もデザイン共創プロセスに参加するというより、一歩引いたポジションで見守り、5日間を過ごしました。嬉しい成績を納めることはできたものの、なんだか自分事ではないようにも思いますし、ちょっとした寂しさも感じたのが正直なところです。また、本稿でつらつら書いてきたように、「これからどうなるのか」「これからどうしていったらいいのか」という不安の方が常にあります。
今はJICAの専門家としての立場もあるから、自分自身がイベントを純粋に楽しむというより、イベントをいかに成功に導くかの方に心を砕く必要があると思っていました。でも、あと4カ月少々でプロジェクトを終了し、ファブラボCSTを去ったあかつきには、次にFABxに出席する機会があれば、純粋に一参加者として、ファブチャレンジを楽しみたいです。
9.最後にイベント告知
私の派遣元がこんなオンライン座談会を開いて下さるそうですので、ご案内させていただきます。私はモデレーターを務めることになっています。
モデレータ―ですので自分の感想はあまり詳らかにはできないと思います。なので、その前に今回は自分が思うところを述べさせていただきました。
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