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ローコスト自助具製作のために、在庫として用意しておくもの

11月2日から4日まで、ファブラボCSTでは、「現地で入手可能な材料を使ったローコストの自助具」に関するワークショップを開催しました。すでにプロジェクトの日本語HPで記事を掲載してもらっていますので、内容はそちらをご覧いただけたらと思います。

このHPでは明言していませんが、実は私、このワークショップにはほとんど参加していません。10月に開催したさまざまな行事の経費の精算がこの週に集中したことと、去年もこの時期に行った日本留学中の外国人学生向けのオンライン講義がたまたま11月3日に入っていたこと、10月27日になって急に、「プロジェクト業務完了報告書の初稿を11月16日に行われる最後のプロジェクト運営会議の議論のベースにする」と東京から指示されたため、報告書執筆を急がねばならなくなったというのが全部重なりました。この中では、留学生向け講義が真っ先に決まっていました。まさかこんなきつい時期にやることになるとは、引き受けた時は予想もしていませんでした。

報告書の執筆については、少し恨み節も述べておきます。私の知っている何人かの経験者に訊いてみましたけど、プロジェクト業務完了報告書を最後の運営会議の議論のベースに使うのは珍しいようで、おそらくもっとも厳しい措置なのだそうです。私自身、プロジェクト終了時(12月17日)に書き上げていればいいとたかをくくっていました。それをいきなり1カ月前倒しされたのです。ローコスト自助具技術のワークショップが開かれていた頃は、もっとも精神的につらい時期でした。執筆開始当初って、ゴールが遠すぎて、どこまで頑張ればいいかわからないじゃないですか。そこに、東京のその部署が所管している別の案件で突然の来客があったりもしたので、マジで身の危険も感じました。無理を言っても現場はやると思っているのでしょうか。

そんなわけで、このワークショップへの私の関与は、インド・ケララからアシークさんを招聘するための航空券手配や旅費の支給、ワークショップにかかる経費の支払いといった経理面に限定されました。もともとはファブマネージャーのカルマ・ケザン先生の発案で、アシークさんとの日程調整や宿舎、国内通行許可証の手配、参加者募集、食事手配などは全部彼女自身が行いました。その馬力は大したものです。こと自助具技術に関するここ数カ月の彼女のリーダーシップには、目を見張るものがありました。

以上のような経緯から、ワークショップの中身を詳述するのは私には難しいのですが、1つだけ、このワークショップの準備段階で、ファブラボ運営者側の立場として学んだことがあります。それは、ローコスト自助具を普及させるために、ファブラボで在庫しておかなければならない材料があるという点です。


アシークさんがケララを出発される当日、カルマ・ケザン先生のところに、「この材料を用意しておいてくれ」というリストが送られてきました。それがこちらです。

カルマ・ケザン先生はさっそく、このリストをテンジン君に丸投げして、揃えておけと指示しました。リストを見渡してみて、ファブラボで在庫としてすでに持っていたものや機械は相当数ありましたが、項目を見てすぐに品目を特定できないものも相当数あります。

例えば、36(ボルトとナット)って、どのサイズのものが必要なのかがわからない。38(塩ビ管)も、内径何センチのものが必要なのか、ジョイントは要らないのかがわからない。6(定規)は、直尺とL字定規はあるけど、T定規や三角定規は持っていません。20(サンドペーパー)も、いろいろ号数があって何号をどれくらい揃えたらいいのかわからない。21(ペンキ)も、色は何色がいいのか…。22(紙)って、何のために使うものなのか…。

悩みはじめたらきりがありません。テンジン君と私は相談し、どうせこのリストを見ただけでは相手の抱くイメージとこちらのイメージが完璧に合致することなんてあり得ないんだから、「私たちはこのアイテムはこれのことだと思って用意しました」と開き直ることにしました。22(紙)は、私たちはA4コピー用紙でいいだろうと予想していましたが、実際に必要だったのはボール紙だったようです。

小型模型を作るのに段ボールや鋲は使われたのがわかる

ほぼ1日がかりでプンツォリンの市内の金物店や文具店を回り、できるだけ多くの品目を揃えるよう努力しました。でも、9(波型シート)、11(発泡ボード)、17(ポリウレタン製クッション)、18(合成皮革)は、プンツォリンでは手に入らないことがわかりました。ひょっとしたらティンプーだったら扱っている業者はいるかもしれません。

結果、リストに載っていた品目が全部揃わなかったからといって、アシークさんから何か言われたわけではありません。ケララだったら、必要になったら近所の金物屋に買いに行けばすぐ手に入るそうですが(トヨタのかんばん方式みたい)、ブータンは難しいんだねと言わたくらいです。ただ、やっぱり足りないアイテムはあったようで、アシークさんが現地到着された後、ワークショップ2日目の夕方、本人がプンツォリンのタウンに買出しに出かけ、追加調達してきました。例えば38(塩ビ管)のジョイントです。

塩ビ管はこうして使われた
18ミリ合板で椅子をリクライニング椅子を試作
本当は15ミリ合板が良かったけど、プンツォリンでは調達困難

ワークショップでは木材加工で作れる自助具に焦点が当てられました。私も含め、ファブラボでカスタマイズ自助具をというとすぐに3Dプリントを想像する人が多いと思います。実際、某国際金融機関がティンプーのスーパーファブラボと組んで全国で進めようとしている障害児特別教育指定校(SENスクール)向け自助具の普及はそういうのをめざしているようです。

でも、この2カ月ぐらいの間に、ファブラボCSTでは、「資源制約下における自助具のローコスト製作」への指向がかなり強くなってきた印象です。そこでは木材であったり、衣服であったりと、現地で入手可能な材料をどう生かすかというのを追求するようになってきています。そういえば、7月のFab Bhutan Challengeだって、チャレンジに参加した外国人ファバーの間では「短期間で実現困難」だとして受けが悪かったけれど、現地で入手可能なアルミ缶廃棄物を電気溶解して、材料として使えないか考えるというのが含まれていました。

結局、ブータンでは近所で簡単に入手できない材料が依然として存在することがワークショップを通じてわかったわけですが、見方を変えれば現地で調達可能で使える材料が相当多いというのもわかった、とても有用なワークショップでした。現地で調達可能な材料を使っていれば、壊れても容易にパーツの取り換えや修理ができます。

また、見方を変えれば材料が豊富にあるというのがわかったというだけでなく、「障害」というものの捉え方に対して、新たな視点を参加者にもたらしてくれたワークショップでもありました。ファブラボCSTの場合、入口がSENスクールだったので、「障害児」をターゲットに絞りがちですが、周囲を見渡せば高齢者も多いし、眼鏡着用者も多いです。対象者のすそ野を広げることで、市場規模の小さいブータンでもできることを広めに捉えることができるようになるでしょう。「ブータンにはビジネスチャンスがない」と嘆く若者を多くみかけますが、そうでもないかもと思わせるような機会がワークショップにはあったと思います。

そして、障害というとすぐにロボットアームのような工学的ソリューションを考えてしまいがちな工科大学生に、人の動作に対する洞察を深める機会を提供したという意味でも意義があるワークショップでした。ブータンには理学療法士も作業療法士もそれぞれ2人しかいませんし、それぞれ国内で人材育成する制度が今はありません。これも資源制約の1つの側面だと思いますが、そうした少ない人材のレバレッジで、そこまで専門的ではなくても少しぐらいの知見は有しているというデザイナーを育てるのは、ブータンでとりうる次善策といえるのではないでしょうか。

理学療法士のアシークさんが今回ブータンに来て、工科大学生と3日間を一緒に過ごしたメリットは、そんなところにもあったと思います。

アシークさんと、薫陶を受けたファブラボCSTの利用者たち

最後に、アシークさんが紹介していた、WHOの自助具技術ニーズアセスメントシートについても述べておきます。アシークさんがインドに帰られる当日、最後のミーティングで私たちに教えて下さったテンプレートです。

これを訊いた学生が、さっそくこれを使ってニードノウアにインタビューを試みました。このニードノウアさんはプンツォリンから車で30分ほどの農村に住んでいて、右手と下半身に麻痺があるという女性です。

インタビューにかかった時間は1時間ほど

アシークさんがこのテンプレートを紹介する際に強調されていたのは、このシートを作っておけば、その後自分とは違う誰かがフォローアップする時にも、この情報をベースにしてニードノウアとのコミュニケーションが取れるということでした。

確かに、この時に一緒に農村に出かけたメンバーがその後も関わり続けられるわけではありません。特に、私の場合は残り1カ月で離任なので、私1人で出向いても、一度は何か自助具が試作できても、二度三度とフィッティングに赴くというわけにはいかない時期に入ってきています。(アシークさんによれば、3回程度フィッティングと試作を組み合わせれば、だいたいその人のニーズに合った自助具になるそうです。また、渡してみて使われなかったら、その自助具はその人に必要とされていなかったのだと割り切れとも仰っていました。)

そもそも記入したテンプレートをどう共有するのかという課題はまだ残っていますが、せめてこれには道筋をつけてから任国をあとにしたいと思っているところです。

今、インド・ケララ州の国立言語聴覚研究所(NISH)が出した下の写真の本を読みはじめています。「資源制約下における自助具技術」というサブタイトルが付いていて、結構読み切るのが大変そうですが、アシークさんのワークショップを追体験するため、なんとか読み進めたいと思っています。

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