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日本にいる外国人留学生に「ファブ」を伝える意義

11月18日(金)、新潟県にある国際大学の留学生向けの講座で、オンライン講義をやらせていただきました。この講座は、国際大学と独立行政法人国際協力機構(JICA)が2018年秋から共同運営しており、毎回JICAの職員が講師として派遣されて国際協力にまつわる様々なテーマで話題提供を行う、オムニバス方式の講義になっています。

もともと私自身もJICAの職員だったご縁で、同僚から「1回講義やらん?」と誘われ、2020年度から毎年90分の講義をやらせてもらっています。ただし、ちょうど新型コロナウィルス感染拡大時期と重なったため、ずっとオンライン講義。国際大学のある南魚沼まで出向いたことは、これまで一度もありません。

過去2年間の講義は、以前私が在籍していたJICA研究所(現・JICA緒方貞子平和開発研究所)で書いた、インドのオーガニックコットン栽培への移行支援事業のケースを題材にしてグループ討論を行ってもらいました。ブータンにJICAの技術協力専門家として派遣された2021年度は、11月のオンライン講義を終えて、これで講師の仕事はJICAに返上しようと一度は考えました。上記のインドのケースを使い続けることに抵抗もありましたし、そもそも自分は今ブータンに別の用務で派遣されてきていて、この講義の準備は負担だと感じていたので。

でも、すぐにこうも考えました。講義のテーマを今の自分の業務に寄せることができたら、たとえリモートでも、外国人留学生向けに講義を行うと今の自分のミッションにとってもメリットがあるかも―――。JICA緒方研の担当者に訊いたところ、それでもよいということだったので、引き受けることにしました。


1.Withコロナ時代の国際協力の姿とは?

新型コロナウィルス感染拡大は、国際協力の方法を見直す大きなきっかけになったと思います。私自身も、技術協力専門家としてブータンに派遣されることが2019年3月には内定していたのに、JICAの専門家派遣は同時期に凍結となりました。現地ですでに活動中だった海外協力隊員はいったん全員引き揚げとなり、専門家の多くも帰国し、国内待機となりました。当然、調査団の派遣とか、業務実施コンサルタントの渡航とかも、すべて困難となりました。

人と人の直接的な交流を通じた国際協力というのは、日本がとても得意としてきたところです。でも、一時期のほとんど身動きがとれないような人の動きからするとずいぶん緩和されたとはいえ、依然として人の動きには制約もある。もっと言ってしまうと、温室効果ガスの排出源としてよく言われる航空機燃料を使って行う国際協力自体が、どこまでエコなのか疑問に思うところもあります。

JICAの技術協力の三大ツールの1つである技術研修員受入事業も、特に短期研修の本邦受入れは2020年度から凍結され、再開されたのは2022年8月頃からでした。その間も研修はオンラインで細々と実施されました。オンラインでの会議やセミナー、それにデータの交信は、コロナ禍とともにその価値が高まったと思います。

技術協力のもう1つのツールは技術移転用機材の供与ですが、これも世界的なサプライチェーンの分断が起き、簡単には相手国への輸送ができないという問題に直面しました。

技術協力の三大ツールにいずれも大きな制約が課せられた中で、相対的に価値が上がったと思われるのが、JICAの長期研修員受入れ―――留学生支援制度です。留学生受入れは短期研修受入れと比べても早い時期に再開されましたし、すでに日本に来ていた留学生は、少なくとも学位取得までは本邦に滞在していたわけで、その間により多くの人的ネットワークの構築機会を得られるよう、留学生本人もそれを支援する周囲の人々も、意識して取り組んでいくことが求められます。


2.留学生が留学中に「ファブ」を実体験していたら…

ここで、興味深い記事をご紹介します。アフリカ・ケニアのジョモケニヤッタ農工大学で、米マサチューセッツ工科大学が公開したオープンソースのデータを用いて、現地で人工呼吸器を作ってしまったというお話です。

この大学は長年JICAの技術協力の受入機関となってきた農業技術開発系の大学ですが、コロナ禍の有事の際には、近隣の医療機関からの要請を受けて、同国ではなかなか手に入らない人工呼吸器を、現地で自作しました。この製作の中心となったのがJICAの長期研修員で、鳥取大学工学部に留学して、博士号を取得したに方だと記事にはあります。帰国後、鳥取大学の「ものづくり教育実践センター」をモデルに、同大にもものづくりセンターの設置を進められたそうです。このセンターは、同大にある他のラボの機材の修理も請け負う、「ラボの中のラボ」というような位置付けだったようです。

この長期研修員の場合は、受入先の鳥取大学にファブ施設があり、研修員の方の専攻も機械工学だったわけですが、近年JICAが拡充している留学生支援制度は、どちらかというと公共政策が中心となっています。もちろん、農学や工学、環境といった理系の領域の留学生支援プログラムもあるにはありますが、比較的拡充が進んだのは人文・社会科学系の学問領域です。

従って、上記の鳥取大学のケースがそのまま一般化できるわけではありませんが、この記事を初めて目にしたとき、私は、JICAの留学生支援制度で日本に来ている留学生に、受入大学の近隣のファブ施設でちょっとしたものづくりを体験してもらえれば、帰国後に自国内のファブラボとの接点を作り、現地のJICAの事務所やその国で実施されている国際協力事業と現地のファブラボとの仲介役になってくれるかもしれない、という淡い期待を抱きました。

もちろん、JICAの職員や専門家、協力隊員など、現地に派遣される開発協力人材全般に、渡航前にご近所のファブ施設とお近づきになっておいて、現地入りしたら任地にあるファブ施設とお近づきになっていただければ、両国間のファブ施設をつないで、現地活動で必要なものを現地で作ることも必要です。両国のファブ施設間にそうしたつながりがあれば、現地でどうしても手に入らない電子工作のパーツを日本で調達して、現地に送る―――なんて協力もやろうと思えばできるでしょう。

そういう方面での努力も必要だと思いつつ、そのすべてを私1人が頑張ってもできないので、せめて自分がいただいた機会だけは、ちゃんと生かそうと考えたわけです。


3.帰国後に留学生に取り組んで欲しいこと

国際大学でのオムニバス講座の受講者24人の国籍を見ると、カンボジア、エルサルバドル、ガーナ、韓国、キルギス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、スリランカ、トーゴにはfablabs.ioに登録されているファブラボがあります。ないのはボツワナとパプアニューギニア、それに東ティモールでした。

実際、ほとんどの受講者は自国にファブラボがあるかどうかを事前に確認して、講義に臨んでいました。ブレイクアウトルームの議論はとても活発に行われていて、「うちの国のファブラボではこんなことをやっていた」と、調べたことを教え合ってくれました。講師への質問もいくつかありました。ブータンではふだん、セミナーや講義の場で質疑応答の時間を設けても、参加者はほとんど質問をしません。そんなのに慣れ切っていたので、留学生間の活発な意見交換はとても新鮮です。

これだけファブラボのネットワークがカバーしているのであれば、留学生が帰国した後、私が話したこと、皆で話し合ったことをちょっと思い出して、母国にあるファブラボを訪れてくれるケースも、もしかしたらあるかもしれません。淡い期待かもしれませんが。

ただ、南魚沼周辺にはファブ施設はない。fabcrossの「全国のファブ施設一覧」を見てみると、比較的近いのは長岡市の「匠の駅」、三条市の「三条ものづくり学校」「燕三条トライク」ぐらい、あとはちょっと離れて長野市の「ファブラボ長野」になってしまう。さすがに遠い。あとは、東京に出てきた時にちょっと立ち寄れるファブ施設を数件紹介して、お茶を濁すしかありませんでした。(万が一、「訪問したい」という声が寄せられた場合、これらの施設の皆様、是非温かくお迎え下さい。)

仮に日本滞在中にそうした施設を訪問できなかったとしても、すでにブータンのファブラボCSTとだけはつながりがあると思っていてもらいたい。帰国後、わからないことがあったりしたら相談には乗れますし、必要があれば日本のファブ施設とつないで三地点間で連携することだってできるかもしれません。

こうした留学生が、学位取得して母国に戻った後、何年か先には政策決定の中枢にいるような省庁幹部になっていることがJICAでは期待されているようです。自身の所属官庁の業務の中でファブラボを活用するというのは、高級官僚が自分自身で汗をかいて行うようなことではないのかもしれません。それでも、利用可能な現地リソースであるそういう施設の存在を知っておいてもらい、国の開発戦略の中での活用を考えていって欲しい。なければ、新設してくれることも期待しています。そして、あまり大所高所でものづくりを考えるのではなく、できれば何かしら日常生活や執務環境の改善に役立つ小物をDIYで作ってみるような個人プロジェクトにも、ちょっと挑戦してみて欲しいものだと思います。

JICAの開発協力としては、私が派遣されてきている技術協力プロジェクトのように、ファブラボの立ち上げ自体を公的に支援するというやり方も確かにあります。しかし、それよりも、1.5年で倍増という超ハイペースで増殖し続けるファブラボの世界的ネットワークとの接点をローカルレベルで築いて、近所のファブラボを活用した地元ならではの課題解決策をプロトタイプしていくことの方が、よほど理にかなったアプローチだと私は思っています。JICAの留学生支援制度で日本に来ている公務員には、そういうハンズオンの体験を、日本にいる間に得てほしいです。

私も、今の仕事を終えて来年帰国したら、こうした活動を自らの手で行いたいと考えています。国際大学のある新潟とはなかなか接点のない生活をしていますが、ことブータンに関しては、JICAの支援で留学している学生の滞在先が、私の実家のある岐阜から近い、名古屋や京都にもあるため、ボランティアとして近隣のファブ施設を案内するのはたやすいことでしょう。自宅のある東京・多摩地区にも、接点のあるファブ施設はありますし。


4.この発想は、国内での難民支援にも広がる?

昨年アフガニスタンで起きたタリバンによる政権掌握や、今年に入って起きたロシアのウクライナ侵攻は、圧政や戦乱から逃れた人々を、日本でどう受け入れたらいいのかという、新たな課題を私たちに突き付けました。私の自宅がある東京都多摩地区の自治体でも、都からの要請で、ウクライナ人学生や家族の受入れを行っています。主には日本語講座の開催という、国際交流協会の活動の延長のような細々とした取組みも行われているようです。

上記の幹部公務員向けの留学生支援制度では、日本留学中に「ファブ」をちょっと体験する程度の意味合いで私は述べたわけですが、こういう難民家族向けに、本邦滞在中にデジタルファブリケーションのスキル研修を本格的に行うことできないものかと、ここ数カ月考えています。万が一本邦滞在が長引いてしまう場合のセーフティネットにもなるかもしれないし、首尾よく早期に祖国に戻ることができた場合には、帰国後の生計手段になり得るかもしれません。

特に、ウクライナの人々の場合、ロシア軍の攻撃によって大けがをした方も現地には多くいらっしゃるでしょう。リハビリや自助具のカスタマイズ製作の必要性は、復興フェーズになると必ず出てくると思うので、そういうスキルを日本で身に付ける機会を官民あげて提供できたらいいのにと思います。

これは単に思いつきに過ぎず、今の立場ではすぐに何かできるというわけでもありません。誰かがこの書き込みに気付いて、具体化に向けて動きはじめてくれたら嬉しいです。そして、国際大学での講義は、できればもう1年、やらせていただけたらと思っています。


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