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JICA海外協力隊員との共創(2)

1.はじめに

先日、久しぶりに新任のJICA海外協力隊員の方々に、ファブラボについてオンラインでご説明する機会をいただきました。JICAの事務所からこうしてお声掛けをいただけるのは大変ありがたいことです。

こんなことがJICAの現地事務所から近隣のファブラボに依頼され、実現しているのは、世界的にもブータンでしか実現していないお話でしょう。でも、そんなブータンでも、これは協力隊員を越えて、JICAの事務所員や他のプロジェクトの派遣専門家、草の根技術協力プロジェクトの関係者にまでは広がってはいません。それだけに、協力隊員とファブを関連付けようと意識して下さっている、事務所のボランティア調整員の方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。

おかげさまで、1つ2つ具体的な利用実績が生まれると、「じゃあ私のところでも…」というお話がちょくちょく私のところに舞い込むようになりました。1月中旬、首都では「隊員総会」というのが開催され、着任から1年経過して任期が折返し地点を迎えた隊員の方々がその活動の中間報告をなさったそうです。そこで、前回の記事でご紹介した事例について、文中ご登場されたAさんが中間報告の中で言及され、ファブラボの利活用について呼びかけられたと聞きました。

また、私が行っている新隊員向けオリエンテーションでも、受講して下さる隊員の方の職種と配属先もイメージしつつ、より具体的なコラボの可能性について、こちらからも提案するようにしています。

冬場の厳寒期に少しでも暖を取ろうと、気候が温暖なプンツォリンにお越しになり、ファブラボCSTにお立ち寄り下さる協力隊員の方もいらっしゃいました。いい流れができてきているように思いますが、ティンプーの協力隊員であればティンプーのファブラボ、パロの協力隊員であればパロのファブラボの利活用に発展していくのが理想です。


2.遠隔地間での共創デザインはこうして進められた

首都の手工芸隊員であるAさんから、ファブラボCSTに対して新たな手工芸品のパーツ生産の相談があったのは、2月8日(水)朝のことでした。某国連機関から、2月21日の国王誕生日の記念式典の贈答品として、トラのぬいぐるみを50体製作・納品して欲しいとの注文が、Aさんの配属先であるティンプーの障がい児・者職業訓練学校「ダクツォ」に行われました。そのぬいぐるみのパーツである鼻と目を、それぞれ100個と50個、ファブラボCSTの3Dプリンターで作ってもらえないかとのご要望でした。

納期まで2週間弱、しかもこれらのパーツは遅くとも16日には欲しいとのことです。ファブラボCSTの光造形式3Dプリンターを使って順調に印刷が進めば、十分に間に合います。

トラの鼻に関しては、昨年12月にAさんをプンツォリンまで招き、ファブラボCSTで縫製ワークショップを開催していただいた際、私たちは相談して取りあえずのデザインデータは作っていました。目に関しても、その時にはイメージ写真を一度見せられて、寸法不問で写真のイメージだけで3Dデザインを試みました。でも、Aさんがティンプーにお帰りになるまでにデザインが完成しなかったので、その後放置していました。

Aさんからは、「こんな感じ」というイメージ写真が再度送られてきました。しかし、今回は寸法不問というわけにはいきません。送信されてきたぬいぐるみの写真だけでは、イメージはともかく、3Dデータ作成に必要な寸法がまったくわかりません。

そこで、私は、Aさんに寸法入りの平面図を手書きでスケッチし、その写真を撮ってSNSで送ってもらいました。それでも不明な点は、AさんとZoom会議も行い、塗装の要否とか、光沢の要否などのイメージをすり合わせました。いずれも、8日(水)夕方のことです。

寸法入り手描きスケッチ。これがあるだけでもすごく作業がしやすい
Zoomでの打合せの様子。トラのぬいぐるみのイメージと、鼻の3Dプリントの出来上がりサンプル(ちょっとピンボケ…)

こうして細部の確認を終えると、私たちは、ただちに目のパーツの3Dデータ作成を開始。作成には3D CADプログラム「Fusion 360」を使用しました。そして、翌9日(木)には取りあえずデザインの第一弾を完成させ、鼻と目の「印刷」を順次開始したのです。

トラの目のデザイン。リボルブ機能でわりと簡単にできる
トラの鼻のデザイン。3Dスケッチ&フォームモデリング機能の組合せで、意外と難しかった

目については、光沢のある黒のスプレーペンキを吹きつけました。一度の吹きつけでは塗装ムラが生じ、レジンのオレンジ色が薄っすらと見えて残ってしまっているケースもあったので、1個1個目視確認して、ムラがあるものについては二度三度の塗装を行いました。

鼻の方は塗装不要とのことでした。一度印刷してみましたが、印刷時にどうしても必要となるサポート材を、印刷終了後に除去する作業中、縁が折れてしまうトラブルが多発しました。このため、私は、Fusion 360上で再度データ改編を行い、縁の部分の厚さを0.5㎜増やして印刷に再挑戦しました。二回目の印刷では、サポート材除去作業中に縁が折れるトラブルはまったく起こりませんでした。

左が最初の印刷。縁が破損しているのがわかります。

こうして印刷が終わり、サポート材の除去も終わった目と鼻は、塗装やバリ取りの状況を1個ずつ目視確認し、最終的に11日(土)までにはすべて出来上がりました。まだ塗装が不十分だと思ったものについては、この日のうちにもう一度塗装を行い、乾いたのちに小袋に入れて発送準備が整いました。

出来上がった目と鼻。小袋はティンプーで入手可能

そして、週明けの13日(月)、プンツォリンからティンプーに移動予定だった私のプロジェクトの関係者に託されたパーツは、その日のうちにAさんのもとに届けられました。

一方、ダクツォでは、同時並行でぬいぐるみの素材であるフェルト生地などの裁断と縫い合わせの作業が進められていました。そこに目と鼻のパーツが届き、生産は一気に本格化。目と鼻が埋め込まれた結果、Aさんとカウンターパートの先生方は、17日(木)夕刻、見事に全50体のトラのぬいぐるみを完成させたのです。

完成したぬいぐるみ。目の周りは刺繍だそうです
さあ、出荷待ち

「目と鼻を手刺繍だけで作っていたら、絶対納期に間に合いませんでした」———Aさんから、御礼の言葉をいただきました。あとで知ったのですが、21日はこの国連機関がトラの生息状況に関する新たなレポートをローンチする日だったようです。ローンチング式典の模様はいまだにこの国連機関のSNS上では報じられていません。ひょっとしたら主賓のご都合がつかず、延期になったのかもしれませんね。でも、ダクツォから国連機関への納品はなされたのでしょう。

上述の3Dプリントした目と鼻の現物の納品に加え、将来的なニーズも考えて、この過程で作成した3Dデータ(STLファイル)も、メール添付してAさんに送付しておきました。今後追加の生産が必要な場合は、同じく光造形方式の3Dプリンターを持っているティンプーのスーパー・ファブラボ(Jigme Namgyel Dorji Super Fab Lab)で、出力を依頼することができるようにするためです。

こうして、ティンプーとプンツォリンの二地点間で繰り広げられた共創デザインは、とりあえずひと段落となりました。

製品の完成度を高めるためには、細かなパーツの品質確保と安定的な供給がどうしても必要不可欠です。今まで、ブータンでは、それをすべて輸入品で対処しなければならず、商品開発の現場では頭痛の種となっていました。こうして国内でのパーツの生産受発注ができると、ブータン国内での商品開発の可能性は大きく広がっていくことでしょう。


3.これができるのであれば…

最近起こった二地点間の共創デザインの経験をご紹介しました。今回は、手工芸品の一部のパーツの製作という小さな取組みでした。でも、この実践を通じて、ファブのポテンシャルに関するインスピレーションを改めて得た気がしました。今回は同じ任国の中で距離が離れた2つの場所をつないで、JICAの関係者の間で行われた連携だったわけですが、これができたのであれば、以下で挙げるようなことも当然可能でしょう。

1つは、日本と開発途上国の間での共創デザインです。途上国の現場でのお困りごとについて、
①現場の開発ワーカーが受益者にインタビューしてプロダクトのイメージを形成し、これを手描きでスケッチして寸法も記入する、
②これを日本のデザイナーが3D CADでデータ化して現地に送信する、
③このデータを、現場に近いところにあるファブ施設で出力する、
というものになります。

あるいは、
①現場のニーズをオンラインなどでヒアリングした日本側で、メイカソンなどのオープンワークショップを通じて試作する、
②データを現場に送って出力後実際に使用してもらい、利用者のフィードバックをもらう、
③さらにデザインをブラッシュアップする、
④以上のプロセスを何度か繰り返す、
⑤最終的には実装する、
というものも考えられます。ちょうど今、これに近い取組みをJICAの本部とブータンをつないで行ってもらっているところですので、いずれ機会があればnoteでもご紹介してみたいと思います。

2つめは、2つの異なる任国をつないでの共創デザインです。ニーズがある現場とデザインをサポートできるリソースパーソンが、いずれも外国というケースは当然あり得ると思います。究極的には、ある国の開発ワーカーが、同じ国内のファブラボと相談しながらデザインを詰めていけるのが理想なのですが、すべての開発ワーカーがファブに造詣があるわけではないので、できれば日本語で相談ができる人がいるといいかもしれません。そういう時に、私のように、途上国のファブラボに籍を置いているデザイナーが、他の国の日本人開発ワーカーの相談に乗るというのはあり得るかもしれません。

3つめは、いっそのこと、2地点間に限定せず、複数の地点をつないで共創デザインをやっちゃたらどうかというものです。例えば、日本とブータン、そしてさらにもう1、2カ国といった具合につないで、複数の地点間で共通のテーマでデザインをやってしまうようなワークショップを、オンラインでやるのです。例えば、先日ご紹介した災害時緊急対応時に必要になるかもしれないもののアイデア出しとか、障害者の自助具の製作とかを、共通のモデリングのプラットフォーム上で一緒にやってみるのです。

いずれも、デザインはオンラインでつないで行われるわけですが、出来上がったデータを使った出力は、それぞれの拠点に近いファブ施設を使って行われる必要があります。なんだか、これができたら日本の国際協力と世界的なファブラボのネットワークの距離は格段に縮まるでしょう。

最後までご覧下さり、ありがとうございました!



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