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traveling companion

「君は誰かと2人だけで海外を旅行したことがあるかい?」

すみれは首をかしげる。確か3人で大学時代に台湾に旅行した記憶がある。2人はない。

「僕にはある。しかもその当時最愛な人と」

また、元カノの惚気話を聞かされると思うと気が遠くなる。彼はずっと引きずっている。もう5年前になる彼女のことを。彼を見ていると男性の方が未練がましいような気がしてならない。

「私とどこか旅行に行きましょうよ」

しかし、彼は窓を見つめ遠くの空を眺め、私の話など上の空だった。つまんない男。そう思い始めたのは付き合い始めて6ヶ月が経った頃だ。彼との出会いは取引先の相手だった。向こうからのアプローチから始まり、何回か食事ををする内に付き合う流れになっていた。彼のことを知る内に彼の人生におけるキーパーソンになる5年前に付き合っていた彼女の存在を知った。それから、私は彼に興味がなくなってしまったのだ。未だに前の彼女のことを考えるなら、私と別れて復縁でもしろ!と毎回思うが、話を聞く限り到底無理であることが分かる。そんな彼にとって、私はどいう存在であるかは不明だったが、とりとめもなく月日は流れていった。

そんな中、お盆休みの日程がかぶり、会社を5日間お互い休めそうなのだ。それで、海外は無理にしろ国内なら二泊三日くらいで行けるだろうと話になり、旅行先を考えてるときにまた元カノの話になった。いい加減にしてと怒ろうと思ったけど、言いだせなかった。言いたいことを言えないのは不幸なことだと思う。小さい頃から得をしない性格だと感じていた。まあ、いいのだ。すみれは自分で自分を納得させる。喫茶店ではドビッュシーの『月の光』が流れていた。7月の終わりには蝉の大合唱がうるさいが、店の中に入ってしまうと、冷房の冷たさに感動し、氷でかさ増しされているアイスティーを一口飲めば心が落ち着いた。心に余裕がある今なら言えそうな気がした。

「私のことどう思ってるの?」

ついに言ってしまった。直球すぎた質問だったかもと一瞬後悔したが、言ってしまうと、心が楽になり、こんな簡単に言えるのかと思ってしまった。彼は黙り込んで何も言わない。沈黙が余計に店内に流れている『月の光』を強調させる。

「すみれと旅をしたい。人生の最後まで」

これはプロポーズなのか。改めて理解しがたい人だと思った。しかし、とにかくこの夏のお盆の旅行は決まりだ。暑すぎる夏だが、いい夏になるといい。そう願う、昼下がりの喫茶店で

                                終

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