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『下午のまち銭湯』⑲豊玉浴場(新江古田)


ある夏の日の日曜日。

新江古田の銭湯

江古田駅にやってきた。もうずいぶんの間付き合いのなかった友人から突然連絡が来る。「どうだい?次の日曜、飯でも食わないかい」。あまりに久しぶりなのでちょっと疑う。仏壇でも売りつけられるのかと勘繰ったが純粋な誘いだろうと判断して会うことに。

 友人は江古田にある某芸術系の大学に通っていた男で、その時にすっかり江古田という場所の磁場に取り憑かれてしまい卒業後もずっとその地に住みつづけているという男である。以前は彼の江古田の部屋に遊びに行ったことがよくあったけど最近は特に来る用事もなかったからなんだか懐かしいなと感傷にふける。

 お昼ご飯を食べようということなので、ちょっと早めに行って桜台の久松湯で汗を流してからいこうと思ったんだけど、開店が11時からだから結構待ち合わせ時間にぎりぎりになってしまうなぁと思い断念することに。近くに朝風呂の銭湯でもないかなぁと思って検索をかけると、江古田駅の近くに日曜日に限り午前営業をしている銭湯を見つける。それが豊玉浴場。よしここに行こう。

 江古田駅から大通りを挟んで向こう側にわたっていくと住宅街に突入していく。10分くらいの距離のところなので食前の運動には良いかなぁと。とはいえ夏の日差しはわずかな時間を移動するだけでも結構堪える。これは結構汗かきそう・・・替えのシャツを持ってくればよかったなぁ。しばらく歩くと小さな公園があってその角を曲がると煙突が見えてきた。あああれだな。

瓦屋根の一軒家作りで隣にコインランドリーがある。外から見るとちょっと古め。入口にバーンと暖簾がかかっている銭湯アピールはなくすりガラスのような壁の向こうに暖簾と下駄箱が見える。ちらっと見えた下駄箱のフォルムがもうアジがある。

豊玉浴場


期待を膨らまして入店しようとすると入り口横に何やら注意書きが。「銭湯哲学」なる銭湯の心得のような箇条書きが貼ってあった。おお物々しいなと思い下駄箱へ。鍵はプラスチックの板の松竹鍵。フロント番台で料金を払う。500円・・・値上がり後初めての銭湯訪問。一気に二十円上がった。ロビーにはTVがあって世界陸上が流れている。例のごとく織田裕二がはしゃいでいる。もともとぼくは陸上競技を見るのは好きだけど世界陸上が一番楽しい。五輪よりこっち。なぜなら織田裕二が凄く楽しそうで一生懸命だから。でも今回で終わりなんだっけ。
 
 中に入ると開放感のある脱衣場、じっさいは特別広い面積ではないかもしれないがかなり広々と感じる。天井は高く格天井になっている。床も年季は入っているものの輝きがある。大きなボックスロッカーがでんでんと積まれていて中央には畳椅子がある。清潔感もあって良く手入れがしてあるのが伺える。入口だけではなくここにもところどころに銭湯入浴のルールが貼ってあって、ロッカーの上には「開けたら閉める」と注意書き。注文が多いように感じるがこの銭湯の雰囲気だとそうは感じない。みんなに心地よく銭湯を使ってもらうための心遣いなんだと。
まち銭湯がサウナやスーパー銭湯に比べて人気がないことの一因に一部のマナーが守れない客というのが絶対にあると思う。生活入浴側面が強いが故にどうしても常連主義になってしまい横柄な人が増えてしまう。これがやはり敷居を上げてしまっているのは否めない。
このような注意書きは他の銭湯もどんどんやっていったほうが良いと思う。サウナやスーパー銭湯はこの辺実はかなり徹底しているんだ。
ロッカーはシリンダー式の回すタイプでヘアゴムに大きなオレンジ色の番号札がついている。絶対なくさないようにという強い意志をひしひしと感じる。

浴場に入る。ここも広い。水色のペンキで塗られた壁がくるっと取り囲む。高い湯気抜きもべったり水色ペンキ。奥の壁に
四角い浴槽が三つ並列これぞ。東京銭湯。正面壁には当然富士のペンキ絵・・・と思いきやなんとペンキ絵は無し。タイル絵も、ささやかなイラストすらもない。真っ白な木の壁。「このつくりでペンキ絵なしかい!」と思わず突っ込む。それぐらいTHE銭湯な内装。タイル、鏡の割れもないしペンキの剥がれもない。きれいな古き良き銭湯。素晴らしい。

入口横に立ちシャワーが二つあって反対側にはもう一つ浴槽が。水風呂かなと思ったらなんとこれ寝風呂専用の浴槽。寝風呂がある銭湯はあることはあるがこうやって独立して配置されているのは珍しい。
桶と椅子は緑のマーブル柄のもの。ケロリンではないのは意外といえば意外だが変にオシャレな形のやつではないので雰囲気を壊したりはしていない。

カランは両端壁と中壁一つを挟んで設置16ヵ所。早い時間だがかなり埋まっている。年配者が主体だがサウナがないのに若者も何人かいるのには驚いた。このあたりは大学がいくつかあるし近くに住む学生だろうか?よそからわざわざ来るんならさすがに久松湯に行くよなぁ・・・と言ってるぼく自身がわざわざこちらに来ている人間なのである。

カランのお湯は熱め。二三回かけ湯をするとすぐに体が火照ってきた。よし。下地はできた。浴槽に向かう。

三つ並んでる真ん中が白湯だ。しゃぽん。足を入れる。うん。熱めの良い具合だ。それにどことなくくすみがかったにおいがする。ふと右側を見ると大きな布袋が浴槽に沈んでいる。おやと思って後ろの壁を見てみると備長炭の表記が。なるほど炭の湯か。たまに炭を入れた浴槽はあるといえばあるがここまで大きな袋に入ったものはなかなかない。これだけの量を浸しておけば炭の匂いもするってもんだ。心なしか肌触りが良くなった気がした。良いじゃないか。

備長炭パワーで体がしっかりあったまってきたので浴槽を移動。バイブラ浴槽へ。ここのバイブラは秒微粒子泡風呂。マイクロバブルなどと呼ばれているやつ。リノベ銭湯にはよく設置されているけれどこういった昔ながらのまち銭湯に設置されているのは珍しい。炭酸風呂ともちょっと違うむず痒い刺激が体をふわっと包み込む。どことなく浮遊感を感じる優しい湯加減。

火照った体をいったんクールダウン。水風呂がないので立ちシャワーで水浴び。ぐるっと一周体に水をやって、そのまま正面に見える寝風呂へ。寝風呂は三基設置されている。お湯の色がちょっと緑。ヒアルロン酸配合と書かれている。薬湯仕様だ。ジャポンと入る。主浴槽に比べるとぬるめ。銀枕にピタっと後頭部をつけてゆっくりする。天窓から昼の明かりが照らしてきてまぶしいけれどこのまま心地よく寝てしまいそうだ。

ふと横を見るとそこに富士山の絵がかかっている。やっぱりこの雰囲気の銭湯には富士は欠かせない。ペンキ絵ではないけどちゃんと雰囲気は味わえる。そういう心配りは大切だ。富士の絵の前には商売繁盛祈願の狸の置物が置いてあってなごむ。

最後はジェットバスで締める。一番右側の浴槽がジェットバス。二基設置してあるが、片方のジェットバスは壁上部分から太いパイプが二本出ていてそこからジェットが噴射している。座るとちょうどその噴射が肩に発射される場所にある。肩をマッサージしてくれるわけだ。ポイントマーサージ風呂という設備だ。前から見るとガンタンクみたいになる。見た目はちょっとカッコ悪い。腰肩をごぼぼと刺激。いいぞいいぞ。こんなへんてこりんのジェットバスはスーパー銭湯やデザイナーズ銭湯にはまず設置されない。昔ながらのまち銭湯特有のジェットバスへの変なこだわり。好きだ。いまでこそジェットバスなんてそんなありがたみはないけど、その昔は銭湯でしか楽しめない特別なアトラクションだったんだよね。

この後約束もあるので長居はできない。脱衣場に戻る。隅まで心配りを感じる良い銭湯だった。こういう銭湯には末永く営業を続けていってほしいものだ。

東京銭湯の料金もついに500円の大台に乗りスーパー銭湯との差別化がますますなくなってきたまち銭湯。こうなると新しい付加価値をつけて生き残ろうという方向性はきつくなってくると思う。このような地域の古き良き部分をメンテナンスしてきれいに保存していくことの方がもしかしたらいいんじゃないかなと。
でもかといってデザイナーズ銭湯が間違っているとは思えない。少なくとも危機感はデザイナーズ銭湯のほうがずっと持っている。あっちはあっちで改装してでも生まれ変わろうという覚悟があるんだよな。
久松湯のような銭湯が正解か豊玉浴場のような銭湯が正解なのか正直わからない。共存できればいいがでもまち銭湯は確実になくなっていく。それは変えられない未来。最後に残るのはどっちだろう?

よし確かめるためにこれから久松湯にもいくか。銭湯はしご!・・・とおもったけど約束があったことを思い出したのでそのまま江古田駅までとぼとぼ歩いていくのであった。

銭湯の詳細

『豊玉浴場』[所在地]練馬区豊玉北[最寄り駅]大江戸線「新江古田」駅下車徒歩5分[営業時間]15:00 - 21:00,日曜 8:00 - 12:00、16:00 - 21:00[定休日]金[入浴料]500円[ドライヤー]20円

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