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かぐや様の恋愛政治学

かぐやの都知事への挑戦は、蓋を開けてみれば圧勝だった。しかし内容をみればそうでもない。

ベタ前都知事の突然の引退表明では、既得権益を握っていた者たちも色めきたった。もはや以前の東京ではなく、巨大なメトロポリスとなった東京の主導権を握ろうと、彼らはそれぞれの陣営で候補者を擁立した。労働組合、中央の官僚、宗教団体、財界、それぞれの利益の代弁者が都知事の座を争った。

もしこれが一本化されていれば、かぐやとて、難しい選挙戦になったであろう。だが各既得権益のグループは「たかが小娘なんぞに何ができる」と軽んじ、共倒れになったのだった。

ベタはこの結果を「欲張り爺さんの限界」と嘲笑った。

かぐやは、「@しらゆきを見返したい」という執念を密かに抱えながら、選挙戦に臨んだわけだが、都知事になってみると、政治の舞台は彼女にピッタリとハマった。
彼女の恋愛とは、すなわち「駆け引き」で、気を引き、あしらい、なだめ、すかし、自分の思い通りに動かすというのは、これまさに政治の要領で、その点かぐやは天才であり、彼女は執念を忘れて政治に没頭した。

さて、新都知事の誕生で、まず警戒を強めたのは、北関東の政治家たちだった。ベタの南関東大合併の次に飲み込まれるは北関東という図式を思い描くのは当然のことであろう。しかしかぐやは無視した。
警戒している相手はとりあえず無視するのが、かぐやの恋愛政治学では鉄則だった。

かぐやは、拡大する東京の足場を固めるために、都の組織を再構築する事にまず注力したのだ。
彼女の政治思想は、リベラルを越えてほぼ社会主義の理念に近く、マイナンバーに、指紋から運転免許、電子カルテまで紐付けして、徹底した個人管理体制をとり、行政コストを警察力の強化に多く配分し、犯罪の取締りを強化した。

一見デストピアに見える政策だが、警察力の強化には元犯罪者を起用して、罪を犯した者に職と安定した生活を与えて、そのノウハウを活用させたり、生活保護給付をインフラ利用や食生活だけにしか使えないポイント制にして、需給しやすいものにし「健康で文化的な最低限度の生活」を完全に実現させるなど独自性に富んだものも多く、
また商業活動に関する大胆な規制緩和。外国人労働者に対する権利付与などで、メトロポリスは安全で貧しい者にも優しく、ビジネスチャンスもある街との風評で、日本のみならず海外からも人が流入し、大きく賑わった。

そして、一期目が終わる頃、愛知県を中心とした「中部広域行政県」で大規模なデモやストライキが起こった。このエリアは元々はリベラル色が強かったのだが、表現の自由問題をきっかけにネトウヨが台頭し、外国人労働者に対する差別や排斥の動きが加速した結果、その反発が大きく返ってきたのだ。
その隙をかぐやが見逃すはずもなく、彼女の二期目の成果は、中部北陸との合併になる。三期目を迎えて、彼女は北関東に手を伸ばす。むしろここまで無視されると、北関東の諸県では「早く東京になりたい」という論調が強まり、苦もなく北関東との合併は果たされ、四期目が始まる頃ついに東日本=東京となった。

都知事の執務室で、かぐやが決済文書に目を通していると、来客があった。
「かぐやさん。お疲れ様」
白っぽいジャージ姿の客人は、少し息を切らせ、髪をかきあげて汗を拭いながら彼女に声をかけた。
「ベタさん。またジョギングの途中?」
「ええ、うちから都庁まではちょうどいいのよね」
「いいなぁ。自由満喫じゃん。こっちはもう大変なのよ」
かぐやは溜息混じりにベタに言った。
「あらあら。お疲れなのね。そんな時に申し訳ないけど、今日はちょっとお願いがあってね」
「へ~珍しい。ベタさんがお願いって、いつぶりかしら?」
「そうねぇ。あの『松竹梅禁止して竹梅松にする条例』あれ止めてってお願いした以来かしら」
かぐやは少し照れて笑った。それはかぐやが都知事に就任してすぐにやろうとした事だった。

「で、お願いって何ですか?」
「男の子が欲しいのよ。男の子が」
ベタは眉根を寄せてそう言った。かぐやはポカンと口を開ける
「えっ!ベタさんは、そういう男っ気ないですよね。なんで突然に?」
「あらあら、あなたみたいな喪女と一緒にしないでよ。でも、そういう男っ気とは違うくてよ」
「喪女は余計です!」
かぐやは頬を膨らませて言い返す。

「どこから話せば良いかしらね。そう『しらゆき』さんはご存知よね。『竹梅松』やりたかった相手だしね」
ベタの言葉にかぐやは素直にコクンと頷く。
「あの子もなかなかやるじゃない。ノーベル文学賞ですってね。最近帰ってきたらしいのよ、東京に」
かぐやは、天井を見上げて溜息をつき、肩を落とした。
「作家生活10数年でノーベル賞って、化物ですよ彼女は」
「あら、あなただって十分化物よ」

かぐやは自嘲した。しらゆきの作品は全部読んだ。その全てに圧倒された。特に未婚の母になって作風が変わってからのものには心が震えた。そして冷徹な眼差しの奥にある深い愛の物語に涙した。
滅多な事では泣かないかぐやが泣くのである。世界中が熱狂した。この陰にはエモ太郎という天才少年の存在がある。しらゆきの作品は様々な言語に翻訳されたが、それをやったのがエモ太郎だった。
彼は、数ヶ国語の読み書きができるだけでなく、その文化や習俗にも精通し、古今東西の文学作品も諳んじる天才で、そんな少年による翻訳が言葉の壁を越えたのである。

「まさか!男の子って『エモ太郎』くん!?」
かぐやは頓狂な声をあげた。
「あら~。かぐやさんは、やっぱりいい勘してるわぁ。まあそうね。でもわたしだって子供にいやらしい事をする趣味はないわ」
ベタはキッパリとした口調でそう言って続けた。
「ただね。精子が欲しいのよ。天才のね。彼の精子と、凍結させてある私の卵子を受精させて、代理母に産ませるの。それでマッドサイエンティストに育てるの!」
ベタは力強く頷いた。

「で、わたしに、しらゆきに頭下げて、精子をもらって来いと。都知事に」
かぐやは苦虫を噛み潰したように言った。

「ええ、お願いね。でもエモくんも中学生でお年頃だから、ほら、男の子だし、多分一人でエッチな事もするよね。それで私の財団が開発した特殊なティッシュがあるわけ。これを枕元に置いてもらって、このティッシュを使って、いやらしいことをして、ゴミ箱にポイ。か~ら~の~。ゴミ箱漁ってティッシュ拾ってジップロックに入れて、ドローンに置くと、あら不思議。鮮度抜群の液体が届くわけ」

キラキラと輝くベタの瞳を、呆れたように見つめながら、かぐやはもう一度言った。
「それを。やれと。都知事に」
「そ。あなた天才でしょ。交渉事の」

ベタさん言うよねぇ。と、かぐやは思った。

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