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サムちゃんのショートショート24【ハッスル給付金】

 生まれて初めて腕の骨を折った。
 仕事中にプレス機に挟まれた右腕はメキメキと音を立てながらあっという間にグチャグチャに砕けた。腕の肉の部分がそこまで滅茶苦茶にならずに済んだのは奇跡だと、後々で医者に言われた。
 かくして、医者から全治1年以上の粉砕骨折を言い渡された俺は規定に基づき、会社の労働組合に労働者災害補償保険、いわゆる労災保険の申請をすることになった。
 電話でオペレーターの女性に状況を話していたときである。オペレーターが聞き慣れない制度のことを言い出した。
「高杉さん、ちなみに今、腕以外の体調はどうですか?お元気です?」
「まぁ、腕以外は普通に元気ですけど。暇なんでジムに行って無理のない範囲で体を動かしてます」
「あっ!じゃあ、もしかしたらハッスル給付金が下りるかもしれませんよ」
 まったく耳慣れない単語だった。詳しく聴いてみるところ、スポーツ庁が厚生労働省と合同で打ち出した政策で「意欲的かつ、健康的な労働者が仕事に従事している最中になんらかの形で負傷、疾病、障害、死亡などをした場合、独自の審査を行い労働者本人、もしくは親族が給付金を受け取れる」というものらしい。
 意欲的かつ健康的な労働者をどんな形で審査するのか想像してもさっぱりわからなかったがこの給付金の上限は最高100万円。少しでも現金が欲しかった俺はとりあえずこのハッスル給付金を申し込むことにした。

 必要書類を送ってから数日後、「ハッスル給付金事務局」なる所から電話がかかってきた。オペレーターの女性は、一部の審査はこれから電話で直接聞き取りをするということを告げ、色々と質問をしてきた。
「プレス機で腕を挟まれたとのことですが」
「はい」
「元気よく挟まりましたか?」
「はい?」
「ですから、腕は元気よく挟まりましたか」
「おっしゃっていることの意味がよくわからないのですが」
「質問を変えます。腕を挟まれた際にどんな言葉を出されましたか?」
「言葉ですか?えーと、うげげっ!って感じだったかと」
「うげげ、ですか」
「はぁ」
「あまり、お元気ではなかったようですね」
 オペレーターの女性は露骨に落胆したような声を発した。これはなんだ?どういうふうに説明すれば正解なんだ?
「あ、もしかしたらちょっと感じが違かったかもしれません。うげげ!んっしゃあ!みたいな」
「あら」
 オペレーターの女性が少し食いついてきたのを感じた。
「挟まれた瞬間、腕の力をぐっと入れたんです。プレス機の圧力に打ち勝つつもりで、気合を入れました。結果、骨は砕けましたが腕はそのままの形を保つことが出来ました」
「まぁ素敵。元気がお有りなんですねぇ」
「しかもその後、骨が折れた腕でラーメン屋に言って極太麺の豚骨醤油ラーメンを食べました」
「まぁ、極太麺の!麺が重かったでしょうに骨が折れた腕でラーメンを。男らしい・・・」
 オペレーターの女性はうっとりとした声を出した。あともう一息かもしれない。
「しかも、しかもですよ。ラーメンを食べた後に同じ商品をもう1品注文して食べました。この店、替え玉があるのに自分はおかわりを食べました。しかも大盛りです。どうです?」
「素敵・・・。替え玉を食べればいいのに。それに最初から大盛りにすればいいのに。なんてお元気なのかしら」
 オペレーターは電話の向こう側でパチパチと拍手をしてくれ、「良い結果が出るのを楽しみにしてくださいね」と言ってくれた。

 数週間後、ハッスル給付金事務局から銀行口座へ振り込みの完了連絡が郵送されてきた。書類には「厳正なる審査の結果、4218円を給付致します」という文章が明記されていた。
 俺は連絡書類をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。

この投げ銭で家を買う予定です。 よろしくお願いします。