サムちゃんのショートショート3【ジャガイモ(30年ローン)】
「君は普段から何も欲しがらないし、わがままも言わないじゃないか。1度くらいは突飛な衝動買いくらいしてもいいんだよ」
数日前、私は妻に確かにそういった。
妻と結婚して5年目だが、控えめな性格で今まで一度たりとも物を欲しがったことはなかった。
もしかしたら心のなかに鬱憤を抱えているのかもしれない・・・
そう思った私は「なんでも好きなものを買っていい」と伝えて買い物に行かせた。
私は妻がどんな高額な品を買ってきても笑って許す気でいた。服でも宝石でも化粧品でも、なんでもだ。
普段慎ましく暮らしている妻へのささやかなプレゼントだ。それを笑って許せるのが夫婦ってものだろう。これで妻が気分転換できるのならば本望だ。
しかし、妻は何かの紙を1枚持って帰ってきた。
「それはなに?」
「契約書、ローンの」
ろろろ、ローン!?まさか車か家でも買ったのか?
「じゃがいもを買ったの。3000万円。30年ローンで」
もっていた紙を取り上げるとそこには確かに30年のローンでじゃがいもを1つ購入した契約が記されていた。
毎月の返済額は6.7万円、ボーナス月には+26.7万円が加わり合計返済額は33.4万円。それを30年、60歳になるまで払い続けるという悪夢のような契約内容だった。
「な、なんでじゃがいもなんだよ!というか、3000万円のじゃがいもってなんだよ!?」
「だってあなた、何を買ってもいいと言ったじゃない」
言った。確かにいいと言った、が。
「おいしいらしいわよ、凄く。近いうちに発送されるって」
あっけらかんと言い放つ妻を見て、私はヘロヘロと腰が抜けてしまった。
これから30年もの間、私はじゃがいもの代金を払うために生きるのだ。家族のためじゃない、自分のためじゃない。じゃがいもだ、じゃがいも。車を買うでもなく、家を買うでもなく、土地を買うでもなく、じゃがいもだ、じゃがいもだ、じゃがいもだ、じゃがじゃがじゃがじゃが・・・
頭がグラグラと揺れる。膝から崩れ落ちた私の目の前で、妻が契約書をビリリと、真っ二つに引き裂いた。
「なんちゃって、嘘よ。ネカフェで作った偽の契約書なの。おかげで結構気分転換できました。ネカフェの3時間パック分の料金1200円、ありがとうございました」
るんるんと鼻歌を歌いながら夕食の支度を始める妻を見ながら私は、次からは「なんでも好きなものを」なんて絶対に言うものかと、心に誓っていた。
この投げ銭で家を買う予定です。 よろしくお願いします。