サムちゃんのショートショート23【超切迫型昔話「桃太郎」】
昔々のそのまた昔。
ある老夫妻が見つけた桃の中から生まれた男児は「桃太郎」と名付けられ、すくすくと育っていった。
成長した桃太郎は地域一帯の民家から略奪を繰り返す鬼を退治するという謎の使命感に目覚め、鬼の根城である鬼ヶ島へ向かうことになる。
道中、一匹の野良犬が桃太郎の前に飛び出してきた。口からよだれをポタポタと落とし、今にも桃太郎に襲いかかってきそうである。桃太郎は祖母から与えられていた手製のきびだんごを腰の袋からさっと取り出すと狂犬に向かって投げつけた。犬はそれを咀嚼すると、妙に落ち着いた雰囲気になり、流暢な日本語で喋り始めた。
「あぁ、桃太郎さん、きびだんごご馳走様です。ここ、岡山で取れるきびは神の加護が備わっているらしく、私めに少しばかりの理性を与えてくださったようです。
桃太郎さん、私めを家臣に迎え入れていただけませんか?」
犬は深々と頭を下げながら、1つ桃太郎に忠告をした。
「しかし桃太郎さん、お急ぎになられたほうが良い。このきびだんごを作られた方は随分ときびを入れるのを控えられたようだ。このきびだんごに『きび』は二割しか入っておりませぬ。残り七割はヌカ、一割はアワで出来ております。ほぼヌカだんごなのです。本来、全てきびで作られただんごであったのなら、食べた動物は20時間理性を得ることができます。しかしこのだんごでは二割の時間に当たる4時間しか理性を得ることができません。時が過ぎれば、私は理性を失い、飢えた畜生に戻るでしょう。お急ぎください桃太郎さん」
桃太郎は大急ぎで山を下り、谷を超え、鬼ヶ島へ走った。途中、獰猛な大猿が一匹、木の上から桃太郎に襲いかかってきた。
桃太郎がきびだんごを猿の口に向かって放り投げると、猿はすっとおとなしくなり人語で語りだした。
「あぁ、桃太郎さん、きび団子ごちそうさまです。岡山のきびは」
「それはもういいから」
時間がないのだ。新たに猿を仲間に迎え入れ進むと、今度は岩山から極彩色の羽根を翻しながら腹をすかせた雄キジが一羽、桃太郎めがけて突っ込んできた。再びきびだんごを投げ与える。
「あぁ、桃太郎さん、ごちそうさまで」
「いいから早く!」
かくして大急ぎの一人と二匹と一羽は海までたどり着き、漁師から小さな船を借り受け鬼ヶ島へ向かって漕ぎ出した。鬼ヶ島まで後もう少し。
しかし、先にきびだんごを食べた犬がガタガタを震えだした。船のヘリに爪を立てて虚ろな目をパチパチさせながらよだれをダラダラ垂れ流している。まずい、もうきびだんごの効果が切れかかっているのだ。
暴れないように猿とキジが押さえつけていたが、まもなく彼らの目の焦点も定まらなくなってきた。
「お``お``お``お``お``!」
「あ``あ``あ``あ``あ``!」
「ギ、ギ、ギ、ギ、ギ!」
まもなく船の上の家臣たちは野蛮な獣に立ち戻った。
獣達は先程まで主君だっった男に襲いかかり、脚をかじり、腕をもぎ、目をくり抜き、胸を裂き、頭をほじくり、ぐちゃぐちゃにして食べ始めた。その後、三体の獣は互いにもみくちゃの争い始め、彼らを乗せた船はそのままゆっくりと沈んでいった。英雄になれなかった青年と、獰猛な獣たちを乗せたままで。
その数年後、鬼ヶ島の鬼たちは血気盛んな海賊たちによりごく普通に退治されることとなる。しかし「海賊衆に治安を守られた」という事実を良しとしなかった当時の領主の判断により、鬼ヶ島の鬼退治は一人の青年が動物を味方につけて勇敢に立ち回った英雄譚として、隠蔽された寓話が伝えられるようになった。
長い歴史からみれば、実にとりとめのない、めでたしめでたし。
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