椿姫と黒王子───第1話
1-1
◯学校、廊下(昼)
蓮沼 久路人(ハスヌマ クロト)M「一目惚れなんて
一生ないと思ってた」
久路人、女子生徒に連れられ歩いている
久路人「“椿姫”?」
女子A「そう──」
女子A「うちのクラスは
文化祭で演劇をやることになってて」
女子A「蓮沼くん
絶対主演にぴったりだと思う」
久路人「俺が?
いや 俺は…」
久路人M「そんなのは
軽い人間のすることだって」
椿 白(ツバキ ハク)M「でも──」
女子A「まぁ とにかく見ていって?」
女子A「衣装とか小道具とか──」
女子A「そういうのは色々
もう準備始めてるから」
久路人「ああ…
うん」
久路人「──……」
初めて見る校舎内を見渡す
久路人M「“一目惚れ”って
なにも顔とか 髪型とか——」
椿M「身長 体型…
スタイルとか?」
久路人M「そう」
久路人M「そういうのだけじゃなくて…」
教室内から賑やかな声が漏れ聞こえてくる
女子B「似合ってる!」
椿「どこが?
似合ってるわけない」
女子B「だって“椿”だもん
ぴったりでしょ」
椿「人で遊ぶのもいい加減にして
取ってくる」
女子B「あ〜 もったいない」
久路人M「初めて出会った その瞬間の──」
教室から出てくる椿、“椿姫”の髪飾りや化粧を施されている
教室前にいた久路人と鉢合わせ、互いに無言で見つめ合う
椿「──……」
久路人「──……」
椿M「…匂いとか 空気とか」
椿「っ…」
嫌そうに顔をそむけ、久路人の脇を走り抜けていく
久路人「──!(走り去っていく椿の方に振り返る)」
椿「──!」
階段から落ちそうになる椿
久路人「危ない!」
久路人M「光 音──」
椿M「触れた手の温度とか——」
久路人「──……」
椿「──……」
咄嗟に椿の腕を掴む久路人、思いがけず至近距離で見つめ合うふたり
瞳や唇、互いに相手の細部の像が飛び込んでくる
久路人M「そういうものも
全部含めてなんだって」
久路人M「とにかくその時は——」
椿「──……」
掴んでいた手の力を緩める久路人
椿、久路人の手をすり抜け、教室の方へと歩き出す
久路人M「今 名前も聞かずにこの手を離したら——」
久路人M「きっと一生後悔する
そんな気がした」
久路人「あの…!」
椿の背に呼び掛ける
椿「…?」
久路人の方に振り向いて
久路人「名前——
教えてください」
1-2
T「数週間後──」
バー店外、看板のカット
T「バー“ソワレ”」
◯バー店内(夕)
椿と久路人、ふたり並んでカウンター席に腰掛け会話している
久路人「だって3年からの転校生だよ?
俺──」
久路人「前の学校で演劇部だった
とかでもないし…」
久路人「そんな奴がいきなり
劇の主演ってさ…」
椿「何かしら見所があったから
選ばれたってことでしょ?」
椿「なら
その周りからの評価を信じればいい」
椿「信じて──」
椿「“そこ”で自分に出来ることを
精一杯やれば それでオールOK」
久路人「…クラスに演劇部の人もいるのに?」
久路人「その人たちも何て思うか…」
テーブルに突っ伏し、机上に頭を乗せる
椿「その人たちが
どう思おうが関係ない」
久路人「──……」
頬を机上にくっ付けたまま椿の顔を見上げる
椿「そもそも他人のこと押し除けて
主演をぶん取ったわけでもないのに──」
椿「仮に悪く言ってくる奴がいたら
どう考えたって そいつが100悪い」
椿「そいつが頭おかしいだけ」
久路人「っ…(強気な発言に笑えてくる)」
椿「何だったらいいよ?
殴ってあげようか?(拳を上げてみせながら)」
久路人「ダメでしょ 暴力は」
起き上がり、椿の拳を手で下げる
椿「ふふ──」
顔を見合わせ笑う、椿と久路人
椿「せっかく選んでくれたんだから──」
椿「その期待に応えたいって
気持ちはあるんでしょ?」
久路人「……」
久路人「…うん」
椿「ならOK
その気持ちさえあれば大丈夫だって」
久路人「うん」
椿「──……」
久路人「──……」
互いに無言で頷き合う
マスター「はい メロンソーダと
ジンジャエールひとつ」
バーのマスター、カウンター内からふたりにそれぞれドリンクを出してくれる
久路人「わー!(ドリンクに喜ぶ)」
マスター「まったく
すっかり溜まり場にしてくれちゃって」
マスター「学生なんだから
ソフトドリンクしか出せないってのに」
椿「だって しょうがない」
椿「“フツーの店”じゃ──」
椿「セクシャルの話なんて
明けすけに出来ないし」
椿「二丁目で“溜まる”っていったら
バーぐらいしかない」
マスター「だからって何で“うち”?」
椿「?」
さぁ?という具合に肩を上げる
マスター「でも“椿姫“ね
いいよな ロマンチックな出会いで」
椿「何が?」
マスター「椿姫姿の椿と
偶然鉢合わせて──」
マスター「それが出会いだったんだろ?
ふたりの」
椿「“椿姫”って…(鼻で笑って)」
椿「全然 衣装なんか着てないし
髪飾りぐらいで──」
椿「メイクもお遊び半分だから」
マスター「いいじゃない」
マスター「それでも十分
ドラマチックな出会いだと思うけど?」
椿「そう?(怪訝そうな顔で)」
椿「俺はフツーに嫌だったよ
そんな妙な格好が初対面なんて」
マスター「そもそも何で好きになった?
椿のこと」
マスター「その女装姿が似合ってたから?
女の子に見間違えた?」
久路人「まさか」
久路人「別にあの格好が似合ってるなんて
思ってないですから 俺」
椿「──……」
目を細め、久路人に向かって拳を上げてみせる
久路人「ダメでしょ? 暴力は」
椿「……」
鼻で息を吐き、拳を降ろしてやる
久路人「でも──」
久路人「俺には妖精みたいに見えるんです
椿が」
マスター「妖精? これが?(思わず吹き出しながら)」
椿「──……(無言で睨む)」
マスター「あー…
“星の王子さま”みたいな?」
久路人「サン=テグジュペリ?」
マスター「そうそう よく知ってる」
椿「それは髪型だけでしょ(不服そう)」
マスター「あー ごめん
それで? 何だっけ?」
久路人「俺 別に変なこと
言ったつもりはないんですけど…」
久路人「だって そうじゃないですか?」
久路人「白くて 細くて…」
久路人「だけど凛々しくて 強くて」
久路人「椿はよく俺のこと──」
久路人「“輝いてる”とか
“勝ち組”だとか言うけど──」
久路人「俺からすれば
椿の方がずっと輝いて見える」
椿「──……」
語る久路人の横顔を見つめている
久路人「それこそ
背中に羽根が生えてるくらい──」
久路人「誰より自由に生きてるように
見えるから」
マ「なるほど
それで“妖精”ね」
久路人「はい」
椿「……」
久路人から視線を外し、ひとり物思いに耽る
久路人「ねえ 見て(椿の肩を叩いて)」
椿「?(久路人の方に向く)」
久路人「すごい色?」
メロンソーダで染まった舌を椿に見せて
椿「バカ 汚いよ」
笑いながら、軽く久路人の頬を叩く
久路人「ちょっとトイレ」
言いながら席を立つ
椿「うん」
椿「──……」
トイレに向かう久路人の背を見送る
マスター「お似合いなのに」
椿「え?」
マスター「マジな話さ──」
マスター「何で“OK”しないわけ?
久路ちゃんのこと」
椿「……」
マスター「妖精に見えるくらい好かれてるのに(軽く笑いながら)」
椿「それはもういいよ…」
マスター「嫌われるのが怖いから?」
マスター「だったら最初から
付き合わなきゃいいってやつ?」
椿「──……」
椿「いや…
そういうのより もっと拗らせてるかも」
マスター「?」
椿「俺も好きだよ 久路ちゃんのこと
初めて会った時から」
マスター「こっちも一目惚れか
そりゃまぁ…」
マスター「一目惚れもするよな
あんなイケメンに腕掴まれちゃ」
椿「ふふ まぁね?」
椿「でも好きだからこそ──」
椿「“嫌いになりたくない”」
椿「付き合って 嫌な面とか知って
幻滅したりしたくない」
椿「今以上に踏み込んだりしなければ──」
椿「死ぬまで
綺麗な思い出のまま取っておける」
椿「いつまでも
綺麗なままでいてほしいんだよ」
椿「久路ちゃんには」
椿「どう? 引いた?」
パッとマスターの顔を見て、笑いながら
マスター「…“ちょっと”?(頷きながら)」
椿「あはは
だから言ったんだよ 拗らせてるって」
マスター「拗らせてるっていうか…
ちょっと“サイコ”っぽい?」
椿「あはは」
マスター「まぁ…
分からなくもないけど」
マスター「あんな可愛くて 良い子だし──」
マスター「頭だって悪かないんだろうし」
椿「──……(無言で満足そうに頷く)」
マスター「学校でも人気者?
スポーツも出来そうで──」
マスター「まさに完璧な“王子様”じゃない
そりゃガッカリなんかしたくないよな」
椿「そう」
椿M「ずっと“好きな人”でいてほしいから──」
椿「今以上に知りたくなんかないんだよ」
両手で四角を作り、席に戻ってくる久路人の姿をそのフレームに入れる
久路人「ん?」
手のフレーム越しに覗き込んでいる椿に問いかける
1-3
◯学校、グラウンド(昼)
椿「って──」
椿、階段に座りバレーボールの試合を眺めている
久路人「ちょっと…
待った!」
久路人の方へボールが飛んでくるも、受け止められずそのまま尻餅をつく
グラウンドに試合終了の笛の音が響く
椿「そこは鈍臭いのかよ」
膝に手をつき、仰向けに倒れている久路人を見下ろして
久路人「知らなかった?
俺が運動ダメだって」
仰向けのまま荒い息をしながら、頭上の椿に応える
椿「だって普段は選択授業
音楽だもん」
* * *
階段に腹ばいに寝そべっている久路人、隣に座る椿
久路人「嫌いになった?(何気ないテンションで)」
椿「まさか
小学生じゃあるまいし」
椿「運動が出来るからカッコいい
なんて思わない」
久路人「そっか」
久路人「じゃあ どういう人が好き?」
久路人「どういう人なら
“いいな”って思う?」
椿「え?(久路人の方に向いて)」
椿「うーん…」
久路人から視線を外し、グラウンドのコートを眺めながら考える
椿「“誠実な人”?」
椿「自分で自分に嘘をつかない人──
かな」
コートに視線をやったまま答える
男子「おーい 助っ人〜」
コートの中から椿を呼ぶ男子生徒
椿「はーい
今行く」
立ち上がりコートに向かっていく椿
久路人「──……」
椿の背を見送る久路人
1-4
◯屋外、大通り添いの道(夕)
久路人「ねえ」
先を歩く椿に呼び掛ける
椿「?(久路人の方に振り返る)」
久路人「何で白のベストなの? それ──
女子用でしょ」
椿「何で?」
椿「黒よりこっちの方が可愛いし
自分にも似合ってる」
着ているニットベストを摘んでみせながら
久路人「周りの目とか 気にならない?」
椿「っ…(軽く笑って)」
椿「別に?」
椿「周りから何か言われたところで
どうにかなる訳じゃないし」
椿「このセンスが分からない奴に
どう思われようが どうだっていい」
久路人「──……」
語る椿を見つめる
椿「何で? 変?」
久路人「──……(微笑んで無言で首を振る)」
久路人「めちゃめちゃ似合ってる」
椿「でしょ?」
両腕を広げ、得意げにくるりと回ってみせる
久路人「っ…(笑って)」
久路人「そういうところが好きだよ」
言いながら椿の下に歩いてくる
椿「“そういう”傲慢なところ?(笑いながら)」
久路人「っ…(笑って)
違うよ そういう──」
久路人「ブレないところ?」
椿「すごいね」
椿「どんなところも
いい風に言い換えてくれる(軽くおちょくるように)」
久路人「無理に言い換えてるわけじゃない」
久路人「でも そうだよ」
久路人「椿が自分で嫌だと思うところも
俺は好きだよ」
椿「“嫌なところ”?」
椿「ソバカスとか?」
目の下辺りに触れながら、久路人の方を見る
久路人「うん」
久路人「俺 好きだよ
そのソバカス」
椿「何で? 煽ってる?(顔をしかめる)」
久路人「はは 何で」
久路人「いいでしょ
儚げな感じで」
久路人「白い肌によく映えてる」
椿「……」
聞きながら久路人を見ている
椿「でも ごめん
そうやって言われたからって──」
椿「自己肯定感が上がるタイプの
人間じゃないから」
椿「あくまで自分がどう思うかで──」
久路人「うん 知ってる」
久路人「そういうところも含めて好き」
久路人「なんていうか…
自分軸で生きてる」
椿「っ…(笑って)
すごいな」
椿「本当に何でも肯定してくれる」
久路人「でしょ?(おどけて、得意げに)」
久路人「……」
不意に椿の髪に付いている塵に気付いて
久路人「待って 葉っぱかな?
何か付いてる」
椿「…?(久路人の方に向く)」
久路人「──……」
塵を取ろうと手を伸ばし、思わず髪の毛に見入る
久路人「本当… 色素が薄いんだな」
久路人「髪だって こんな…」
椿の髪を光に透かしながら、独り言のように呟く
椿「──……」
至近距離で凝視され、思わず息を呑む
椿M「いつも思う
俺のとは随分違う
その真っ黒な瞳に見つめられると──
…なにかを奪われそうで
うっかり“この線”を越えられてはならない──
そんな風に思ってしまう」
椿「そんなにじろじろ見ないで」
咄嗟に久路人の手を払って
久路人「ごめん(ハッとして)」
椿「──……」
久路人を置いて先に歩き出す
椿「そんなに“好き”“好き”言うなら──」
後方の久路人に振り返り、動揺を隠すように喋り出す
椿「手ぐらい握ってみれば?」
手を差し出してみせながら
久路人「え?」
椿「どう? 出来ないでしょ」
椿「知ってるよ
こんなに大勢 人がいるもんね」
ふたりの周りを歩いていく人達を見渡しながら
久路人「──……(さっと表情が曇る)」
椿「所詮その程度の好きなんだろ」
笑いながら、からかうように
久路人「……」
視線を落とし俯く
椿「──……(久路人の様子の変化に気付いて)」
椿、後方の久路人の下に歩いてきて
椿「ちょっと…
そんな本気で落ち込まないでよ」
椿「俺だって分かってるよ」
椿「二丁目以外で
男同士で手なんて繋いでたら──」
椿「変な目で見られる」
椿「“こんなところ”で
手なんか繋いで歩けるわけない」
久路人「…何で?」
椿「は…?」
久路人「そこにいるカップルだって
手繋いで歩いてるのに?」
近くにいる男女のカップルを目で指しながら
椿「──……」
久路人「なのに何で
“俺たち”だったらダメなの?」
椿の目を見つめて問いかける
椿「……」
椿「そんなの…」
椿「仕方ないだろ
それが“普通の社会”なんだから」
久路人「“普通”って?
何でそんなに──」
久路人「すんなり”仕方ない”って
諦められるんだよ」
椿「──……」
久路人「俺は嫌だ そんなの」
久路人「“しょうがない”…
“普通じゃないから”って──」
久路人「そんな風に諦めて
生きていきたくなんかない」
久路人「本当は──」
久路人「堂々と手を繋いで
歩きたいって思ってる」
椿「──……」
久路人の必死な様子に思わず閉口する
椿「なあ…
どうしたんだよ?」
久路人「──……」
久路人「ごめん…」
言って椿の先を歩いていく
椿「……」
先を歩いていく久路人の背を見つめる
1-5
◯バー店内(夜)
椿「じゃあ また」
久路人「ごちそうさまでした」
マスターに挨拶をして、ふたりして席を立つ
マスター「はいはい
気を付けてな」
椿「はーい」
久路人「はい」
バーの扉を開け、店外に出ていくふたり
* * *
◯屋外、路地
椿と久路人、ふたり並んで歩いている
久路人「…なあ
俺さ──」
椿「……(隣を歩く久路人を見つめる)」
久路人「親に“同性愛者だ”って言ってない」
椿「──……」
久路人「言ってないけど…
気付かれてるとは思う」
椿「うん…」
久路人「でも それだけじゃなくて…」
椿「──……」
自然と足が止まるふたり
久路人「明確に否定されてるんだ
“ゲイ”ってこと──」
椿「……
…どういうこと?」
久路人「たまにテレビとかで
そういう話題が流れたりすると──」
久路人「あからさまに
嫌悪感を示されるっていうか…」
久路人「“絶対ありえない”
“受け付けない”──」
久路人「“身内にいなくてよかった”とか…」
椿「──……」
久路人「たぶん…
保険かけてるんだよ」
久路人「“俺がそうだ”ってことは
薄々分かってるけど──」
久路人「でも “その道にはいくなよ”って
“絶対に認めないから”って」
久路人「牽制してるんだと思う
俺のこと」
椿「……」
久路人「昔から ひとり親だから…
そういうのもあるのかも」
久路人「“男性”そのものに対する
嫌悪感っていうか…」
椿「──……」
久路人「だから…
初めから──」
涙声になる
久路人「“絶対に受け容れてもらえない”って
分かってるから──」
久路人「“本当のこと”を…
言ったこともないし──」
目に涙を溜め、椿の方に向いて
久路人「到底言える気もしないって
ずっとそう思ってきた」
椿「──……」
何も言えないまま、久路人を見つめている
久路人「だからだよ
だから──」
軽く涙を拭い、再びゆっくりと歩き出す
久路人「本心では
自分に正直になりたくて堪らないのに──」
久路人「でも 同時に恐くて堪らなくなる」
久路人「自分はやっぱり──」
久路人「恥ずかしい存在なんじゃないかって
思えてくるから」
椿「──……」
椿「待った」
立ち止まり、久路人の腕を掴む
久路人「…?(椿の方に振り返る)」
椿「どうして急にこんな話?」
椿「…もしかして──」
椿「体育の時のこと気にしてる?
“嘘がない人”がどうのって…」
椿「今話したこと
俺が話させた?(心配そうに)」
久路人「…違うよ そうじゃない
それもあるけど…」
久路人「でも そうじゃない」
久路人「だから“話さなきゃ”って
思ったわけじゃない」
椿「……」
久路人「いい加減──」
久路人「…自分に“嘘”をつくのに疲れた」
椿「——……」
久路人「ずっと嘘をつき続けてたら…」
久路人「どんどん自分のことが嫌いになる」
涙を零す久路人
椿「っ…」
泣きそうな顔で久路人の背を擦ってやる
久路人「“あの時”言ったのは
ぜんぶ本心だよ」
× × ×
(回想)
久路人「俺は嫌だ そんなの」
久路人「“しょうがない”…
“普通じゃないから”って──」
久路人「そんな風に諦めて
生きていきたくなんかない」
× × ×
久路人「俺も本当はもっと堂々としてたい
俺も本当は——」
久路人「椿みたいになりたい」
椿「——……」
久路人「変わりたいって思ってる」
久路人「…だから話してみた
椿に——」
久路人「(椿から視線を外して)ごめん
こんな話して」
久路人「…重かった?」
椿「重くない
ちっとも重くなんかない」
言いながら久路人の頭を自分の肩に抱き寄せる
椿「話してくれてよかった…
俺 怖くなった」
椿「久路ちゃんの事情なんか知らずに——」
椿「この先もまた 無自覚に──」
椿「久路ちゃんを傷付けるようなこと
言ってたんじゃないかって」
椿「だから 話してくれてよかった
よかったよ…」
1-6
◯椿の家、脱衣所
椿、風呂に入る準備をしている
ドアをノックする音
椿「はい」
洗面台に手をついたまま、顔を上げ返事をする
妹「白ちゃん?」
ドアを開け、隙間から顔を出して
妹「今日のJステね
白ちゃんが“好きな子”出てるからって──」
妹「お母さんが録画してた」
椿「うん ありがとう
お風呂上がったら見る」
洗面台の鏡越しに妹と話す
妹「はーい」
ドアを閉めて去る
椿「──……」
鏡を見つめる
椿M「改めて──
俺は随分と
恵まれた環境にいるんだと思った
“男の人が好きだ”とか
明確に言ったことはないけれど
俺の親も 妹も
とっくの昔に知ってるだろう
──“俺がゲイだ”って
好きな芸能人は男性ばかりだし
クラスの女子の話なんて
出てきやしない
それこそ
微妙な関係だった男子のことを──
サラッと好きな人だと
口にしたこともあった気がする
それでも親も 妹も
特別何か言ったりしない
自然体に 何てこともないみたいに
ありのままの俺を 受け容れてくれてる」
× × ×
(回想)
久路人「ずっと嘘をつき続けてたら…」
久路人「どんどん自分のことが嫌いになる」
× × ×
椿「……」
視線を落とし、物思いに耽っている
椿「──……」
我に返り、鏡から顔を逸らした瞬間、
不意に肩に残る久路人の香りに気付く
自分の肩をそっと握る椿
椿「──……」
ふと鏡に目をやり、自分の顔を見つめる
目の下に散らばるソバカスにフォーカス
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