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椿姫と黒王子───第1話

◆登場人物
 椿 白(ツバキ ハク)
 蓮沼 久路人(ハスヌマ クロト)
 マスター ………… 椿と久路人が集う、バー“ソワレ”のマスター

◇表記ルール
 人物名「」:通常のセリフ
 人物名M「」:モノローグ
 T「」:テロップ
 無表記、セリフ内():ト書き
   *   *   *:時間経過
    ×   ×   ×:回想シーンの導入/終了

1-1

◯学校、廊下(昼)

蓮沼 久路人(ハスヌマ クロト)M「一目惚れなんて
 一生ないと思ってた」

   久路人、女子生徒に連れられ歩いている

久路人「“椿姫”?」
女子A「そう──」
女子A「うちのクラスは
 文化祭で演劇をやることになってて」

女子A「蓮沼くん
 絶対主演にぴったりだと思う」
久路人「俺が?
 いや 俺は…」

久路人M「そんなのは
 軽い人間のすることだって」
椿 白(ツバキ ハク)M「でも──」

女子A「まぁ とにかく見ていって?」

女子A「衣装とか小道具とか──」
女子A「そういうのは色々
 もう準備始めてるから」
久路人「ああ…
 うん」

久路人「──……」
   初めて見る校舎内を見渡す

久路人M「“一目惚れ”って
 なにも顔とか 髪型とか——」
椿M「身長 体型…
 スタイルとか?」
久路人M「そう」

久路人M「そういうのだけじゃなくて…」

   教室内から賑やかな声が漏れ聞こえてくる

女子B「似合ってる!」
椿「どこが?
 似合ってるわけない」

女子B「だって“椿”だもん
 ぴったりでしょ」
椿「人で遊ぶのもいい加減にして
 取ってくる」
女子B「あ〜 もったいない」

久路人M「初めて出会った その瞬間の──」

   教室から出てくる椿、“椿姫”の髪飾りや化粧を施されている
   教室前にいた久路人と鉢合わせ、互いに無言で見つめ合う
椿「──……」
久路人「──……」

椿M「…匂いとか 空気とか」

椿「っ…」
   嫌そうに顔をそむけ、久路人の脇を走り抜けていく
久路人「──!(走り去っていく椿の方に振り返る)」

椿「──!」
   階段から落ちそうになる椿
久路人「危ない!」

久路人M「光 音──」
椿M「触れた手の温度とか——」

久路人「──……」
椿「──……」
   咄嗟に椿の腕を掴む久路人、思いがけず至近距離で見つめ合うふたり
   瞳や唇、互いに相手の細部の像が飛び込んでくる

久路人M「そういうものも
 全部含めてなんだって」

久路人M「とにかくその時は——」

椿「──……」
   掴んでいた手の力を緩める久路人
   椿、久路人の手をすり抜け、教室の方へと歩き出す

久路人M「今 名前も聞かずにこの手を離したら——」

久路人M「きっと一生後悔する
 そんな気がした」

久路人「あの…!」
   椿の背に呼び掛ける

椿「…?」
   久路人の方に振り向いて

久路人「名前——
 教えてください」



1-2

T「数週間後──」

   バー店外、看板のカット
T「バー“ソワレ”」

◯バー店内(夕)

   椿と久路人、ふたり並んでカウンター席に腰掛け会話している

久路人「だって3年からの転校生だよ?
 俺──」

久路人「前の学校で演劇部だった
 とかでもないし…」
久路人「そんな奴がいきなり
 劇の主演ってさ…」

椿「何かしら見所があったから
 選ばれたってことでしょ?」
椿「なら
 その周りからの評価を信じればいい」

椿「信じて──」
椿「“そこ”で自分に出来ることを
 精一杯やれば それでオールOK」

久路人「…クラスに演劇部の人もいるのに?」

久路人「その人たちも何て思うか…」
   テーブルに突っ伏し、机上に頭を乗せる

椿「その人たちが
 どう思おうが関係ない」

久路人「──……」
   頬を机上にくっ付けたまま椿の顔を見上げる

椿「そもそも他人のこと押し除けて
 主演をぶん取ったわけでもないのに──」
椿「仮に悪く言ってくる奴がいたら
 どう考えたって そいつが100悪い」

椿「そいつが頭おかしいだけ」
久路人「っ…(強気な発言に笑えてくる)」

椿「何だったらいいよ?
 殴ってあげようか?(拳を上げてみせながら)」
久路人「ダメでしょ 暴力は」
   起き上がり、椿の拳を手で下げる

椿「ふふ──」
   顔を見合わせ笑う、椿と久路人

椿「せっかく選んでくれたんだから──」
椿「その期待に応えたいって
 気持ちはあるんでしょ?」
久路人「……」

久路人「…うん」
椿「ならOK
 その気持ちさえあれば大丈夫だって」

久路人「うん」

椿「──……」
久路人「──……」
   互いに無言で頷き合う

マスター「はい メロンソーダと
 ジンジャエールひとつ」
   バーのマスター、カウンター内からふたりにそれぞれドリンクを出してくれる

久路人「わー!(ドリンクに喜ぶ)」

マスター「まったく
 すっかり溜まり場にしてくれちゃって」
マスター「学生なんだから
 ソフトドリンクしか出せないってのに」

椿「だって しょうがない」

椿「“フツーの店”じゃ──」
椿「セクシャルの話なんて
 明けすけに出来ないし」

椿「二丁目で“溜まる”っていったら
 バーぐらいしかない」

マスター「だからって何で“うち”?」
椿「?」
   さぁ?という具合に肩を上げる

マスター「でも“椿姫“ね
 いいよな ロマンチックな出会いで」
椿「何が?」

マスター「椿姫姿の椿と
 偶然鉢合わせて──」
マスター「それが出会いだったんだろ?
 ふたりの」

椿「“椿姫”って…(鼻で笑って)」

椿「全然 衣装なんか着てないし
 髪飾りぐらいで──」
椿「メイクもお遊び半分だから」

マスター「いいじゃない」
マスター「それでも十分
 ドラマチックな出会いだと思うけど?」
椿「そう?(怪訝そうな顔で)」

椿「俺はフツーに嫌だったよ
 そんな妙な格好が初対面なんて」

マスター「そもそも何で好きになった?
 椿のこと」
マスター「その女装姿が似合ってたから?
 女の子に見間違えた?」

久路人「まさか」
久路人「別にあの格好が似合ってるなんて
 思ってないですから 俺」

椿「──……」
   目を細め、久路人に向かって拳を上げてみせる
久路人「ダメでしょ? 暴力は」
椿「……」
   鼻で息を吐き、拳を降ろしてやる

久路人「でも──」
久路人「俺には妖精みたいに見えるんです
 椿が」

マスター「妖精? これが?(思わず吹き出しながら)」
椿「──……(無言で睨む)」

マスター「あー…
 “星の王子さま”みたいな?」

久路人「サン=テグジュペリ?」
マスター「そうそう よく知ってる」

椿「それは髪型だけでしょ(不服そう)」

マスター「あー ごめん
 それで? 何だっけ?」

久路人「俺 別に変なこと
 言ったつもりはないんですけど…」

久路人「だって そうじゃないですか?」

久路人「白くて 細くて…」
久路人「だけど凛々しくて 強くて」

久路人「椿はよく俺のこと──」
久路人「“輝いてる”とか
 “勝ち組”だとか言うけど──」

久路人「俺からすれば
 椿の方がずっと輝いて見える」

椿「──……」
語る久路人の横顔を見つめている

久路人「それこそ
 背中に羽根が生えてるくらい──」
久路人「誰より自由に生きてるように
 見えるから」

マ「なるほど
 それで“妖精”ね」
久路人「はい」

椿「……」
   久路人から視線を外し、ひとり物思いに耽る

久路人「ねえ 見て(椿の肩を叩いて)」
椿「?(久路人の方に向く)」

久路人「すごい色?」
   メロンソーダで染まった舌を椿に見せて
椿「バカ 汚いよ」
   笑いながら、軽く久路人の頬を叩く

久路人「ちょっとトイレ」
   言いながら席を立つ
椿「うん」

椿「──……」
   トイレに向かう久路人の背を見送る

マスター「お似合いなのに」
椿「え?」

マスター「マジな話さ──」
マスター「何で“OK”しないわけ?
 久路ちゃんのこと」
椿「……」

マスター「妖精に見えるくらい好かれてるのに(軽く笑いながら)」
椿「それはもういいよ…」

マスター「嫌われるのが怖いから?」
マスター「だったら最初から
 付き合わなきゃいいってやつ?」
椿「──……」

椿「いや…
 そういうのより もっと拗らせてるかも」
マスター「?」

椿「俺も好きだよ 久路ちゃんのこと
 初めて会った時から」

マスター「こっちも一目惚れか
 そりゃまぁ…」
マスター「一目惚れもするよな
 あんなイケメンに腕掴まれちゃ」
椿「ふふ まぁね?」

椿「でも好きだからこそ──」

椿「“嫌いになりたくない”」

椿「付き合って 嫌な面とか知って
 幻滅したりしたくない」

椿「今以上に踏み込んだりしなければ──」
椿「死ぬまで
 綺麗な思い出のまま取っておける」

椿「いつまでも
 綺麗なままでいてほしいんだよ」
椿「久路ちゃんには」

椿「どう? 引いた?」
   パッとマスターの顔を見て、笑いながら
マスター「…“ちょっと”?(頷きながら)」

椿「あはは
 だから言ったんだよ 拗らせてるって」
マスター「拗らせてるっていうか…
 ちょっと“サイコ”っぽい?」
椿「あはは」

マスター「まぁ…
 分からなくもないけど」

マスター「あんな可愛くて 良い子だし──」
マスター「頭だって悪かないんだろうし」
椿「──……(無言で満足そうに頷く)」

マスター「学校でも人気者?
 スポーツも出来そうで──」

マスター「まさに完璧な“王子様”じゃない
 そりゃガッカリなんかしたくないよな」

椿「そう」

椿M「ずっと“好きな人”でいてほしいから──」

椿「今以上に知りたくなんかないんだよ」
   両手で四角を作り、席に戻ってくる久路人の姿をそのフレームに入れる

久路人「ん?」
   手のフレーム越しに覗き込んでいる椿に問いかける



1-3

◯学校、グラウンド(昼)

椿「って──」
   椿、階段に座りバレーボールの試合を眺めている

久路人「ちょっと…
 待った!」
   久路人の方へボールが飛んでくるも、受け止められずそのまま尻餅をつく

   グラウンドに試合終了の笛の音が響く

椿「そこは鈍臭いのかよ」
   膝に手をつき、仰向けに倒れている久路人を見下ろして

久路人「知らなかった?
 俺が運動ダメだって」
   仰向けのまま荒い息をしながら、頭上の椿に応える
椿「だって普段は選択授業
 音楽だもん」

  *   *   *

   階段に腹ばいに寝そべっている久路人、隣に座る椿

久路人「嫌いになった?(何気ないテンションで)」
椿「まさか
 小学生じゃあるまいし」

椿「運動が出来るからカッコいい
 なんて思わない」

久路人「そっか」

久路人「じゃあ どういう人が好き?」
久路人「どういう人なら
 “いいな”って思う?」

椿「え?(久路人の方に向いて)」

椿「うーん…」
   久路人から視線を外し、グラウンドのコートを眺めながら考える

椿「“誠実な人”?」
椿「自分で自分に嘘をつかない人──
 かな」
   コートに視線をやったまま答える

男子「おーい 助っ人〜」
   コートの中から椿を呼ぶ男子生徒
椿「はーい
 今行く」
   立ち上がりコートに向かっていく椿

久路人「──……」
   椿の背を見送る久路人


1-4

◯屋外、大通り添いの道(夕)

久路人「ねえ」
   先を歩く椿に呼び掛ける
椿「?(久路人の方に振り返る)」

久路人「何で白のベストなの? それ──
 女子用でしょ」

椿「何で?」
椿「黒よりこっちの方が可愛いし
 自分にも似合ってる」
   着ているニットベストを摘んでみせながら

久路人「周りの目とか 気にならない?」

椿「っ…(軽く笑って)」
椿「別に?」

椿「周りから何か言われたところで
 どうにかなる訳じゃないし」

椿「このセンスが分からない奴に
 どう思われようが どうだっていい」

久路人「──……」
   語る椿を見つめる

椿「何で? 変?」
久路人「──……(微笑んで無言で首を振る)」

久路人「めちゃめちゃ似合ってる」

椿「でしょ?」
   両腕を広げ、得意げにくるりと回ってみせる
久路人「っ…(笑って)」

久路人「そういうところが好きだよ」
   言いながら椿の下に歩いてくる

椿「“そういう”傲慢なところ?(笑いながら)」
久路人「っ…(笑って)
 違うよ そういう──」

久路人「ブレないところ?」

椿「すごいね」
椿「どんなところも
 いい風に言い換えてくれる(軽くおちょくるように)」

久路人「無理に言い換えてるわけじゃない」

久路人「でも そうだよ」
久路人「椿が自分で嫌だと思うところも
 俺は好きだよ」

椿「“嫌なところ”?」

椿「ソバカスとか?」
   目の下辺りに触れながら、久路人の方を見る

久路人「うん」
久路人「俺 好きだよ
 そのソバカス」

椿「何で? 煽ってる?(顔をしかめる)」
久路人「はは 何で」

久路人「いいでしょ
 儚げな感じで」
久路人「白い肌によく映えてる」

椿「……」
   聞きながら久路人を見ている

椿「でも ごめん
 そうやって言われたからって──」
椿「自己肯定感が上がるタイプの
 人間じゃないから」

椿「あくまで自分がどう思うかで──」

久路人「うん 知ってる」

久路人「そういうところも含めて好き」
久路人「なんていうか…
 自分軸で生きてる」

椿「っ…(笑って)
 すごいな」

椿「本当に何でも肯定してくれる」
久路人「でしょ?(おどけて、得意げに)」

久路人「……」
   不意に椿の髪に付いている塵に気付いて

久路人「待って 葉っぱかな?
 何か付いてる」
椿「…?(久路人の方に向く)」

久路人「──……」
   塵を取ろうと手を伸ばし、思わず髪の毛に見入る

久路人「本当… 色素が薄いんだな」
久路人「髪だって こんな…」
   椿の髪を光に透かしながら、独り言のように呟く

椿「──……」
   至近距離で凝視され、思わず息を呑む

椿M「いつも思う

 俺のとは随分違う
 その真っ黒な瞳に見つめられると──

 …なにかを奪われそうで

 うっかり“この線”を越えられてはならない──

 そんな風に思ってしまう」

椿「そんなにじろじろ見ないで」
   咄嗟に久路人の手を払って

久路人「ごめん(ハッとして)」

椿「──……」
   久路人を置いて先に歩き出す

椿「そんなに“好き”“好き”言うなら──」
   後方の久路人に振り返り、動揺を隠すように喋り出す

椿「手ぐらい握ってみれば?」
   手を差し出してみせながら

久路人「え?」

椿「どう? 出来ないでしょ」
椿「知ってるよ
 こんなに大勢 人がいるもんね」
   ふたりの周りを歩いていく人達を見渡しながら

久路人「──……(さっと表情が曇る)」

椿「所詮その程度の好きなんだろ」
笑いながら、からかうように

久路人「……」
   視線を落とし俯く

椿「──……(久路人の様子の変化に気付いて)」

   椿、後方の久路人の下に歩いてきて
椿「ちょっと…
 そんな本気で落ち込まないでよ」

椿「俺だって分かってるよ」

椿「二丁目以外で
 男同士で手なんて繋いでたら──」
椿「変な目で見られる」

椿「“こんなところ”で
 手なんか繋いで歩けるわけない」

久路人「…何で?」

椿「は…?」

久路人「そこにいるカップルだって
 手繋いで歩いてるのに?」
   近くにいる男女のカップルを目で指しながら
椿「──……」

久路人「なのに何で
 “俺たち”だったらダメなの?」
   椿の目を見つめて問いかける
椿「……」

椿「そんなの…」
椿「仕方ないだろ
 それが“普通の社会”なんだから」

久路人「“普通”って?
 何でそんなに──」
久路人「すんなり”仕方ない”って
 諦められるんだよ」

椿「──……」

久路人「俺は嫌だ そんなの」
久路人「“しょうがない”…
 “普通じゃないから”って──」

久路人「そんな風に諦めて
 生きていきたくなんかない」
久路人「本当は──」

久路人「堂々と手を繋いで
 歩きたいって思ってる」
椿「──……」
   久路人の必死な様子に思わず閉口する

椿「なあ…
 どうしたんだよ?」
久路人「──……」

久路人「ごめん…」
   言って椿の先を歩いていく

椿「……」
   先を歩いていく久路人の背を見つめる



1-5

◯バー店内(夜)

椿「じゃあ また」
久路人「ごちそうさまでした」
   マスターに挨拶をして、ふたりして席を立つ

マスター「はいはい
 気を付けてな」
椿「はーい」
久路人「はい」
   バーの扉を開け、店外に出ていくふたり

  *   *   *

◯屋外、路地

   椿と久路人、ふたり並んで歩いている

久路人「…なあ
 俺さ──」

椿「……(隣を歩く久路人を見つめる)」

久路人「親に“同性愛者だ”って言ってない」
椿「──……」

久路人「言ってないけど…
 気付かれてるとは思う」
椿「うん…」

久路人「でも それだけじゃなくて…」
椿「──……」
   自然と足が止まるふたり

久路人「明確に否定されてるんだ
 “ゲイ”ってこと──」
椿「……
 …どういうこと?」

久路人「たまにテレビとかで
 そういう話題が流れたりすると──」
久路人「あからさまに
 嫌悪感を示されるっていうか…」

久路人「“絶対ありえない”
 “受け付けない”──」
久路人「“身内にいなくてよかった”とか…」
椿「──……」

久路人「たぶん…
 保険かけてるんだよ」
久路人「“俺がそうだ”ってことは
 薄々分かってるけど──」

久路人「でも “その道にはいくなよ”って
 “絶対に認めないから”って」

久路人「牽制してるんだと思う
 俺のこと」
椿「……」

久路人「昔から ひとり親だから…
 そういうのもあるのかも」
久路人「“男性”そのものに対する
 嫌悪感っていうか…」

椿「──……」

久路人「だから…
 初めから──」
   涙声になる

久路人「“絶対に受け容れてもらえない”って
 分かってるから──」

久路人「“本当のこと”を…
 言ったこともないし──」
   目に涙を溜め、椿の方に向いて
久路人「到底言える気もしないって
 ずっとそう思ってきた」

椿「──……」
   何も言えないまま、久路人を見つめている

久路人「だからだよ
 だから──」
   軽く涙を拭い、再びゆっくりと歩き出す

久路人「本心では
 自分に正直になりたくて堪らないのに──」

久路人「でも 同時に恐くて堪らなくなる」

久路人「自分はやっぱり──」
久路人「恥ずかしい存在なんじゃないかって
 思えてくるから」

椿「──……」

椿「待った」
   立ち止まり、久路人の腕を掴む
久路人「…?(椿の方に振り返る)」

椿「どうして急にこんな話?」

椿「…もしかして──」
椿「体育の時のこと気にしてる?
 “嘘がない人”がどうのって…」

椿「今話したこと
 俺が話させた?(心配そうに)」

久路人「…違うよ そうじゃない
 それもあるけど…」

久路人「でも そうじゃない」
久路人「だから“話さなきゃ”って
 思ったわけじゃない」
椿「……」

久路人「いい加減──」

久路人「…自分に“嘘”をつくのに疲れた」
椿「——……」

久路人「ずっと嘘をつき続けてたら…」
久路人「どんどん自分のことが嫌いになる」
   涙を零す久路人

椿「っ…」
   泣きそうな顔で久路人の背を擦ってやる

久路人「“あの時”言ったのは
 ぜんぶ本心だよ」

   ×   ×   ×
   (回想)
   久路人「俺は嫌だ そんなの」
   久路人「“しょうがない”…
    “普通じゃないから”って──」

   久路人「そんな風に諦めて
    生きていきたくなんかない」
   ×   ×   ×

久路人「俺も本当はもっと堂々としてたい
 俺も本当は——」

久路人「椿みたいになりたい」
椿「——……」

久路人「変わりたいって思ってる」
久路人「…だから話してみた
 椿に——」

久路人「(椿から視線を外して)ごめん
 こんな話して」
久路人「…重かった?」

椿「重くない
 ちっとも重くなんかない」
   言いながら久路人の頭を自分の肩に抱き寄せる

椿「話してくれてよかった…
 俺 怖くなった」

椿「久路ちゃんの事情なんか知らずに——」

椿「この先もまた 無自覚に──」
椿「久路ちゃんを傷付けるようなこと
 言ってたんじゃないかって」

椿「だから 話してくれてよかった
 よかったよ…」



1-6

◯椿の家、脱衣所

   椿、風呂に入る準備をしている

   ドアをノックする音

椿「はい」
   洗面台に手をついたまま、顔を上げ返事をする

妹「白ちゃん?」
   ドアを開け、隙間から顔を出して

妹「今日のJステね
 白ちゃんが“好きな子”出てるからって──」
妹「お母さんが録画してた」

椿「うん ありがとう
 お風呂上がったら見る」
   洗面台の鏡越しに妹と話す

妹「はーい」
   ドアを閉めて去る

椿「──……」
   鏡を見つめる

椿M「改めて──

 俺は随分と
 恵まれた環境にいるんだと思った

 “男の人が好きだ”とか
 明確に言ったことはないけれど

 俺の親も 妹も
 とっくの昔に知ってるだろう

 ──“俺がゲイだ”って

 好きな芸能人は男性ばかりだし

 クラスの女子の話なんて
 出てきやしない

 それこそ
 微妙な関係だった男子のことを──

 サラッと好きな人だと
 口にしたこともあった気がする

 それでも親も 妹も
 特別何か言ったりしない

 自然体に 何てこともないみたいに
 ありのままの俺を 受け容れてくれてる」

   ×   ×   ×
   (回想)
   久路人「ずっと嘘をつき続けてたら…」
   久路人「どんどん自分のことが嫌いになる」
   ×   ×   ×

椿「……」
   視線を落とし、物思いに耽っている

椿「──……」
   我に返り、鏡から顔を逸らした瞬間、
   不意に肩に残る久路人の香りに気付く

   自分の肩をそっと握る椿

椿「──……」
   ふと鏡に目をやり、自分の顔を見つめる

   目の下に散らばるソバカスにフォーカス

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