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【ショート】キミが「愛してる」って言ったから

ねえ、はじまりのキスでキミはあたしに言ってくれたよね。
「愛してる」って。
あたしはそれまで、はじまったばかりの恋愛で「愛してる」なんて言われた事なんてなかったんだ。
だから正直ね、最初はちょっと戸惑った。
あたしはキミと同じくらい、キミを愛してるのかなって。
だからあの時は、キミが愛してるって言ってくれたから『ありがとう』の代わりに「愛してる」って言ったんだ。

でもね、そこからなんだ。あたしは少しづつ変わっていったんだよ。
あたしは『愛してる』って、気負わないで言えるようになっていったんだ。
言葉の持つ意味が軽くなったわけじゃないの。むしろ一回言うたびに、キミへの『愛してる』って気持ちは大きく力強く膨らんで、その輪郭はどんどんクッキリとなっていたんだよ。

そんなあたしの気持ちをキミが、しっかりと受け止めてくれてたのが、嬉しかった。
あたしの後にキミが目を見て、あたしの名前と一緒に「愛してる」って言ってくれるのが。
そのあと「ありがとう」って言ってくれるのが。

何百回目かのハグとキスの後、キミは言ったよね。
「いつの間にか逆転されちゃったみたいだね」って。
その瞬間は、そんな事ないでしょって笑って過ごしたけど、その次の日の夜に寂しさがやってきたんだ。
それからしばらくの間、その言葉はあたしの左の指にささくれになって出てきてたんだ。
ささくれ、キミが隣にいない時にだけ痛んだんだ。
そのささくれた指先で目を拭うから、余計に痛みが増すの。
悪循環の例えの模範解答みたいだったよ。

あの時のあたし、キミへの想いがほんのちょっと、ほんのちょっとだけボヤけて、わからなくなっちゃったんだ。
だから何十回目かの胸枕の中で、キミの唇から直接伝わった「愛してる」に、あたしはキミの肌を見て「うん、ありがとう」って微かに言うことしか出来なかった。ごめんなさい。

だけどあの時、もう何回かも気にしないほど手を繋いで歩いているとき。
あの橋、弁天橋の真ん中辺りで、キミは言ったよね。「あまり言わないようにしていた事だけど、いま、ここだから言っていい?」って。
あたしは「なに?」って普通に返したけど、本当は怖かった。画面を下にして落ちたスマホを、拾い上げる時みたいに。

でもキミが言った言葉は、あたしの不安を他所に「カワイイ」だったよね。
その時、すぐに分かったんだ。この『カワイイ』はあたしに向けられた、誠心誠意の『カワイイ』だって。
まだ『愛してる』って言われる前に、キミは何気なく言ったよね。「女が女に言うカワイイって、殆ど意味の無い空気みたいな言葉だよね」って。
あたしがその時、ちょっと腑に落ちなくて変な空気になったからよく覚えてる。

だからね、とっても嬉しかった。キミからの『カワイイ』が。
あたしの左の指のささくれも、それ以外の悩みも、もう全部どうだってよくなった。
一生キミの隣にいるって決めた。
だからあたしも、キミの目を見て、肌の香りを感じられる距離で、伝えたよ。

「サキミもとってもカワイイよ」

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