いつかの春景と私とこれから

このまえ美術館に行ってきました。
なにか春らしい事をしたいと思い検索して出てきた「春景展」。
ポスターの絵が綺麗だったので、きっと色とりどりの華やかな絵が飾られているんだろうと思い、ウキウキで車を1時間半走らせながら向かいました。

初めての美術館は、平日の田舎、このコロナ禍もあってほぼ貸切状態でした。
私とスタッフさん数名。
そこに展示されている、地元にゆかりのある画家の描いた絵画やブロンズ像。
花粉症で我慢できなかったくしゃみが、白く高い壁のお陰で何倍にも大きく膨れて響き渡りまして。
人が少ないから逆に恥ずかしかった。

展示されている絵画は、50〜100年ほど前に描かれたものがほとんどでして。
雪が溶けたばかりで、起き抜けに燻っているかのような山並みを描いた絵や、まだ陽も登りきらない肌寒いような生温いような伊豆、熱海の海。
私の思い描いていた春景とは、2ヶ月ほどタイムラグがあるような気がしました。
あのポスターにあった梅の絵みたいな華やいだものは数点だけでした。

それでも初めての絵画展はそれなりに楽しめて、カンヴァスの上に広がる油絵具の繊細な変化で、立体的に風景が描かれている油彩、その芸術的技術に感心しました。

そしてそれ以上に、半世紀、それ以上前に生きた人の描いたものを今私が、この時代に間近に見ている、存在しているということに不思議さを覚えました。
人が死んでも作品が残り続け、誰かの記憶に生き続け、この先もきっと作品が存在し続ける限り、魂が繋がっていく事に。

それって『何者か』だった特権なのかな、とか思ったり。

美術館の帰り道、毎年満開の桜が咲く公園の前を通ると、例年ならまだ蕾のはずの木の枝に三分咲きくらいの花びらが付いていました。
季節が私をせっつく気がします。
「スナック的な娯楽に費やす暇はおありですか?」って。
芸術文化に貪欲に生きようと思います。

この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?