2022.8.29 なぜ『陛下や殿下』に“下”という字が使われるのか?
天皇や皇帝、そして王に対して用いられる『陛下』という敬称には、どういう意味があるのでしょうか。
国家の最高地位者に対し、“下”という文字が使われるのは、一体どういうことなのでしょうか。
『陛下』は紀元前3世紀、秦の始皇帝の時代から使われ始めます。
“陛”は「きざはし」と訓読みし、皇帝の住む宮殿へ通じる階段を意味します。
皇帝は、その階段の上にいるはずですから、『陛下』ではなく、『陛上』となると考えられますが、なぜ、“下”なのでしょうか。
当時、人々は皇帝に直接、話かけることはできず、皇帝に仕える侍従を通じて、奏上することができました。
この侍従は宮殿の階段の下に控えていました。
そのため、
「階下の者を通じて、奏上致します」
という意味で、『陛下』と呼びかけたのです。
最初、『陛下』というのは、皇帝に奏上する際に使われる枕詞のようなものでしたが、次第にそれ自体が、皇帝を表す尊称として使われるようになります。
しかし、中国では、『陛下』よりも『皇上』の敬称の方が頻繁に用いられました。
皇太子をはじめ、皇帝の子や皇族は『殿下』と呼ばれます。
『殿下』の“殿”は宮殿のことです。
「宮殿の下に控える侍従の者を通じて申し上げます」
という意味で使われ、『陛下』よりも一段格下の尊称として使われます。
更に、重臣に対しては、『閣下』の尊称が使われます。
『殿下』よりも一段格下で、“閣”は楼閣を意味します。
現在では、大統領や首相、大使などに対しても用いられます。
因みに、聖職者に対する尊称もあります。
ローマ教皇や正教会の総主教など、キリスト教における最高位の聖職者には、『聖下』が用いられます。
仏教の高位聖職者には、『猊下』が用いられます。
猊とは“獅子”のことです。
仏典では、ブッダを“人中の獅子”としており、ブッダや高徳な人の座るところを獅子座と呼びました。
チベット仏教のダライ・ラマ法王にも『猊下』の尊称が使われます。
『聖下』と『猊下』には、どちらが格上・格下かの区別はありません。
呼び方が異なるというだけのものです。
このように、最高地位者に対し、“下”という文字を使うのは、
「下にいる侍従を通じて、申し上げる」
という意味が一様にあるからです。
皇帝や王などの最高地位者には、『陛下』の敬称が用いられますが、一つ例外がありました。
かつての朝鮮王です。
朝鮮王は『陛下』ではなく、一段格下の『殿下』と呼ばれました。
朝鮮は歴史的に独立した国家ではなく、中国の属国でした。
その王は中国皇帝の配下であり、『陛下』と呼ばれる一国の主権者ではなかったのです。
中国には、郡国制という地方制度がありました。
これは地方に諸侯王を配し、彼らに地方政治を委任するという制度です。
漢王朝の時代に『呉楚七国の乱』という反乱がありました。
呉や楚などの七国は“国”と称されものの、『国家』ではなく、漢王朝の一部としての地方に過ぎません。
諸侯王は“王”と称されるものの、いわゆる『国王』ではなく、漢王朝の地方知事の役割を背負っていました。
また、中国はこうした主従関係を周辺諸国(地域)にまで拡大し、その君主や首長に王や侯などの爵位を与え(冊封)、藩属国として中国の影響下に置きました。
これにより、様々な程度の差はありながらも、中国は周辺を従属させます。
この中国中心の統治システムと国際秩序を、冊封体制と呼びます。
中国には、こうした郡国制や冊封体制のような伝統もあり、“国”や“王”が多用されることがありますが、それは近代で使われる主権国家の国や国王とは、意味が異なります。
李氏朝鮮3代目の太宗が、明王朝によって朝鮮王に冊封されますが、これも“郡国”的な意味における諸侯王という扱いに過ぎません。
そのため、朝鮮の王は『陛下』ではなく、『殿下』と呼ばれます。
その世継ぎも『太子』ではなく、一段格下の『世子』と呼ばれます。
この他、朝鮮王に“万歳”は使われません。
“万歳”は中国皇帝にのみ使われるもので、朝鮮王には“千歳”が使われました。
このように、中国と朝鮮には、日本にはない明確な序列関係があったのです。
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