2023.3.16 【全文無料(投げ銭記事)】日本人が今一番学ぶべき学問
安倍元首相はなぜかくも
なぜ、安倍元首相は多くの国々から悼まれるのか。
なぜ、海外からこんなにも尊敬され、期待されていたのかというのが、昨今の日本国民の驚きでしょう。
林芳正外相は、昨年7月12日の記者会見で、これまでに259の国と地域や機関などから、計1700件以上の弔意を示すメッセージが寄せられたと明らかにしました。
ちなみに、同年7月16日付けの朝日新聞の名物コーナー『朝日川柳』では、国葬を揶揄する川柳を掲載して大炎上しました。
<疑惑あった人が国葬そんな国>
<死してなお税金使う野辺送り>
など詠まれるのですから、“安倍憎し”の怨念のあまり、国際社会の声もまったく耳に入らなかったようです。
朝日新聞など左翼マスコミの報道では、なぜ多くの国々で安倍元首相を悼む声がこれほど出るのか知ろうともしませんでしたが、私はこう考えています。
それは、世界の自由民主主義を守るためのシナリオを安倍元首相が提示し、国際社会を引っ張っていったからだと。
『自由で開かれたインド太平洋』とは、2016年に安倍元首相が提唱したビジョンです。
アジア、アフリカ、北中南米、オセアニアを含めた広大な地域で、自由民主主義に基づく国々が連帯するという構想は、多くの国々にとって中国の覇権主義から自由と独立を護り、繁栄をもたらすための“希望のシナリオ”でした。
そのシナリオに向けて、TPP(環太平洋パートナーシップ)やクアッド(日米豪印)などの仕組み作りも着実に進められてきました。
こうした実績を見れば、かくも多くの国々が弔意を寄せてきたのも理解できます。
政治的リーダーシップとは、このように“未来へのシナリオ”を提示し、多くの国々、人々を導いていく力でしょう。
セントポール大聖堂
現実に囚われずにシナリオを描き、共有する能力は、人間だけが持つ想像力です。
そして、その想像力によって、人間は大きな共同体をつくり、力を合わせることができるようになりました。
人間の想像力が未来に向かえば“未来へのシナリオ”を描き、過去に向かえば“歴史物語”になります。
共同体の構成員が共有する“歴史物語”も、互いに同胞感を抱き、力を合わせる強力な絆となります。
ロンドンのセントポール大聖堂を訪れた際には、
「ああ、これが大英帝国を築いた力の源泉だったのだ」
と納得した経験があります。
その大聖堂には、無数の偉人の彫像や記念碑が所狭しと並んでいました。
例えば、フランス・スペイン連合艦隊をトラファルガー沖で撃滅したネルソン提督、ナポレオンをワーテルローの戦いで破ったウェリントン公、英国最高の詩人の一人ジョン・ダン…。
地下へ降りるとネルソン提督とウェリントン公の巨大な棺を中心に、クリミア戦争で戦傷者看護に貢献したナイチンゲール、ペニシリンを発見したフレミングなど著名な人々の墓碑銘が並び、床には様々な人々を顕彰するレリーフやら銘板が隙間もないほど埋め込まれています。
この大聖堂を訪れた英国の青少年たちは、大英帝国を建設した偉大な先人たちの姿をまざまざと感じとったでしょう。
その上で彼らの生き様を伝記で読む事で、自分もそれに続こうという志を立て、それに向かって主体的に生きていく国民となったのでしょう。
19世紀、英国の政治家で作家でもあったディズレリーは、
「歴史など読むべきではない。但し、伝記を除いては。というのも、伝記だけが理論を含まない、唯一のまともな歴史だから」
と語ったそうです。
こういう“歴史物語”こそが、国民を育てる歴史教育だと考えています。
日本の元気を振るい立たせた歴史物語の力
歴史物語は、たとえそれが異国の偉人のものだったとしても、人間を奮い立たせる力があります。
近代ヨーロッパの偉人たちの物語を集めたサミュエル・スマイルズの『Self Help』は、中村正直が『西国立志編』と訳して出版し、明治の終わり頃までに100万部も売り上げました。
明治日本の元気の素の一つが、この物語の力だったのです。
大正末期には講談社の雑誌『キング』が登場し、創刊号は74万部も売れました。
1年後の新年号は150万部にも達しました。
社長の野間清治は、
「面白くてためになる物語で、日本中に良風美俗がおこり、国中が明るく美しくなるように」
と願っていました。
その願い通り、
「素行のよくない息子が『キング』の中にある話を読んで、夢から醒めて家に帰ってきた」
と感謝の手紙が寄せられたり、戦後、韓国のある大学の学長が
「自分の青少年時代に生き方を教えてくれた出版社に、表敬訪問したかった」
と訪ねてきました。
明治・大正期の言論人・徳富蘇峰は、
「野間さんは私設文部省であった」
と、有為の青年を育てた功績を称えたました。
戦前の日本の教育の骨格をなした『教育勅語』も、それを具現した物語によって『修身』の時間に教えられました。
たとえば、『友達に親切であれ』という徳目を、大きな風呂敷包みを抱えた文吉を友達の小太郎が
「重そうだから」
と、一緒に持ってくれたという物語で説いていました。
大英帝国も大日本帝国も、こうした歴史物語で育った青少年たちが志に燃えて、それぞれの一隅を照らすことによって発展したのです。
歴史物語の持つ二つの力
物語の持つ力を、アメリカの心理学者エイブラハム・マズローは欲求5段階説で説明しました。
人間は以下の5つの欲求段階を持ち、下の段階の欲求が満たされると、その上の段階の欲求に向かうという説です。
⑴生理的欲求:空気、食料、水、空気、性など、人間が生き延びていくために必要な欲求。
⑵安全の欲求:病気、事故、暴力、失業などからの保護
⑶所属と愛の欲求:家族や地域、職場などの共同体に所属し、他者と結ばれる。
⑷承認の欲求:共同体の中で価値ある一員として認められ、自尊心を満たす。
⑸自己実現の欲求:自分自身の能力・適性を最大限に発揮して、他者を幸福にすることを自分の喜びとする。
この欲求の段階は、人間の成長の段階でもあります。
青少年は生理的欲求、安全の欲求を満たされた後で、家族やクラス、地域の仲間に所属して、その中で一目置かれる存在を目指し、さらに自分自身の能力を伸ばして、共同体に貢献する人間になろうとします。
人間は本来、このような成長への欲求を持っています。
そして、歴史物語、その中でも特に歴史人物学習は次の二つの面で、青少年の成長への欲求を刺激します。
第一に、気高い先人の生き様を知って、目指すべき頂を見いだすこと。
それによって、周囲から認められ(承認)、自分の能力を最大限に発揮して貢献したい(自己実現)という欲求を引き出します。
第二に、その先人がどのようにその境地に辿り着いたかを知ることによって、頂に登る道を見いだすこと。
以下の具体例で説明していこうと思います。
歴史人物学習の力1: 頂を見つけ、登りたいと望む
まず、先人の物語は青少年に目指すべき頂を示し、それを目指したいという思いを与えます。
例えば、野口英世は貧しい家に生まれ、幼いときの事故で手が不自由になっても、一生懸命勉強をして、やがて国際的に評価される医学者になりました。
野口は熱帯の伝染病の病原菌を発見し、その薬を開発して多くの国を救いましたが、エクアドルでは『野口英世通り』、ペルーでは『野口英世学校』などと名前を付けて、現地の人々に感謝され、尊敬されています。
こういう物語によって、自分も医学の道に進んで人々のために尽くしたいと志す青少年が出てくるでしょう。
こうして目指すべき頂を見つけ、それに向けてエネルギーを生み出すのが歴史人物学習の力です。
人間、特に青少年には『敬する心』が大切だと古来から言われてきました。
親でも、教師でも、歴史上の偉人でも良いですが、青少年自身が仰ぎ見る人物を持つ事が成長の不可欠な条件だといいます。
『敬する心』を持たない青少年は生理的欲求、安全の欲求は満たされても、それ以上の何かを求めつつも、それが何か分からないため、正体の分からない欲求不満に陥ってしまいます。
よく“自分探し”の旅に出る青年がいますが、尊敬する人物を見つけて、
「ああ、自分はこういう人物に憧れていたんだ」
と気づく方が、よほど確かな“自分探し”となるのです。
また、高い頂が目に入らないと、自分の今の低さにも気づかず、
「こんな自分ではダメだ」
という恥の意識も持ち得ません。
なんとなく不満を抱えつつも、何をすれば良いか分からないために、ゲームで憂さ晴らしをしているなどという生き方をしているのがこの状態です。
こうした状態は、当人にとっても、共同体にとっても、実に惜しむべきことです。
歴史物語の中で、素直に尊敬できる人物と出会い、その頂に少しでも近づこうとする、そういう生き方をもたらすのが歴史人物学習の目的です。
歴史人物学習の力2: 目標に向かう道を見いだす
歴史人物学習の第2の力は、その頂に向かうには自分が今、何をすれば良いのか、その道筋を明らかにすることです。
例えば、野口英世は、火傷で動かなくなった左手を手術して貰ったことで、医師になる決意を固め、それから並外れた集中力で勉強します。
単に、
「勉強しなさい」
と言われて勉強するのと、この勉強を続ければ頂に登れるのだと思って勉強するのとは、効率も全く異なります。
目標をしっかり立てることで集中力も発揮できます。
貧しい、財産もない農家に生まれた野口英世が、世界的な医学者になれたのも、偏に、この幼い頃からの目標と集中力のお陰でしょう。
アメリカ・ペンシルバニア大学のアンジェラ・リー・ダックワース教授は、学校の成績でも、社会に出てからの業績でも、知能指数よりも“やり抜く力”の方が影響が大きいという研究結果を発表しています。
そして、この“やり抜く力”は、この道を行けば、あの頂に達するのだと知ることで出てきます。
青少年の一人ひとりが、生きる目標も見つからず、欲求不満に陥って、持ち前のエネルギーをつまらない、あるいは良くない方向に発散させるよりも、各自がそれぞれの頂を目指し、それに向けた道を見つけて持ち前のエネルギーを発揮する。
そういう生き方を人物学習は可能とします。
それによって、一人ひとりの青少年が幸せな人生を歩み、また国家共同体も繁栄して幸福な国民生活を実現できるのです。
国民共同体の絆としての歴史物語
国民共同体の歴史物語は、ナショナリズムを強化するために作り出されてきたという批判はよくなされます。
例えば、教科書の歴史を論じた研究書でも、次のような指摘がなされています。
<世界各地で国民国家建設のため、ナショナルな意識の覚醒・統御を目的として、自らのネーションの政治・軍事的あるいは文化的な偉業や偉人を中心とした歴史理解が教育という回路を通じて意図的に伝達されてきたことについては、改めて指摘するまでもないだろう。
ここで見落としてならないのは、そのような歴史意識を民衆一般のものとするためには、それを分かりやすい形、たとえば「物語」で伝達しなければならず、また反対に、民衆がそれを欲してきたという点である。>
ナショナリズムとは、とかく自国の事ばかり考えて他国を省みず、好戦的、
侵略的になるとの先入観がありますが、ナチス・ドイツもソ連も、そして現在のロシアや中国も『ナショナリズム』ではなく、『帝国主義』だからこそ他民族への侵略と蹂躙も厭わないのです。
この点は、イスラエルの哲学者ヨラム・ハゾニーが著書『ナショナリズムの美徳』の中で、こう述べています。
<現実の生活におけるネイションは、相互の忠誠心の絆で結ばれた共同体であり、世代から次の世代へと伝統を伝えていくものだ。
彼らは共通の歴史的記憶、言語、文字、儀式、境界をもち、それを構成する者に対し、祖先との強い一体感と、来る世代が直面する運命への懸念を伝える。>
こうした共同体の中でこそ、人間は、
「集団的な健康と繁栄を追求する最大の自由を獲得する」
と、ハゾニーは述べています。
そして、このような個性ある共同体同士は、性格の異なる友人同士のように、互いの違いを認めつつ、友情を育て、助け合う事ができます。
共同体の中で国民を互いに結びつけるものこそ、歴史物語という絆です。
そして歴史物語を学ぶもっとも基本的な形が、その共同体をつくり支えた人物の生き様を学ぶこと、すなわち歴史人物学習なのです。
近年の我が国の青少年が、明日への希望をなくしているのは、戦後の歴史教育が、この歴史物語の力を見失っているからです。
したがって、まずは歴史人物学習を盛んにすることが、歴史物語に元気づけられる青少年を増やし、日本の未来を明るくするための出発点となります。
最後までお読み頂きまして有り難うございました。
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