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2020.8.6 安全な国土を子孫に残そう④

3000人近い小中学生が難を逃れた「釜石の奇跡」

立地や防潮堤などハード面ではなく、防災教育というソフト面で大勢の人命を守った事例もあります。

岩手県釜石市の3000人近い小中学生のほとんど全員が、津波の難を逃れた「釜石の奇跡」と呼ばれている事例です。

明治三陸大津波では当時、約6500人だった釜石町の人口のうち、実に約4000人もの命が失われました。

それでも現代の地元は無防備で、地震が発生し津波の避難勧告が出ても、それに従う人はほとんどいないという状況でした。

そこで、群馬大学大学院の片田敏孝教授は、学校での防災教育を十分にやれば、いずれその子供たちが親になったとき、地域に根付いていくだろうと考えました。

その教育が実って、2011年3月11日に東日本に大地震が襲うと、中学生たちは率先して隣の校舎の小学生たちを連れて避難所に向かいました。

小学生たちは校舎の3階に避難していましたが、日頃から中学生たちと一緒に避難する訓練を重ねていたので、一斉に校舎を飛び出し中学生について行き避難しました。

その後、校舎の3階には、津波に運ばれた車が突き刺さったほどなので、そのままそこにいたとしたら多くの犠牲者が出たかと思います。

東北地方には『津波てんでんこ』という言い伝えがあります。

津波が来たら、てんでんばらばらに逃げないと家族や地域が全滅してしまうという教訓です。

片田教授は、子供たちが親に
「いざという時は、僕は必ず逃げるから、お父さんやお母さんも必ず逃げてね」
と伝えるように教育していました。

東日本大震災では、釜石市全体では約1300人が亡くなりましたが、3000人の小中学生の親が亡くなったのは40人程度で、比率的にも非常に少なかったことが分かっています。

これは『津波てんでんこ』のような先祖の知恵が、防災教育を通じて子供たちから親にも伝わった成果とも言えます。

つづく…

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