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読書記録『ある行旅死亡人の物語』

数日前に読んだ本がすごく良かったので、紹介したいと思う。

積読チャンネルというYouTubeチャンネルで紹介されていて知った『ある行旅死亡人の物語』。

まず「行旅死亡人」という聞き慣れない言葉が、目を引く。文字からなんとなく推察できるが、かつては、旅先で倒れた人=行旅死亡人から転じ、今では身元不明の死者全般を指す言葉である。

行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは、日本において、行旅中死亡し引き取り手が存在しない死者を指す言葉で、行き倒れている人の身分を表す法律上の呼称でもある。また、本人の氏名または本籍地・住所などが判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者も行旅死亡人と見なす。

Wikipediaより引用

行旅死亡人は身元不明のため、官報で発見時の情報や特徴、遺骨の保管場所などが公表されていて、誰でも情報を見ることができる。

その中で、3400万円もの現金を持ちながら孤独死した女性の情報を、共同通信社の記者が見つけるところから、物語は始まる。

まず驚くのはノンフィクションである、というところだ。3400万円の現金、右手指全欠損、星型マークのペンダント、誰も見たことがない夫と思しき人のの存在、珍しい名字の印鑑…、といったミステリー小説の設定としか思えない謎を残して、孤独死した「千津子さん」。

探偵や警察が調査しても辿り着けなかった千津子さんの正体に、記者である二人が迫っていくストーリー。

一人暮らしで、住民票もなかった千津子さんは、身元不明の死者として処理されてしまうが、前述の通り、多額の現金を持って亡くなった点に着目した記者が地道な調査を行なって謎の解明に取り組んでいく。

大家や地元のスーパーやお店の人に聞いても、目撃情報すらほとんど出てこず、難航を極める調査だったが、部屋に残されていた「沖宗」という、全国に100人程度と言われる珍しい名字の印鑑をきっかけに調査を始めたことで大きく進展するーー

⚠️ここから多少内容のネタバレ含むので、これから本を読む方はご注意ください

内容は本で読んでもらいたいので、紹介はここまでにして、ここからは感想を書いていきたいと思う。

この本の面白いところは、一人の「死者」から始まる物語、であるのに、調査・取材を手助けしてくれる人の温かさ、そして記者二人の執念、という「生きている人の想い」をひしひしと感じる作品である点だ。

「身元不明で孤独死した人の、身元を探しているんです」と言われたら、ちょっと協力したくなる気持ちにもなる。

広島では、次々と出てくる千津子さんの関係者を繋いでもらったり、入り組んだ道を案内してもらったり、沖宗家の家系図を作っている人に協力してもらったりと、これらの協力者がいなければ、辿り着いてない結果だと思う。

「死者が人を繋ぐ」という矛盾めいたようなことが起きて、結果、この本という形になった点も面白い。

そして、死者の生前の姿を追うことで、「生きるとは」を非常に考えさせられた。

取材の中で何度か、千津子さんの重要な関係者と思われる人が「数ヶ月前に亡くなった」という話が出てくる。

千津子さんも高齢で亡くなっていることから、同世代の人たちが亡くなることは仕方ないことではあるが、その中で生きている関係者に取材ができたことで、「行旅死亡人の千津子さん」から、「沖宗千津子さん」を追う取材に変わっていった。

最終的には、千津子さんの地元の同級生であった川岡さんに取材することができ、少女時代の千津子さんとのエピソードを聞くに至っている。しかし、記事のリリース少し前に川岡さんは亡くなっており、ギリギリのタイミングで話を聞けていたということだ。

生きているうちに直接話を聞けたことで、少女時代の千津子さん、という川岡さんしか知り得ないエピソードを読者である私自身も触れることができた。

同じ時代に生きて、会話ができることが、こんなに奇跡的なことなんだと気付かされる話でもあった。本の最後に、千津子さんとの話をあんなに元気に話してくれた川岡さんが亡くなったことを知って、最後少し涙が出てきてしまった。

生きて、何かを語る。
それだけで、価値があることなんだと思えた。

そして、あれだけ痕跡を残さずに生きていた千津子さんも、働いていた会社でも賞与の履歴などが調査の中で出てくるシーンがある。

生きる限り「生きていた証」は残るもので、人が一人生きれば、この世に何か爪痕が残る。それは別に大きいことである必要ではなく、人が一人生きて、生きた証を残すだけで、価値があることだと思った。

千津子さんは、住民票も持たず、息を潜めるようにひっそりと生きて、住んでいたアパートで孤独死した。夫や子供がいたのではないか?という話も本の中で出てくるが、真相はわからないまま終わってしまう。

ただの「孤独死した高齢者」だったはずが、本を読み終えると「とても綺麗な人だった、沖宗千津子さん」になり、前から知っていた人の人生を追っているかのような読後感だった。

最期はどんな気持ちだったんだろうか、
なぜ正体を隠して生きていたんだろうか、
新たな家族や大切な人はいたのだろうか、
…など、色々と思いを馳せる部分はある。

だけど、千津子さんはもうこの世にはいないし、分からない。だからあとは、千津子さん本人が「幸せな人生だった」と思っていたらいいな、と、なんの関係もない立場ではあるが、そう願う。

本は実用書などを読むことが多いため、こういったノンフィクションは普段あまり読まない部類だ。この本は最後までわかりきらない部分や謎が残ったままの部分があり、モヤモヤする人もいるかもしれないが、それが人間であり、人生である、とも思った。

生きることについて非常に考えさせられるし、単純に謎が解けていくのが面白いので、未読の方は、ぜひ一度読んでみてほしい。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

salar

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