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火の玉の如く7(小説)

あれから数ヶ月が経った。
俺は猛練習を重ねていた。選手やコーチ、スタッフの皆さんとも打ち解け順調に日々を重ねていた。

今日は休みの日だ。俺は昔から馴染みの喫茶店に向かった。マスターとはボクシングの時から親しくしている。喫茶店のドアをあける、ガランゴロンとベルが鳴る。

「やあ、上山くん久しぶり。元気そうじゃない、よかったよ!」

「ご無沙汰してます。ちょっといろいろありまして」

俺がそういうとマスターはミルクティーを入れてくれた。あたたかいカップを手で包むと心までぬくもるようだ。

「上山くん、聞いたよ。今,サッカーしてるんだってね。しかもあの秋山譲治が監督のクリムゾンウォーリアズだっていうじゃない。柴田さんも安心してたよ」

柴田さんというのは俺がボクシングをしていた時の会長でコーチだ。あのオッサン、マスターは褒めてるけど、そんなに凄いのか?
俺はマスターに聞いた。

「オッサ、いや秋山譲治ってそんなに凄かったんですか?」

「すごいすごい!現役の時は日本だけでなく欧州でも活躍してね、"疾風のサムライ"って呼ばれた名選手だよ」

へぇー、あのオッサンが"疾風のサムライ"ね。なんでもかんでも日本人なら"サムライ"って、つけりゃいいってもんじゃないぜ。
しかし、そんな風に言われるとなるとすげー選手なのは間違いない。

「上山くん、あの秋山譲治に鍛えてもらうんだ。本当に良かったよ」

マスターはそう言ってニコニコしている。ボクシングの会長も安心しているならよかった。とにかく、あとは俺が"疾風のサムライ"をアッと言わせてやるだけだな。

俺がそんなことを考えているとドアが開いた。相変わらずデカい音でベルが鳴る。

「よう。上山じゃないか。なんだお前もここの喫茶店知っていたのか?」

「あ、立石さん。足立さんも」

俺はそういうと頭を下げた。2人ともチームメイトで、もちろん先輩だ。

「上山、監督はお前に期待しているぞ。頑張れよ」

立石さんの言葉に俺は思わずミルクティーを、ブッー吐いてしまった。

「汚い奴だな。監督は期待している奴しか、しごかない。というより、指導しない」

ええ?俺を指導?俺はただ蹴られたりして走ってばっかりだったぜ。本当に指導しているのか?

「ハハハ。まあ、そのうちわかるさ。ウチの監督はひねくれてるからな」

足立さんがそう言った。2人はまた笑い始めた。オッサンが凄い選手なのはわかった。
しかし、あんな指導で本当に上手くなるのか?
そう思っているとまたドアが開いた。
真由さんだ。

「あっ、上山くん、やっぱりここにいた。監督に聞いたら、ここだっていうから。ねえ、スパイクはもう一足いるでしょ?今日はお休みだし一緒に買いに行って、帰りにどこか寄らない?」

「ひゅー。真由は上山にぞっこんか。俺たちは邪魔みたいだな。上山、じゃあな」

そういうと立石さんと足立さんはお金を支払い帰っていった。

「ほら、スパイクは必需品でしょう?行くわよ」

「スパイクなら俺1人で買いにいけますよ。今日はゆっくりしたいんスよ」

真由さんが俺の腕を強引に掴み連れていこうとする時、またドアが開いた。

「あ、蓮くん……その人は?」

ほのかさんだ。ほのかさんは何の用だ。

「ほのかさん、なんか用事ですか?」

俺がそういうとほのかさんは横を向いた。横を向いたまま、ほのかさんが言った。

「今日はお休みだから父が蓮くんに、何か栄養のあるものをご馳走してやれって……でも蓮くん行くとこあるのね。ごめんね」

そういうとほのかさんはそのまま走り去っていこうとした。俺はほのかさんの腕を握って、笑顔で言った。

「俺、今日は暇ですよ。何食わせてくれるんですか?オッサンにしごかれてクタクタなんスよ。なんか栄養あるもん食いに行きましょう」

すると真由さんがほのかさんの腕を握っている俺の手を払った。

「何?あなた。ほのかさんっていうの。父ってまさか監督?だったら監督に言っておいてください。私はトレーナーとして責任持って上山くんのスパイクを買って、栄養あるものを食べさせます」

ほのかさんは黙ってしまった。真由さんはほのかさんを睨みつけている。

俺は2人の手を握って言った。

「まあまあ、せっかくですから3人で行きましょう。そのほうが楽しいですよ。あ、俺、マスターにお茶代渡しに行きますから、待っててください」

そう言って俺は喫茶店のお勘定を払い2人と出かけた。真由さんは横を向いたままだ。ほのかさんはうつむいている。気まずい雰囲気のまま買い物と食事に俺たちは出かけた。

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