マガジンのカバー画像

短編小説

14
読み物。君と僕の日々の物語。 どこからでもいけますが、古い方から順番がおすすめです。
運営しているクリエイター

2023年5月の記事一覧

『林間学校の夜の話(後編)』

「先生ー、星座早見表の見方が  わかりませーん。」 「理科の先生に聞いてー。」 「北は?北どっちよ。」 すぐそばにいるはずの、クラスメイト達の笑い声が遠い。 君は右隣りで、ごろんと橫になった。 「星ねー。昨日は流れ星見えて  盛り上がったけど。」 言い終えて、ミニ羊羹のビニールを咥えている。 「もう見飽きた?  今夜で見納めだよ。」 私も空になった水筒の蓋を橫に置いて、 体育座りのまま、背中をブルーシートに預けた。 視界いっぱいの星空を眺める。 「星の光って、結

『林間学校の夜の話(前編)』

「今、虫刺されの薬持ってるの誰ー?」 「あっ、私!こっちー!」 満天の星空の下。 クラス毎に敷かれた大きなブルーシートに腰掛けたまま、 痒み止めのチューブを右手に掲げ、返事をする。 「貸してー、思いっきしやられたわ。」 「大丈夫?  …うわぁ、ぷっくりなってる。」 爪でばつ印をして堪えた跡が見て取れて、 こちらも思わず身震いしてしまう。 「てか、話すの久々じゃん?」 「そうだねー。基本、班行動だったもんね。」 薬を塗りながら、君が右隣りに腰掛けてきた。 「お前の

『ストレス』

「鉛筆置いてー。答案集めてー。」 チャイムと同時に、 安堵と不安のため息と 筆記用具の転がる音が広がる。 中間2日目、残り1教科。 ピリピリとした教室に、 疲れが見え始めた10分休み。 「あー!あそこ"Be careful"だ!  絶対間違えた!」 いつも明るいあいつが頭を抱えて嘆くと、 周りの席で何人かが笑い声をあげていた。 「テストもうやだー!ストレスフル!  ふるふるふるふる ストレスフル!」 「お前どうせ、ストレスフルも  書けないだろー。」 「うるせー!」

『連休最終日の話』

暑さを先取りした空気が、少しだけ和らいできた午後4時過ぎ。 買い物を済ませた私は、西日に向かって、自転車をこいでいた。 (明日からまた学校かー。面倒くさいなー。) チラッと浮かんだ"中間テスト"という単語を無視する為に、足を少し強めに動かす。 速度が上がりかけのまま、なんとなく通りを1本入る。 あまり来たことのない公園の前に差し掛かったあたりで、前方に、大荷物で手を振る人影が現れた。 「おーい。」 「あー、お疲れー。」 重たそうな部活道具を引っ提げた君が、少し目を細め

『星占いの話』

「今朝の占い、最下位だったんだよねー。  案の定、数学の小テストはあるし、  英語は当たるし…」 黒板の日直を書き直した君が、愚痴をこぼしながら、一つ前の席の椅子を引き、向かい合わせで腰をかけてきた。 「あの占い、結構当たってるよね。」 私はシャープペンの芯を、カチカチと送り出しながら、日誌を描きつつ、ちらりと君の手を見る。 丸い爪の、少し硬そうな日焼け色の手。 書く手を止めて、そばに自分の手を置いてみる。 (そんなに大きくない…のかな。) それ以上、顔を上げる勇気

『遠くて近い旧校舎の話』

朝練が終わり、先輩達が引き上げていくのを見送ってから、ようやく私達はそれぞれの教室へ向かうことができる。 "しきたり"とは、実に不可解且つ不便なものだと思う。 これを"伝統"とは呼びたくないなと、心の中でへの字口をしながら、 「あと10分だ!急ごっ!」 「あー、朝自習配るの遅れるー怒られるー」 「まだ間に合うよー、そっちのクラス近いじゃん!」 「ちょっと!シューズの袋、うちのカバンに  引っかかってる!と、取ってー!」 それぞれの事情がこぼれ落ちるのを耳にしつつ、体育館

『クラス替えの日の出来事』

仲の良い部活仲間と同じクラスになれはしたものの、いざ教室で席に着くと、話したことのない面々に囲まれた、番号順の窮屈な並びに、不安が募っていった。 すぐ前の子は…確か小学校が一緒だったかな。 右隣はずっと本読んでるし…後ろの子は、なんだろう?何か書き物をしている。 左隣は…机に突っ伏したまま寝ていて、顔もわからない。 (気まず過ぎる〜…今日はもうホームルームだけだし、私も何か書いてるふりしとこっと。) セカバンからデニム地の大きなペンケースを取り出し、配られたばかりの連絡

『ある冬の夜の話』

"今電話してもいい?" マナーモードの携帯が短く震える。 "部屋に戻るからちょっと待って" 手短かに返したメールに、すぐ返信が来た。 "10秒待つ!" 「なんじゃそりゃ。」 と、一人でツッコミを入れながら、部屋に戻り、大きめのビーズクッションにもたれかかる。 マナーモードを解除した丁度良いタイミングで、お気に入りのバンドの新曲が携帯から鳴り始めた。 今日登録したばかりの着メロを、少し長めに聴いてから、通話ボタンを押す。 「10秒以上経ってるよー?」 「違う違う、

『四月の朝の出来事』

朝の自主練。 いびつな五角形の校庭を、フェンスに沿って走る。 バックネット、サッカーゴール、テニスコートと、次々と移り変わる見慣れた景色。 それぞれの掛け声に、排水溝の蓋の上を走る自分の足音が重なる。 ガタリ、ゴトリ。 ガタンッ。 不意に後ろからかぶさる音と声。 「おはよ。」 はずむ息と跳ねた鼓動を抑えながら、私は斜め後ろを向き、返事をする。 「おはよ。」 汗ばんだ頬に張り付く髪を直す頃には、声の主はもう真隣だ。 「今日暑いよね。」 「ねー。汗凄いわぁ。」 「

『青い青い遠い春』

頬に触れた、少しかかさついた手のひら。 その手の指が、そっと髪を耳にかけてくれた。 自分とは違う体温を感じる。少し怖い。 様子を伺うように覗き込む瞳は、私の気持ちを見透かしているようで、こちらの呼吸に合わせるように、優しく、ゆっくりと瞬きをした。 「怖い?」 その問いかけに、温もりを感じて安心する。 でも、私の身体は反射的に強張っている。自分でもそれはわかっていた。 なんとか口元に笑みを浮かべながら、私は答えた。 「怖くないよ。」 あなたは少し視線を下に向けて、寂しそう