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『連休最終日の話』
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暑さを先取りした空気が、少しだけ和らいできた午後4時過ぎ。
買い物を済ませた私は、西日に向かって、自転車をこいでいた。
(明日からまた学校かー。面倒くさいなー。)
チラッと浮かんだ"中間テスト"という単語を無視する為に、足を少し強めに動かす。
速度が上がりかけのまま、なんとなく通りを1本入る。
あまり来たことのない公園の前に差し掛かったあたりで、前方に、大荷物で手を振る人影が現れた。
「おーい。」
「あー、お疲れー。」
重たそうな部活道具を引っ提げた君が、少し目を細めて、すぐにパッと見開いた。
「あ!眼鏡じゃん!」
駆け寄りながら自転車の前方に立ち塞がられたので、慌ててブレーキを握る。が、間に合わずに衝突した感覚が、全身に伝わった。
「ごめん!いやいや、危ないって!」
「お前ブレーキ遅いよ…運動部ならそこはピシッと止まれるもんだろ…。その眼鏡は節穴か。」
「これ、さっきあそこのホムセンで買ったサングラスやもん。300円。」
「柄がおばちゃんぽくね?」
「えー、可愛いじゃん。」
透明なサングラス越し、なんだか気恥ずかしさもあって、少し不満気に目を逸らしてしまった。
「うちの部屋、西日眩しいから試しに…って、聞いてないでしょ。」
君はいつものように、物色を始めていた。
「この苗は?」
「ミニヒマワリ。98円。」
「いや、値段はいいから。家で育てんの?」
「ううん、教室のベランダでやろうかなって。
あの担任なら、たぶんいいよって言うだろうし。」
「調理実習のにんじんの葉っぱと、
アスパラ伸びたやつもOKしちゃうくらいだもんな。」
「あれいけるなら花もいけるかなと。
私、こういうの育てるの、好きなんですわ。」
「わかるー、お前そういうの好きそうだもん。」
一瞬、返す言葉に詰まる。
なんとなく口元を隠して、乾いた唇を舐めてしまった。
「うちのクラスのベランダ、めちゃくちゃ植木鉢だけ
置いてあったもんなー。古のゴミというか。」
「ね、あれなんなんだろうね。」
君は気にせずに、話を続けてくれたので助かった。
「こっちは何買ってきたの?
え、これネジ?長くね?」
「あ、これはお父さんからついでに頼まれたやつで…
仕事のかと。」
「何に使うんだろこれ…」
「わかんないけど…どこかの工事だよね。」
ゴールの見えない会話のキャッチボールがひと段落し、そろそろ別れたほうが良い頃合いかと、右のペダルに足を乗せた。
そんな空気を察したかのように、君はずいっと、ハンドルを持つ私の右手首のあたりを掴む。
「ねぇ、こないだ話してたラーメン屋行かない?」
「え?!今から?」
「うん、僕めっちゃお腹空いてんだよね。」
「家近いんだったら帰ったほうが…。」
「いーのいーの。もうこってり醤油ラーメンの
口になってしまったん。はい、これ頼むね。」
自転車のサドルから立ち上がらせられた私は、大きめのスポーツバッグを肩にかけられてしまう。
テキパキと残りの荷物が、前カゴに押し込められていく。
「おっと。ヒマワリくんは大事にせねば。」
君は呟きながら、荷物が当たらないように、か弱い茎が顔を覗かせている袋を、カゴの隅に丁寧に移動してくれた。
「ふふっ、君のそういうところ、
優しいなって思うよ。」
ぽろっと出てしまった言葉に、照れ隠しをする間もなく、君はサドルに腰掛け、返事をくれた。
「そんなん、お前の方が優しいだろ。
僕にも、周りにも。」
褒められた…のだろうか。
だめだ、視線が外せない。
鼻の奥がツンッときて、目の周りが少しじんじんしている。
君はこちらを見たまま、帽子のつばをくいっと後ろ側にまわす。
「ほれ、間抜けヅラしてないで、早く後ろ乗って。」
我に返り、念を押す。
「ほ、ほんとに行くの?
夕ご飯入らなくなっちゃうよ?」
そう言いながらも、後輪の真ん中の金具に足を掛けている自分がいた。
「ヨユーで入るだろ。
ちゃんと掴まってねー。」
「う、うんっ!」
出だしこそ少しぐらついたものの、自転車は重々しくも風を切り始める。
「あ、今僕、めっちゃ汗くさいから!
ざまあみろ〜さっき轢かれたお返し!」
ケラケラ笑う声につられて、こちらも笑いながら、
「汗より制汗剤くさい!やりすぎ!」
気持ち、君の右耳のそばに近寄って返事をする。
ビクッと肩が震え、バランスを崩したハンドルが、大きく左に揺れた。
「おい!くすぐったいから!今はやめれ!」
自転車の揺れに加えて、細やかな秘密を得た喜びに、自分の鼓動がより大きく感じられた。
「わかったわかった!もうやらんからー!
まっすぐ走ってー!」
「あー、もう!あー腹減ったー!」
やけくそ気味な弱々しい君の雄叫びに、再び笑い声が溢れてきた。
背中に当たる西日が熱い。
君の肩を握る両手も、じんわり熱を帯びている。
(制汗剤、同じの使ってるのかな…)
君の赤い耳のふちを見つめながら、ぼんやり考える。
道の向こうに、店の看板が見えてきた。
もう少し、もう少しだけ。
君と繋がる手のひらと指先に、
ほんの少しだけ力を入れた。
#短編小説 #イラスト #散文
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