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短編小説『じいちゃんの言葉』#夏ピリカグランプリ応募作品

 夕焼けを見るとじいちゃんを思い出す。もうずいぶん昔のことになるが、オレはじいちゃんと毎日のように川沿いの道を散歩した。昼間だとキラキラ光る水面みなもも夕方には輝きを落とし、西の空に大きな赤い太陽が見えた。ビル越しに沈んでいく太陽が空をオレンジや赤に染め上げた。
「タカヒコ、ほら、見てみろ。きれいな夕焼けだ」
「明日もいい天気になるね」
「そうだな。夕焼けはな、どこかで誰かが笑ってるから出るんだぞ」
 当時オレは小学校に入ったばかりだったか。じいちゃんの言うことはよく分からなかったし、おかしなことを言うと思った。そりゃ、誰か一人ぐらいは笑ってるだろうさ。でも夕焼けで誰かの笑顔が浮かんでくることは、悪いことじゃないと今では思う。
「じゃあ、雨の日は誰かが泣いてるの? なんかイヤだな」
 じいちゃんはオレの頭をポンポンと軽く叩いて笑った。
「じいちゃんもそれはイヤだな。でもその後で夕焼けが出たら、その誰かにも何かいいことがあったと思えばいい」
 じいちゃん、それは甘いよ。ガキのオレはそんなものかと思ったけど、大人になって現実の雨とは違って止まない雨があることを知ったよ。でもさ、じいちゃん。オレにもいつか夕焼けが出ると信じてるよ。
 何年か後、じいちゃんはこんなことを言った。
「タカヒコ、空は何だと思う?」
「えっ? 空?」
 当時オレは6年生ぐらいだったと思う。少し大きくなっていたから、こういう質問をしてきたんだと思うけど、じいちゃん、今のオレにも明確に答える自信はないよ。
「星か何かかな」
言いながら、それは違うと自分でも分かっていた。空と星が同じであるはずがない。ところがじいちゃんの言葉は、オレの想像とはまるで違ったものだった。
「空はな、人を映す鏡だ」
 鏡? 言われてみればそんな風に見えなくもない。でも一体どんな風に映るんだろう?
「晴れた日は気分がいいだろう。でもな、青い空に悲しみを感じる人もいる。同じ青空なのに、人によって違って見えるんだな。同じ人でもその時の心のありようで変わるもんだ。今は難しいだろう。でもいつか、お前も分かる時がくるぞ。残念ながらその時じいちゃんはいないだろうがな」
 そう言ってじいちゃんは豪快に笑い、オレの頭をゴシゴシとなでた。大きくて皺だらけで、硬い手の感触は今も覚えている。
「大きくなったな」
 同じくらいの背になったオレを見て、じいちゃんは目を細めた。
 二年後、じいちゃんは亡くなった。それから数十年が経ち、言葉の意味も分かってきたようだ。青い空が悲しく見えたことも一度や二度ではない。じいちゃんの言葉に嘘はなかった。
 生きていればしんどいこともある。だからオレは時折、晴れた日に空の鏡を見上げている。涙が出そうになれば、自分を見失いかけている証拠だ。
 今日の夕焼けは、とてもきれいだった。
 きっとどこかで誰かが笑ってる。
 そうだよね、じいちゃん。
                       (本文1192文字)

ベンジャミン・ウィリアムズ・リーダー『夕暮れ』
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夏ピリカグランプリに応募させていただきました。
ピリカ様、素敵な企画をありがとうございます。

応募作と同じテーマ、文字数で別の話も書いています。
よろしければこちらからどうぞ!
ちょっとダークな話です。


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