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リアル体験(2) 廃病棟

 前回のトンネルの話から数カ月後のこと、今度は別の友だちが心霊スポットの情報を仕入れてきた。
こちらも心霊スポットとしては定番の「廃病院」だ。とは言え正確には「廃病棟」になる。
聞いた話ではかつて「国を滅ぼす病」とまで呼ばれた結核の隔離病棟だったらしい。
「病棟」と言っても古い時代のものらしく、見た目は腐ちかけた古民家と変わらない。
病院自体は現在も続いていて、高校の時には交通事故で入院した友達のお見舞いにも行ったことがある。
現行の病棟もすでに古臭くなってきてはいるものの、一般的な病院と大差のない無機質な建物だった。
ただ今でも山の中にある病院だから、高校生当時は自転車で病院までお見舞いに行くのになかなかの苦労をしたのを覚えている。

 新しく建てられた病棟ですら、すでに何十年と言うの歴史を刻んでいるというのに、それよりも遥かに古く、腐ちかけてボロボロになった病棟が取り壊されることなく残っている。
それは取り壊そうとすると良くないことが起きてしまって取り壊せずにいるからだ…と噂されていたが真相のほどはわからない。
それでもボロボロになった古い病棟は有刺鉄線の金網に囲まれ、手入れもされていない背の高い雑草に囲まれて、微妙に傾いた瓦屋根を遠くから覗かせて確かに存在していたのだった。

 その廃病棟の噂を仕入れてきた友達の「仕入元」は前回のお話で、山奥の心霊スポットであるトンネルに夜中に原付きで特攻し、隣接した古い神社へと向かう石段を途中まで攻略したという猛者から聞いてきた話らしく、この廃病棟にもすでに特攻済みなのだと言う。
廃病棟をぐるりと囲う金網のどこか、雑草で隠れた部分に人ひとりが通れるくらいの穴が開けられていて、そこから中に入れると言うのだ。
 雑草をかき分けて病棟にたどり着くと、それは広い縁側のある古い日本家屋と行った感じで、建物の中に入っても病棟といった雰囲気はあまり感じなかったらしいが、部屋の中には薬品棚や小さな小瓶が残されていたり、注射器やハサミのようなものが転がっていたのだという。
そして…あろうことかその猛者たちは、その廃病棟にあった注射器だかカルテだかを戦利品として持ち帰ってきてしまったらしい。
 するとその翌日、番号非表示の電話が彼らを襲う…
電話番号が非通知の着信であれば携帯には「非通知」と表示されるはずなのに、その着信には何も表示されていなかったらしい。
思い切ってその電話に出てみると、かぼそい女の人の声で「持って行ったものを返してほしい」と伝えられたとか……
さすがにビビった彼らはすぐにまた廃病院まで駆けつけると、金網の外からそれらの戦利品を投げ込んだらしく、それ以降は何事もなく日常に帰ってこられたのだとか。

 さすがにこの辺のエピソードは眉唾ものだとは思うのだけど、廃病棟そのものが謎に残されているという事実は揺るぎない。
そんなわけで時間だけは余りある大学生だった俺達は、夜の廃病棟へとドライブに出かけたのだった。
地元の市街地からは30分程度。現存している病院なんだから当たり前なのだけど、驚くほど日常と隣り合わせな距離にある心霊スポットである。
主要道路から山道に入るとすぐに、道は細くてくねくねと…
病院へ続く道にしては険しいものの、普段から使用されている道だから街灯もあって不穏な雰囲気がただよっていたりするわけでもない。
病院へ向かう分岐をはずれて山の方へ入っていくと坂道はさらに険しくなるものの、病院の裏手へと回り込むだけなので目的地はすぐ近くである。
その道は別の施設への通用道でもあって、夜の時間帯は閉門していて行き止まりの状態になっている。
門のところには街灯もあって明るくなっているから、何も知らなければそこが心霊スポットになっているなんて思う人は少ないんじゃないだろうか。
しかしそこに車を止めて金網で隔たれた藪の中を覗き見てみると、数十メートル奥の方に古びた瓦屋根がひっそりと佇んでいるのだ。

 とは言え、初めてそこを訪れる自分たちはそんなことはつゆ知らず、おっかなびっくりに山道の中を進んでいく。
坂道を抜けてカーブを曲がると行き止まりのゲートが見えてきたのだが、予想外の恐怖体験に緊張が走った。
ゲートのすみ、例の廃病棟を取り囲んでいる金網の脇にはすでに別の車が止まっていたのである。
要は自分たちよりも先に先客が来ていたというわけである。
しかもそれは最近ではドラマとか「◯が如く」とかでしか見ないような黒塗りの高級セダン……
窓ガラスにはしっかりと真っ黒なスモークフィルムが貼られていたが、後部座席のドアは半開きのままで、そこからは派手な色のミニスカートのドレスから伸びた白い足が覗いていた。
 その時点で自分たちは日常では感じることのない危険信号を察知し、ゲートの前の空間で一秒でも早く車を引き返せるようにギリギリを攻めたハンドルさばきで車を止めると、ほぼほぼ車を停車させることなく踵を返して来た道を引き返したのだった。
今思い返しても一秒の無駄もない素早いUターンだったと思うのだが、最大レベルに引き上げられた警戒心のアンテナには、ゆっくりと開く反対側の後部座席のドアと、その中からこちらを睨みながら車を降りてくる強面のおっさんのスキンヘッドが焼き付けられている。

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