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【短編小説】タオルの涙

 あわただしく帰宅したこの部屋のご主人様は、小さなバッグをソファに投げ出すと、僕らが収まっている桐の箱をあけた。その瞬間、僕の目の前に一面の白い光があふれた。

「あっ、タオルだ! かわいい」

 この部屋の住人と思われるご主人様は、桐の箱に入った僕らを見て喜んでいる。暗い桐の箱で過ごしていた僕には、蛍光灯の白い光がとてもまぶしい。

「なに? 結婚式の引き出物?」

 おしゃれなワンピースを着たままのご主人様に男性が声をかけた。その足で僕らをのぞきにくる。

「そう、バイト先の菜々ななさんの結婚式でもらってきたの。菜々さん、すごくきれいだったよ~」

「へー、俺たちはいつにしようか」

「なに言ってんのよ、もー」

 男性はご主人様の彼氏のようだ。熱々カップルのようでうらやましい。


 いや。

 うらやましくなんかない。

 だって僕のとなりにも、ずっと片想いしてきたさくらちゃんがいるのだから。


 僕はタオルとしてこの世に生をうけた。

 出身地は、タオル業界では名門らしい今治いまばりという所だから、言ってみれば「いいとこの子」だ。

 その場所で、僕は葉っぱ模様が一面に描かれた淡い緑色のタオルになった。フェイスタオルと呼ばれている縦長の、ごく一般的な普通のサイズだ。

 そして僕と一緒の桐箱に入ってこの家に運ばれてきたのが、僕の片想いの相手、桜ちゃんだ。

 その名の通り、彼女は全身桜の花模様をあしらった淡いピンク色のタオルだ。彼女は物静かでおしとやかで、とてもかわいい。

 工場で桐の箱に二枚セットで振り分けられるとき、僕はこれ以上ないというくらい祈った。彼女と同じ箱に入ってペアになりたかったのだ。その祈りが天に届いたのか、いま、僕のとなりには桜ちゃんがいる。

 ご主人様は僕と桜ちゃんを桐箱から取り出し、さっそく洗濯機に放り込んだ。洗濯槽には、この家にもとから居たらしい真っ白い無地のタオルさんなどがすでに放り込まれていた。

「おや、新入りかい」
「はい! 今日からお世話になります」

 僕と桜ちゃんは、ベテランの皆さんとあいさつを交わして腰を落ち着けた。

「洗濯機初めてでしょ? 目、まわるよ。気をつけて」

 親切な青い水玉模様のバスタオルさんが声をかけてくれた。

 液体洗剤と柔軟剤が投入されて、僕たちはグルグルとまわりはじめた。慣れないからか、バスタオルさんの注意喚起どおりに目がまわった。

 洗濯が終わり、僕らは室内で部屋干しされた。ありがたいことに、僕と桜ちゃんは干される時もとなり同士だった。

「早く水分を飛ばしたいから」と、春なのに扇風機がまわされる。僕も桜ちゃんも、やわらかな風に吹かれてゆらゆら揺れた。

 翌日、乾いた僕らはタンスの中にとなり同士で片付けられた。嬉しかった。

 それからも僕らは常にセットで使われ、一緒に洗濯された。

 僕は彼氏さん用、桜ちゃんはご主人様用だ。最近になってわかったが、ご主人様と彼氏さんは同棲しているらしい。二人の幸せそうな様子を見ていると僕も嬉しくなった。

 柔軟剤が同じだから、ご主人様カップルは二人揃って同じ香りで包まれ、僕と桜ちゃんも同じフローラルの香りで包まれていた。桜ちゃんにはフローラルの香りがとてもよく似合う。

 ご主人様は、ふだんは服飾系の専門学校に通っているらしく、突然の雨を心配して毎日部屋干しだった。だから扇風機で揺られる時に、僕は、どさくさにまぎれて桜ちゃんのほうに近づいたりして、時には手をつないでいるように体が触れ合う時もあった。桜ちゃんも、いつもうつむいているけど嬉しそうだった。

 僕らは、そんなふうに毎日をおだやかに過ごしていた。

 けれど、それから半年ほどがたったある日、唐突にご主人様が言った。

「くさい」
「え?」

 朝、洗顔して桜ちゃんで顔をふいたご主人様が顔をしかめた。

「どれ?」

 となりにいた彼氏さんも桜ちゃんの匂いをかぐ。

「このあいだ、濡れたままで何日も洗濯せずに放置してたからだろ」
「しょーがないじゃん、忙しかったんだから」

 ご主人様がねたように言う。

「とれるかなぁ、このにおい……」
「もう一回洗濯してみたら? それでもとれなければ雑巾ぞうきん行きだな」


 え?

 桜ちゃんが雑巾?

 突然の事態に僕は混乱した。
 それでもこれだけは分かった。

 桜ちゃんが雑巾なんて、そんなのダメだ。
 僕ら、離ればなれになっちゃうじゃないか。

 ご主人様の怠惰なおこないのせいで桜ちゃんが被害を受けたのに、雑巾だなんてひどすぎる!
 そんなの僕が許さない!!

 僕は怒りの感情を抱えたまま、桜ちゃんと一緒に洗濯機に放り込まれた。いつものように液体洗剤と柔軟剤が投入されて、僕らはたっぷりの水にひたされる。いつものようにグルグルまわる。洗濯機に慣れた僕は、もう目がまわらなくなっていた。僕は、なるべく桜ちゃんととなりでまわれるように気をつけながら、水流に身を任せた。

 これが僕と桜ちゃんの最後の水中ダンスになるのか……?

 僕は、水にまぎれてバレないだろうと思って、ちょっとだけ泣いた。

 顔拭き用に待機していた僕は、桐箱に入れられる時と同じように天に祈っていた。どうか桜ちゃんがフローラルの香りで包まれていますように、と。

「……やっぱり、におうね……」

 翌朝、顔を洗ったご主人様はすこし悲しそうに言った。桜ちゃんは、洗ってもにおいが落ちなかったようだ。

「雑巾にする……?」

 彼氏さんも悲しげにたずねる。

 ご主人様は黙って桜ちゃんを見つめていたが、数秒後に口をひらいた。

「……ショックだなぁ。このタオル結構気にいってたのに……。でもしょうがないね……」

 雑巾になるため、桜ちゃんは最後の洗濯機行きとなった。僕も彼氏さんが使ったので洗濯機に入れられ、本当に最後の、一緒の洗濯となった。ご主人様が、まわる僕らを長い間見つめていた。


 翌日、僕と桜ちゃんはご主人様の手の中にいた。

「ただいま」
「あ、おかえりー」

 彼氏さんが大学から帰ってきた。
 ご主人様は、今日は創立記念日で休校だったらしく、すわったまま彼氏さんを迎えた。

「あれ、なにやってんの?」
「じゃーん!! 見て見て!」

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