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【短編小説】100円の誇り

 僕の職場は大所帯だ。

 しっかりと数えたことはないけれど、同僚は数えきれないくらいいて、入れ替わりも激しい。勤務時間は朝10時から夜10時まで。よく考えたら休憩時間もない。いわゆるブラックな職場だ。

「おはよう」
「おう、おはよう」

 目覚めた僕の上と下には、僕と同じ赤色の装いの同僚たちがいる。

「重ねられるのキツいよな」
「一番下のヤツ大丈夫かな? おーい」
「朝から重労働だよな、まったく」

 僕の職場は、どこにでもあるような回転寿司店だ。
 僕は生まれた時からこの店の100円皿として働いている。

 その日の営業が終わると、僕らは食器洗浄機で丁寧に洗われて乾燥させられ、仲間と重ねられて夜を明かす。今日も2時間後には仕事開始だ。

「今日はどのネタとコンビ組むんだろうな」
「まぁ僕ら100円皿だもんな。よくてマグロの赤身とかサーモンかな」
「あーあ、一回でいいから大トロとか中トロ乗せてお客さんの前に出たいよなぁ。300円皿がうらやましいわ」

 そうなのだ。
 100円皿の僕らは、原価が安いネタの寿司を乗せられ日々お客さんの前に送り込まれている。お客さんは喜んで手に取ってくれるが、大トロや中トロを乗せた300円皿を手に取る時の笑顔は、僕ら100円皿に向けられるものとはまた違って本当に嬉しそうだ。

 少し離れた場所に重ねられている黒い装いの300円皿達は、僕らの会話を聞きながらバカにしたようにクスクス笑っている。

「100円皿は大変ね、毎日身をにして働いてて。私達は高級だから手に取るお客さんはセレブだけ」
「高級なネタだけだから、出番も少なめだしホワイトな職場よねー」

 そう言ってクスクス笑い続ける。

「あいつらバカにしやがってー」
「何がセレブだよ。ほんとのセレブは回らない寿司に行くんだからな!」「そうだそうだ!」

 僕らも言い返すが、やっぱり正直悔しい。底辺にいる僕だってたまにはドヤ顔で高級ネタを運びたい。

 そんなことを悶々もんもんと考えていると、この店で働く人間の店員がやってきた。

「あー、この皿はそろそろ廃棄だなぁ」
 僕の二枚上にいる塗装のハゲかけた皿を見ているようだ。
「では本日の業務終了後に廃棄で進めますね」
「そうだな。ハゲた皿なんか使ってたらあのワンマン女店長がうるさいもんな。この店はあの人の気分次第で急に方針が変わるからな」
「先輩、聞こえますよっ!」

 なんだか人間も色々と大変そうだ。

 陰口をたたきながら、使い古して店頭に出せなくなった皿を見極めて廃棄するかどうかを検討している。時々こんなふうに皿の身だしなみチェックの時間がやってくる。人間達は僕ら以外に積み重ねられている皿もチェックを進めていった。

「おい、大丈夫か? じいさん」

 僕の上にいる同僚が、その上にいる皿に声をかけた。
 その皿は、さっき人間が廃棄を決めた塗装のハゲかけた100円皿だ。

「あぁ、ワシもついにお役御免か……」
「じいさん、長い間お疲れさま。今日で卒業だな」

 じいさんの下にいる若手の僕らは、じいさんの長年の働きをねぎらった。するとじいさんがしみじみと語りだした。

「振り返れば……来る日も来る日もいろんなネタを乗せて客の前に出たのう。小さい子供が嬉しそうにたまごの寿司を食べるのを見るのがワシの一番の楽しみじゃった」
「……いい話だな」

 僕らは同意しながらじいさんの卒業を思ってしんみりしていた。

「じゃがなぁ……」
 じいさんがしばし沈黙した。

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