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【vol.7】出版社ころから代表 木瀬貴吉さん 「声なき声を本に、誰もが息できる社会を目指す」

2013年、出版取次を介さない出版社「ころから」を東京都北区赤羽に創業した木瀬貴吉さん。出版事業を始めるにあたり、ある本で出会ったのが「本は薬にも毒にもなる」という言葉。日本の出版社、書店にはその視点が欠けていると感じており、ころからでは声なき声を本で表現することで、誰もが息できる社会を目指している。5月から「いきする本だな」シリーズとして、人種的・性的差別など排外主義に抗う本を発行していく。

── 創業時から大量配本に頼らない「注文出荷制」を取られているのですね。

 創業から今年で足掛け9年。刊行点数は現在50冊で、年に5〜6冊ペースと決して多くないのですが、うちのやり方がこれまでの一般的な出版社と違うことに理由があります。これまで出版社のビジネスモデルとなってきたのは、極端に言うと、とにかくつくって、刷って、書店に配本して、売れたらラッキー、戻ってきたらアンラッキーという出版スタイル。編集者一人につき年10冊出して、たとえ全く売れない本があってもよいという考え方。

 新刊を出さないとその前に配本した分のお金がもらえないのが取次システムだからです。特に配本さえすれば一旦は入金される老舗や大手出版社にとって、よりメリットが大きい。なので、とにかくつくって、刷って、撒くという大量生産システムになってしまったのです。

──つくってさえいればお金は回るということなんですね。

 そうですが、ころからではそうした従来のつくり方を一切やりませんでした。「注文出荷制」といって、書店から発注がこない限り一冊も押し付けない。新刊が出る際も「新刊案内FAX」等を送って、発注してきたところにだけ、注文のあった数を納品します。

 逆にいうと、注文しないと一冊も入ってきません、ということなんです。創業時からこの方法でやっているので、本当につくりたい本しかつくる必要がないわけです。

 いわゆる〝ヘイト本〟、嫌韓・嫌中本がたくさん書店に並んだ時期がありました。あれも、とにかくつくって出版すれば、たとえ返品ばかりになってもお金は回る取次システムが背景にあると考えます。ヘイト本は、取材費0円・裏取りなし・ネットの情報だけでできるので。

 しかも訴訟されるリスクも0。たとえば、特定の団体を叩けば訴訟リスクが高まりますけど、ある国やその国の人全体を叩いている限りは訴訟リスクは0ですから、出版社の都合に良いことずくめで、だから蔓延したのだと思います。


──取次を介さずに書店が必要とする数だけを入れる…業界内では新しい形だと思いますが、認知度はいかがですか。

 2013年のころから創業前後から、取次を通さない出版社が本当にたくさんできていて、いわゆる〝一人出版社〟は現在数百社に上ると思います。書店を訪ねる営業活動はしていませんが、新刊案内や著者に関する情報などは、ころからが直取引している1500書店にはすべて同じタイミングで届けるようにしています。

 また、掛け率をすごく下げていて、一般的に書店の粗利22%のところを、ころからの本は約30〜32%の粗利があるので、ころからの本を売れば得しますよということを書店側にお伝えするようにしています。

 取次を通さない分、納品の送料はこちらで持つ必要があります。そうすると取次を回すよりも出版社の粗利は15%くらい低くなる。つまりうちはあまり儲からないけど、書店が少しでも儲かるならと。書店がなくなったら私たちは自動的に潰れますから、なんとかしてサスティナブルな出版業界にしていくためにも、押し付ける配本をしない・少しでも書店の粗利を増やすことを考えています。

──取次を通さない分、書店での注文の対応も早まりますか。

 書店で店頭にない本を注文すると、通常「2週間かかります」と回答されますが、うちの場合は早ければ翌日届きます。ただ書店からすると、直取引の出版社が大量にあったら、毎月の請求業務が膨大に増えますよね。なので、2004年に創業したトランスビューという出版社が窓口社になっていて、請求はトランスビューに送れば、約120社分の請求書を一本化できることになっています。

 返品も可能で、その120社分のを一つの箱に入れて、トランスビューに送ってもらえれば全部受けられます。そうやって書店の利便性を少しでも高めようとしていますが、取次とは違っていて、トランスビューとは〝協業〟しているという感覚です。

 現在約120社がトランスビューを介していますが、そのうち半分以上はおそらく2013年以降にできた出版社だと思います。この120社以外にも取次を通さない出版社がありますから、そうした出版社は、この10年で200〜300の単位でできていると聞きます。

──取次を通さない出版スタイルがここ10年くらいで浸透しはじめているのですね。

 ころからの『九月、東京の路上で〜1923年関東大震災 ジェノサイドの残響〜』(2014年刊行)が今8刷までいっているので、このシステムでもちゃんと売れるんだと示せたのは良かったです。

 5月からは、新シリーズ「いきする本だな」をスタートします。昨年5月のBlack Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)に何らかのレスポンスをできないだろうかとずっと考えていました。出版社にできることは本をつくること・売ること、だけなんですよね。黒人の男性が息ができないといって亡くなっていったことがブラック・ライブズ・マターのきっかけになっていて、〝誰もが息できるような社会〟になればと、年に2〜3冊ずつ「いきする本だな」シリーズで続けて出していこうと思っています。

 このシリーズの第1弾として、韓国の研究者兼アクティビストのホン・ソンスさんの本を翻訳出版します。日本も韓国も人種的差別撤廃条約を批准していますが、条約の中で国内法をつくるようにと書いているのに、どちらも国内法をまだつくっていないという同じ状況です。彼は条約を批准しているのだから、国内法が必須だと、ロビー活動や講演などでも発信している。『ヘイトをとめるレッスン』というタイトルで、ヘイトスピーチに関する入門、ヘイトスピーチとは何かから始まって、なぜ法律が必要なのかまでがかなり平易な言葉で書かれています。


──「いきする本だな」シリーズはノンフィクション以外もあるのですか。

 「息する」というテーマを軸に、ノンフィクション、小説、漫画など表現のジャンルは決めずに展開していきたいと思っています。現在4冊目くらいまですでに進んでいるものがあって、日本に暮らす黒人男性のバイエ・マクニールさんが、日々日本で感じる小さな無意識の差別(マイクロ・アグレッション)について感じたことを綴ったエッセー集を翻訳して出します。

 ほかにも、2019年に香港で出版されたアジアの性的マイノリティ作家たちの短編小説を集めた本も、現在の日本のゲイやレズビアンをめぐる認識不足を補うためにも、「息する」ことにつながっていくと考えます。香港は苦しい状況下で、こうした本が香港の出版社から出ていることも同時に伝えられたらと。

 もう一冊は、アメリカのエイジズム(年齢差別)が日本と同様にきついという現実を伝えるノンフィクション。若いことに価値を置かれる…女性の作者というのも関係しているのかもしれないですけど、エイジズムは対岸の火事でもないし、自分たちが無責任なわけでもない。黒人男性を死に至らしめたのは1人の警官かもしれないですけど、そこを支えているのが何なのかを示していきたい。こうした出版物から、「ころからはこれがやりたいのか」ということが見えてくれば、と。「いきする本だな」のシリーズ化により、その認知度を高めていきたいと考えます。

 なかなか翻訳ものって手に取りずらい面があるんですよね。そういう意味ではこれら単体だと手に取らなかったかもしれない人が、このシリーズで「ころからのあの本面白かったから、じゃあこれも面白いかも」って手にとってもらえればいいし、LGBTに興味関心がなかった人でも、小説や漫画なら手に取ってもらえるようになればと思います。


──差別の認識は学校教育の問題もあるように思います。

 教育する際に「差別はいけません」という答えがあるのでは、生徒は興味がもてません。「なぜだめなのか」という学びがないのでは、先生からの一方通行になりがちです。

 制服のある中学校なら「男女で制服が違うのは差別か?」といった身近な事柄を問い直すことこそ教育だと思います。教育が果たす役割は大きいけれど、質が伴っていなくては意味がないように思います。

 教師の労働時間量が日本はドイツなどの倍以上というニュースを見ましたが、その状況で質の高い授業を求めるのは難しい。だから大人になりかける時点で、少しでもヘイトスピーチとは何か?から始まるような本を、また世の中にいろんな人がいるんだという基本の「き」に触れてほしいです。

──書店に並ぶ本の良し悪しを判断できるようにならないといけませんね。

 日本の書評=いい本を褒める、になっている。でも本当はひどい本をきちんと叩かないといけない。それこそが知識人の仕事。何が間違っているかを検証する、それをきちんと新聞とかに発表することこそが知識人の仕事だと思うんですけど、日本の書評はそれを全くやってこなかったんです。そこはきちんと直視すべきだと思います。韓国の出版関係者が言った言葉に「ヘイト本は日本の知識人の恥だ」と。それこそがそういった本を流通させてしまっている。


──最初の勤め先はピースボートだったのですね。どんな経験をされましたか。

 1986年に大学に入学したころ辺りから、学生が海外に行っても驚かれない時代になりました。同時にバックパッカーとかが流行って、沢木耕太郎さんの『深夜特急』とかも出てきて、円高基調になり若者が普通に海外に行くようになった。

 ピースボートには1990年から2004年まで約15年勤めました。事務局の仕事でしたが、当時は年1回は、2週間から長くて3カ月、船に乗っていました。先日、スエズ運河で船が座礁して大騒ぎしていましたが、スエズを通ったことがある人はたくさんいても、泳いだことがある人はあんまりいないと思います。僕は泳いだことがあって(笑)。映像見ながら懐かしいなって思っていました。


──世界一周されて印象に残っている国はありますか?

 衝撃だったのはベトナムです。1990年ですからインドシナ難民が来てまだ数年のころ、その前にはベトナム戦争もありましたし、どんなに貧しい国なんだろうと思っていましたが、食べるもの食べるものがとにかく美味しくて、何ごとかと思いました(笑)。ここは貧しい国だったんじゃないのか…って。そこから海外に行く時、いろいろな「豊かさ」の基準があるものなんだなって感じるようになりました。

 実は、1990年の世界は英語が通じない社会がたくさんあったんです。ロシア語が圧倒的に強い国とか、行く国行く国で言葉が通じなくて、「なんでロシア語を話せないんだ」と苛立ちをぶつけられることもありました。向こうからしたら日本は未開の国なんじゃないかという蔑みですね、東西冷戦ってこういうことなんだなって。

 ところがそれから3〜4年経つと、ニカラグアなどでは「俺たちロシア語しか学べなかった…。何で英語を学べさせてもらえなかったんだ…」と。でも、英語の「one two three」も通じない国がある時代に世界をめぐる経験ができたのはよかったと思います。いまやGoogle、Facebookという単語が「世界共通語」のようになっています。その利点も少なくないですが、「旅」の本質的な部分、たとえば相手とコミュニケーションできたときの喜びなんかが薄れてしまってるように思います。いいか悪いかではなく、どちらの旅が好きかという話です。

 本を出しても、それがどう伝わるかはやってみないと分からない部分がどうしてもあるので、そういう不確かな旅の方が好きな自分には、とても向いていると思っています(笑)。

\ころからさんコラム/

 漫画『草〜日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー〜』は、韓国語が原著の慰安婦の物語。原著版ところからの日本語版のカバーは全く違うデザインになった。「とても悩みましたが慰安婦の問題は日韓が対立している問題ではなく、一人一人の人権の問題だと伝えたかった。でも日本でチマチョゴリというのは明確に韓国を表象してしまうので避けたいというのがあった。また、原著版のカバーは若い女性ですが、慰安婦にされた苦痛というのは年齢は関係ない。実際、植民地下の女性は比較的若い人が騙されて連れて行かれたけれど、それ以外の軍事占領地域・中国やフィリピン、インドネシアは年齢に関係なく被害にあっているため、若い女性が受けた被害ということに特化したくない」。それを著者に伝えたところ、「私もそう思う。すごくいい表紙にしてもらえた」と喜んでもらえた。

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(写真)左が韓国語の原著版、右が日本語翻訳版『草』。キム・ジェンドリ・グムスク著

【PROFILE】
木瀬貴吉(きせ たかよし) 1967年滋賀県生まれ。早稲田大学中退。ピースボート、第三書館などを経て、2013年「ころから」を北区で創業。 『九月、東京の路上で』『NOヘイト!』『さらば、ヘイト本』等排外主義の危うさを訴える「反ヘイト本」のほか、『みな、やっと の思いで坂をのぼる』『ちくわぶの世界』『はたらく動物と』『おいしいダイバーシティ』なども話題に。足掛け9年で約50冊を刊行。

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