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【vol.4】 元警視庁成城警察署署長 土田猛さん 「被害者の無念に応えるためにDNA捜査の法整備を」

 昨年末、事件発生から未解決のまま20年を迎えた「世田谷一家殺害事件」。警視庁が同事件の捜査本部を置く成城署の署長として事件解決に向け指揮を執った土田猛さんは、退官後の2009年に殺人事件被害者遺族の会「宙(そら)の会」を立ち上げた。「宙の会」20事件の遺族に寄り添い、事件解明のためこの10年で飛躍的に進んだ「DNA捜査」の法整備の必要性を訴えている。

 種芋を植え付けたばかりの広大な畑。5月下旬~6月上旬に収穫期を迎えるこのジャガイモを、毎年、殺人事件被害者遺族の会「宙(そら)の会」の支援者に、感謝の気持ちを込めて約100箱発送している。

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(写真)ジャガイモの種芋を植え、畑を耕す土田さん

 2005年10月〜2007年3月に警視庁成城署(東京・世田谷区)で署長を務め、事件発生から未解決のまま昨年末で20年を迎えた「世田谷一家殺人事件」の捜査指揮を執っていた。退官後、時効制度の廃止などを目的にした「宙の会」を2009年2月に設立し、2011年4月27日に殺人の公訴時効制度廃止法案が成立した。
 「刑事面の償いを求めることが法的に実現しました。ご遺族の願いが届いたのでしょうね」

〝空間のないところ〟で人を導くために

 父親が務めた教職に憧れながらも、教室という空間を越えた、社会を相手に「人を導く」警察官を目指すようになった。
 警視庁鑑識課の検視官、捜査1課の管理官、成城署の副署長と署長を歴任。多くの事件解明に務め、検視官として1年間に98体を検案した経験も。「自殺もあれば殺人もあり、他殺を自殺に見せかけるケースもあった。例えば首を吊った場合は、耳の後ろを通る血管を自分の全体重をかけて締め付けて死に至る。これは他人に首を絞められた痕とは明らかに異なる。司法解剖で殺人事件とわかれば捜査本部が立ち上がります」

 ほとんどが密室で行われる殺人事件。被害者と加害者は一対一となり、加害者の大半は「殺す意志はなかった。たまたま口(首)を押さえたら死んでいた」などと弁明する。だがその程度の力で舌骨まで折れることはない…。裁判では加害者の殺意を立証するものとして、被害者の損傷を解剖執刀医が写真を示しながら裁判官に説明して真相を明らかにする。退官後3年後に「裁判員制度」の施行に直面した。「果たして国民の中から選ばれた裁判員にこの解剖写真を見せられるのか」。検視官の経験から厳しいと感じていた。
 ならば、解剖写真に変わる説明資料をコンピューターグラフィックにして示すことができればと考え、「NPO法人法医学CGプロジェクトセンター」の設立に向け奔走した。CGのソフト開発費等の問題に苦慮したが、紆余曲折を経て法人設立に至った。

 退官後、「宙の会」の設立及び「NPO法人」の設立と矢継ぎ早に、人の命に関わる団体を設立した。その過程で、明治から140年続いた時効制度廃止法案が成立し、刑事法の償いの道は確立した。

 一方、民事の面では「物を壊したら直して返す」「金を借りたら返す」が秩序。では人の命を奪ったら…「命に代わる賠償責任があるわけです。例えば交通事故、車の購入の際には自賠責法という強制保険(上限3000万円)に入る義務がある。事故を起こしたら最低限3000万円を支払う法律を国がつくっているから賠償の一部責任を果たしている」。医療現場でも工事現場でも、保険でカバーされるシステムがある。
 このように業務上過失致死事件に関しては、賠償判決が出てもたいてい保険でカバーする社会的な制度が一応確立している。

時代に合わせた法改正・「代執行制度」の法制化が必要

 故意による殺人事件では、被害者一人につき約5000万円の賠償判決になる。遺族側の弁護士が加害者の資産を調べて賠償を求めるが、その支払い能力はないことがほとんどだ。その場合、国がいったん肩代わりをして、肩代わりした以上、求償権に基づいて、国が加害者から取り立てる代執行制度の確立が急務だ。例えば、刑務所での作業報奨金(1カ月平均支給:約4260円)から一部を国の求償権に基づき返済させるシステムである。

 「殺人犯の親に資産がある場合は相続もある。資産調査を遺族の弁護費用でまかなうのは大変なため、国が肩代わりし、国として遺産相続を差し押さえてはどうか。また、無期懲役や死刑の判決後、親の土地・建物・車・株などの財産を生前贈与として押さえることも可能とする代執行制度を至急つくること」を訴えている。

 代執行制度が確立すれば、例えば殺そうとして首を絞めている時に、ハッと「自分には財産がないが、今殺してしまったら家族の財産まで没収されてしまう…」と思いとどまることで、殺人事件を1件でも2件でも食い止められればと。「宙の会」の活動の目的はそこにある。しかし2011年から法務大臣が変わるたびに陳情書を出し続けるも、代執行制度は財政が伴うがゆえに壁は厚い。

 また「宙の会」では現在、未解決事件解明のため「DNA捜査」の法制度導入を訴えている。日本の警察のDNA捜査では「DNA型」の捜査は行われているものの、遺伝子に関わる部分までは踏み込まない〝線引き〟があるのが現状。
「プライバシーの尊厳で、法制化の流れになっていない」
 一方、アメリカではそのDNA鑑定から似顔絵を作成して開示公開し、犯人を逮捕した事例がすでに20件出ている。迷宮入りしたと思われたルイジアナ州の事件犯人逮捕はNHK(2019年5月5日放送)でも特集された。

 「このDNA鑑定は、年齢を20代前半などと狭い範囲で特定できたり、例えば病気の可能性や大体の寿命の示唆など〝究極の情報〟が明らかになることもあるため、人権尊重の観点で法整備が進まずにいる。犯人の人権と被害者の人権を比較した場合、被害者にはプライバシーが一切ないのが現状。まずはその法律をつくらないといけない」
 「宙の会」ではDNAがわかっている事件が3件あり、特に「世田谷事件」は犯人の血液のほか、指紋、衣服と資料多く、犯人に直結するDNAがある。DNA鑑定による似顔絵で犯人逮捕につなげたい。時効制度撤廃の時と同じように、世論の高まりを期待している。

「宙の会」遺族も手伝いに訪れる畑

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(写真)上・土田さんの畑 下・世田谷事件遺族の宮澤節子さん(89歳)と落花生の皮むきをしているところ(2020年11月17日)

 子供の頃から植物を育てるのが好きで、夏祭りの露店では駄菓子や射的などではなく植木にお小遣いを充てていたほど。20代で家を購入して以来、趣味でこの畑をずっと耕している。畑には「宙の会」の遺族も訪れ、土いじりをしながら話すことも多い。ジャガイモのほかに、小松菜、白菜、落花生、菊芋…、季節に応じた野菜を栽培している。

 「私以上に、警察の仕事は天職と思っている人はいないのではないか。どこに配属されても、納得のゆく実績を残してやるぞ! という気持ちをどの場面でも常に持ってやってきた」。退官後も事件に関わり続ける理由は、「逆に当然のこととしてやっている。願わくば警察OBみんなにやってもらいたいくらい(笑)」
 道なきところに道をつくってきた開拓者。多くの人に助けられていることは人生の財産。
(2021年3月22日) 

\土田さんひとくちコラム/ 
 現在は至る場所に設置されている防犯カメラだが、つい14~15年前までは「プライバシーの保護」のために道路に向けて・外に向けてという設置は抑制されていた。成城警察署長の時に、防犯カメラの設置をリース方式で全国の先駆けとして取り入れ、国税庁からも設置費用の税額控除のお墨付きを得て、住民の協力も広まった。そして、当時多かった泥棒などの刑法犯犯罪を激減させ、長年続いていた23区内警察署ワースト1から脱却した。警視庁内では、当時「成城方式」とも呼ばれ、他府県警察や地方自治体からも実態見学に見えた。

【PROFILE】
土田猛(つちた たけし) 1947年、茨城県つくば市生まれ。明治大学法学部卒。1967年警視庁警察官任命、2007年警視庁退官。在職前半は、主として外事警察に従事。いわゆるスパイ事件捜査に専念。麻生幾著のミステリー小説『エスピオナージ』の主人公は土田をモデルにしている。外務省に2年間派遣となり、外務省初の査証問題の行政訴訟事案提起では、裁判所の新判断を得た。さらに、在職後半の刑事警察では、鑑識課検視官及び捜査一課特殊犯罪対策官を経て、成城警察署の副署長そして再び同署長という異例人事をもって世田谷一家殺人事件に取組んだ。現在は、一部上場会社役員として務めながら、殺人事件被害者遺族の会「宙の会」の特別参与として活動している。被害者遺族の思いを作詞、自ら歌手として「エスプロ」音楽事務所から、CD『あの日のあなたへ』及び『明日へのあなたへ』を発表、介護施設等や学校における〝いのちを大切にする〟講演等で歌披露している。

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