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紫陽花の季節、君はいない

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「紫陽花の季節」主人公の夏越の物語です。 「紫陽花の季節」か「夢見るそれいゆ」と一緒に読んでいただけると、もっと楽しめます。
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2021年9月の記事一覧

紫陽花の季節、君はいない 42

紫陽花の季節、君はいない 42

「ところで柊司、何か用があって来たんじゃないのか?」
「そうだった。夏越、昨日詩季ねえが『夏越くんにあげて』ってコンポートとジュースくれたんだ。
ちょっと冷蔵庫入れてくる。」
そう言って、柊司は重そうなレジ袋を持ってキッチンに向かった。

詩季さんは、柊司の一番上の姉さんである。
身長が高く、顔立ちは柊司に似て目鼻立ちがはっきりしている。
柊司の姉妹の中で唯一同じ県在住なので、詩季さんに子どもが生

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紫陽花の季節、君はいない 41

紫陽花の季節、君はいない 41

俺が不覚だった。
あじさいまもりを持ったまま眠ったせいで、起き上がる時に、涼見姐さんがリメイクしたかんざし部分を折ってしまった。

紫陽の大事なものというのもあるが、かんざし部分は姐さんの小枝で出来ている。
紫陽の悲しむ顔と姐さんの激怒する顔が、同時に浮かんだ。

俺が凹んでいると、
「な~ごし、ぅはよ!」
「うわ~!!」
柊司が寝室に急に現れたので、朝から叫び声をあげてしまった。

「夏越、鍵開

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紫陽花の季節、君はいない 40

紫陽花の季節、君はいない 40

満月が昇ってきた頃、アパートに帰ってきた。
柊司達の部屋が暗い。まだ外出先から戻っていないようだ。
あおいさんのプレゼントを渡すのは明日にしよう。

俺は部屋のエアコンを着けた後、外出先でかいた汗をシャワーで流し、Tシャツ姿に着替えた。
スーツはクリーニングに出す為に、紙袋に畳んで入れた。

駅ビルの惣菜屋で買った唐揚げとおひたしを器に盛り付けた。
朝炊いていったご飯をレンジで温め直して、冷たいお

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紫陽花の季節、君はいない 39

紫陽花の季節、君はいない 39

実は俺はあおいさんから先月の30日に誕生日プレゼントをもらっている。
今日面接に締めていった紫陽花ブルーのネクタイである。

「夏越くんの魅力が面接官に伝わる御守りよ!
色は柊司くんと一緒に選んだから、似合うこと間違いないわ。」
この夫婦は本当に俺のことをよく見ている。

このネクタイを締めるようになってから、面接で上がることが少なくなった。
今日の面接も、面接官が苦手だったはずの女性だったのに落

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紫陽花の季節、君はいない 38

紫陽花の季節、君はいない 38

面接を終え、外に出た俺はスーツの上着を脱ぎネクタイを外した。
周りは国道と田んぼに囲まれていて、蒸し暑い。
しかし今までの面接の中で一番手応えがあったので、俺の心は軽かった。

面接地からちょっと離れた、小さな神社のバス停まで15分ほど歩いた。
辿り着いてすぐM駅行きのバスが来た。次にバスが来るのは1時間後なので、運が良かった。
辺りを見回しても避暑になるような建物は無かったから、乗り過ごしてたら

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紫陽花の季節、君はいない 37

紫陽花の季節、君はいない 37

俺が御葉様の提案の返事を渋っていると、涼見姐さんが、
「夏越…年に一度ぐらい紫陽探しについて報告しに来てくれぬか。私達は八幡宮から出られぬのだ。」
と俺に頼みごとをしてきた。
精霊達も紫陽の生まれ変わりの行方が気になっているのだ。

「…分かった。6月30日の『夏越の祓』の日に、紫陽を見つけるまで毎年報告しに来るよ。」
「そうか。約束だぞ!」
俺は精霊達と約束を交わし、自宅に戻った。

7月24日

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紫陽花の季節、君はいない 36

紫陽花の季節、君はいない 36

「夏越殿、信じるか信じないかは貴方次第です。でも、出会えばきっと『その人』だと分かるでしょう。」
御葉様は俺に向かって微笑んだ後、鈴をひと振りした。おそらく八幡神様との交信を切ったのだろう。

思い返せば、あの光景で見えた女の子の顔、知らないはずなのに親しみのある感じがした。
あれが未来かどうかはともかく、陽だまりのような光景を心に焼き付けた。

雲が晴れてきて、御涼所に朝日が差し込んできた。

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