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紫陽花の季節、君はいない 36

「夏越殿、信じるか信じないかは貴方次第です。でも、出会えばきっと『その人』だと分かるでしょう。」
御葉様は俺に向かって微笑んだ後、鈴をひと振りした。おそらく八幡神様との交信を切ったのだろう。

思い返せば、あの光景で見えた女の子の顔、知らないはずなのに親しみのある感じがした。
あれが未来かどうかはともかく、陽だまりのような光景を心に焼き付けた。

雲が晴れてきて、御涼所に朝日が差し込んできた。
家に帰ろうと立ち上がった時、御葉様が言った。
「夏越殿、これからは年に一度『夏越の祓』の日に八幡宮に参拝してください。
茅の輪をくぐるのは夏越殿にとって怖いことかもしれません。
しかし、八幡神様からの加護で闇に飲まれる事態は避けられます。」
俺は御葉様の言葉に、すぐに首を縦に振ることは出来なかった。

茅の輪は、俺にとって別れの象徴だ。紫陽が精霊の時は夏越の祓の日に次の年まで眠りについてしまったし、彼女が精霊としての死を迎えた時も茅の輪をくぐる儀式をした。

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