マガジンのカバー画像

紫陽花の季節、君はいない

99
「紫陽花の季節」主人公の夏越の物語です。 「紫陽花の季節」か「夢見るそれいゆ」と一緒に読んでいただけると、もっと楽しめます。
運営しているクリエイター

2021年6月の記事一覧

紫陽花の季節、君はいない 16

紫陽花の季節、君はいない 16

夏至の日食の日、確かに俺は紫陽に「ずっと待っている」と誓ったのに。
悲しみに心を蝕まれて、いつの間にか忘れてしまっていた。

「──今はもう会えないけど、彼女と約束したんです。『また会おう』って。
別れが悲しすぎて忘れていたけど、思い出しました。」
「そうなの。また会えるようになると良いね。」
「…ありがとうございます。」

二人の関係を肯定してもらえて嬉しかった。
人間と精霊との恋は禁忌だったか

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 15

紫陽花の季節、君はいない 15

俺の実家も古い家柄だったから、端午の節句は一族が集まっていた。
しかしそれは形式だけだったし、弟が生まれてからは俺は不参加だった。

この家は従妹の初節句を祝う位だ。きっと國吉も端午の節句の時は祝福されるだろう。
幸せそうな光景を見て、俺は少し淋しさを覚えた。

甘酒は紙コップに注がれ、お盆に乗せられ運ばれてきた。
「はい、どうぞ。本当は社務所に上がってほしいけど。」
「此処で、大丈夫です。」

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 14

紫陽花の季節、君はいない 14

國吉の母親は、両腕で包み込むように息子を受け取った。
子どもの重さから解放された俺の腕はだるくなっていた。

「親ってすごいな。こんなに重いのに、ずっと抱っこしてるんだから。」
俺は心の内で呟いたつもりだった。

「ふふ、そうね。私も親になるまで、こんなに重いものをずっと抱えられるとは思わなかった。」
反応が返ってきたので、俺は思いを声に出していたことに気付いて焦った。

俺は、此処を立ち去るタイ

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 13

紫陽花の季節、君はいない 13

「はーい。ちょっとお待ち下さい。」
明るい女性の声が社務所の奥から聞こえてきた。
女性が苦手な俺は、緊張で変な汗をかき、心拍が早くなっていた。

「あーうー。」
抱いている國吉の小さな手が俺の顔に触れた。
どうやら、俺のことを心配してくれているらしい。
「國吉、心配してくれたのか?ありがとう。」
俺は國吉の柔らかな頬を人差し指で優しく触れた。

「あら?國吉、外に出ちゃってたの?
貴方が連れてきて

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 12

紫陽花の季節、君はいない 12

「何で俺が送り届けなければならないんだ?」
八幡宮の精霊たちは平気だけど、俺は知らない人間に対しては人見知りをしてしまう。

「夏越、私は人の姿はしているが精霊であるぞ。こういうことは、同じ人間であるお前の役目であろう!」
涼見姐さんの言うことは、もっともである。

「う~!」
俺に持ち上げられた國吉は、不快になってきたのか身をよじり始めた。
このままだと、落としてしまう。

「ね…姐さん、どうし

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 11

紫陽花の季節、君はいない 11

「そういえば、紅葉(くれは)は、どうしてる?」
俺は紫陽のもう一人の仲の良かった精霊の姿を探した。
「紅葉はお前に厳しく当たった手前、気まずいのだ。察してやれ。」
「そうか。」
俺は苦笑いした。でも、紅葉はちょっと苦手なので会えなくてほっとした。

俺の腹帯の入った袋を持っている方の腕が急に重くなった。
下を見ると、1歳位の子どもが袋を引っ張っていた。

「何でこんなところに子どもが?」
俺はこの

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 10

紫陽花の季節、君はいない 10

「涼見姐さん、久しぶり。」
俺が挨拶している間、姐さんは俺の手元をじっと見ていた。

「それは、八幡宮の腹帯だな。
まさか、お前紫陽をさっさと忘れて子が出来たのか?」
姐さんが軽蔑の眼差しを俺に向けた。

「…ち、違う!誤解だ!!
これは、柊司…友人の奥さんの代わりに受け取りに来ただけだ!
今は、外出するにもリスクが高いからさっ。」
俺は懸命に弁明した。

「ふん、言い訳をすればするほど胡散臭いが

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 9

紫陽花の季節、君はいない 9

2021年3月3日。
俺は八幡宮にいた。
柊司とあおいさんの代わりに、戌の日の腹帯を受けとる為だ。

咲き誇る梅を見て、春に此処に参拝するのははじめてだと気が付いた。
俺にとっては、八幡宮は梅雨の紫陽花なのだ。

以前、紫陽が「梅さと」という白梅の精霊の話をしていた。
此処とは別の神社の精霊だったが、江戸時代の藩主と恋をした。なかなか逢えない日が続き、彼女は藩主の元に行こうと境内を出ようとした。

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 8

紫陽花の季節、君はいない 8

柊司という男は、料理だけでなく家事スキルも高い。
本人曰く、両親共働きで自分以外は女きょうだいで、家事を協力しあいながら育ったからとのこと。
世話好きな性格は、家庭環境からなのだろうか?

口調がざっくばらんだから気付きにくいが、あいつはかなり出来るやつだと思う。
悔しいから言わないけど。

柊司の家にいる時ゴミの分別まで叩き込まれたお陰で、荒れていた俺の部屋はみるみるうちに綺麗になった。
開け放

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 7

紫陽花の季節、君はいない 7

眠りから覚めると、雨音が聞こえてきた。
紫陽との会瀬は、梅雨の時季だけあって雨の日が多かった。
「ナゴシ」
もう聞くことの出来ない彼女の声。
俺はあれから、人知れずどれ程泣いただろう。

外の空気が吸いたくなって、ベランダの戸を開けると、洗濯物が干してあった。
ここが自分の部屋でなく、柊司の部屋だということを思い出した。
急いで洗濯物を取り込んだので、びしょ濡れにはならなかった。

秋の彼岸頃まで

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 6

紫陽花の季節、君はいない 6

──彼女「紫陽(しよう)」は、銀色の長い髪が美しい、八幡宮の紫陽花の精霊だった。
俺が大学進学の為に実家を出て、この街に住み始めた年の6月に出会った。

母親の愛も知らず、女性が苦手な俺だったけれど、彼女の純粋さに惹かれていった。
彼女も俺の想いを受け入れてくれた。

しかし、この恋は禁忌だった。人間と精霊、存在が違うのだ。
紫陽は花の咲く時季以外は眠りに就いてしまう。
それだけではない。精霊は境

もっとみる