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紫陽花の季節、君はいない 9

2021年3月3日。
俺は八幡宮にいた。
柊司とあおいさんの代わりに、戌の日の腹帯を受けとる為だ。

咲き誇る梅を見て、春に此処に参拝するのははじめてだと気が付いた。
俺にとっては、八幡宮は梅雨の紫陽花なのだ。

以前、紫陽が「梅さと」という白梅の精霊の話をしていた。
此処とは別の神社の精霊だったが、江戸時代の藩主と恋をした。なかなか逢えない日が続き、彼女は藩主の元に行こうと境内を出ようとした。
神社の内でしか存在出来ない彼女は消滅してしまった。
話を聞いた当時は、紫陽が同じような目にあうとは思わなかった。

祈祷を済ませた腹帯を受け取り、俺は「御涼所」にあるケヤキの木に向かった。

「涼見姐さん。」
俺は木に話し掛けた。
「──夏越、お前か。」
着物を着た女性が姿を現した。彼女は紫陽と仲の良かったケヤキの精霊である。

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