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014.心に浮かぶ言葉の徒然

家庭教師をしたことがある。最終学歴は市内の三流普通高校。農業高校が普通科を増設した得体の知れないレベルだったが歴史は簡単に変わらない。

新しくなった校舎、そして当時の制服では珍しく可愛いと言われた(言っておくが、その当時です。)ブレザーにネクタイ。ネクタイ結びを10代で覚えることができた。子どもの頃、いや純真な頃に 夫のネクタイを結ぶエプロンをした私、そして『いってらっしゃ~い』と送り出す。ができる!と思ったら、自分の首で結んでから向かい合う人の首に掛ける。。。逆が出来なかった。夢は淡く消えたが、結婚を退職した為、それ以上に儚く散った夢は、夢で終わった。純真でも純真でなくても、その夢に対しては解決。今後の予定なし。

話が逸れた。

私が家庭教師をした生徒は高校に行けそうにないがどうする?という生徒で そして、この生徒は最終的に 大学まで行くのです。私学歴が低い。勉強を教えると云うよりも、勉強したくなるらしい。

『?言っておくが、そんな何十年も前の話、突然言われても答えられません!ワタシ、解くから、他の問題していて!』

『・・・・わからん。わかった!明日、学校で聞いてきて!で、次回教えて!』

が口癖。

『・・・わからん?わかる人に聞きなさい!私が一生懸命やったって、勉強なんて本人がしないと解決しないの!』

この3つが定番の文句かな?

初めての生徒は、1時間半延々と「漢字を書くので、見ていてください!」てなことで、ウツラウツラしながら、漢字を書くところを見つめる。

親に 見てるだけだけといいんですか?と問うと

「よくわからないけれど、見ていてくれたら頑張れるらしいんで・・・それでいいと思います。」と返事

困惑する私。そして昏睡状態の脳と戦う私。修行だな。

1年後、そっと打ち明けてくれた。

「高校は支援学校に行くことになってる。でも自分は普通の高校に入学して、普通にクラブ活動して、普通の友達を作りたい。学校も親も自分のことを心配して、一番いい方法を選んでくれていることは知っているけど、わかっているから、言えない。でも、やってみたい」

グッときた。私は私に正直に生きているだろうか。私は、やりたいことが明確だろうか・・・私はこの子から学ばなくてはいけないことが山ほどある気がする。

『そうか・・・普通にね。母さんに言っていい?』と言うことで親子の間に入ることにした。

親に伝えた。冷静に、顔をまっすぐに見つめながら

『お母さん子供さんのことで話があるのですが・・・。自分の事を心配してくれて、支援学校の話を進めてくれているけれど、普通の高校に行って、クラブに入って友達を作りたいと言っています。どうしましょうか。本人は、お母さんが大事にしてくれていることは分かっています。感謝しているそうです。よかったですね、ちゃんと理解されてますし、感謝してますよ』

「わかりました。私はこの子が生きていて、行くところがあれば、それでいいです。中学校にお願いします」

それから、急に勉強の時間が増えて、テンポも速くなり、行けなかった学校には私が同伴して校長室の隣の部屋に登校。先に行ってもらい、その後、私も登校。1週間一緒に通いました。そして、一緒なら教室に入ると言ったので、廊下の見えるところに居るから、1人で入ってみたら?で一人で入れました。何回かくり返し、1人で登校できました。

私は、ご両親がしっかりしてらっしゃるので、私の関わるところは浅くすることに・・・。

入試は中学に登校できなかったにも拘わらず、彼の言う憧れの「普通」に受験会場に入り、「普通」に受けた。母は、「普通に」控室で他の保護者と一緒にお茶したらしい。

私たちは普通というものを、何も感じずに過ごしている。普通が普通であるために空気のように・・・今、新型コロナで普通が普通でなくなり、普通の大切さを痛感している。これを書きながら、そういえば、私は貴重な経験をしたことを忘れていた。普通の毎日を過ごしていた。

特別な存在になりたい。普通じゃないものに憧れた世代の私は、普通を満足しなかった。上から目線に聞こえるのかもしれないが、そうではなくて、欲に塗れた純真ではない自分を純粋に頑張る人と信じていた神話が崩れた。

2番目じゃでも1番目でもなく、普通。自分が普通ではないと思っていた悲しみから、みんなと同じ普通になりたいという純粋な気持ち。

小川の泥の中に埋もれたヤゴが、空を飛ぶトンボに憧れ、どんどんと浮かんでくる風景に見えた。

もう随分昔の話。家族の努力は想像を絶すると思う。私はキッカケ。

漢字の練習をずっと眺めていただけ。

勉強は自分でするもの。

まずは、小さくても、近くてもいいから目標を決めることなんだと思う。

「選択ができないから、何をするかを指示してください」その指示をクリアするのが私の仕事だった。私はそれしかしていない。

選択の練習。

卒業時は、人生の選択ができた。

人は、誰に逢うのかで人生が変わる。

と思う。


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